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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
一、世界は彼を厭うというなり
1/26

 世界に弾かれた存在。

 世界に望まれる存在。

 その二者が出会う時、何が起こるか、それは誰も知らない。




 ファンファーレが鳴り響く。

人の波に押されながら顔を上げた(とう)は息を呑んだ。騒々しかった広場はしんと静まり返り、皆が同じ方向を向いていた。広場に面した建物のバルコニーには誰かの姿が見える。眩しさに目を眇めながら董はその姿を捜した。

 ファンファーレが再度鳴り響く。

 陽に透けて輝く金の髪。真っ直ぐに前を見据えて歩みを進める少女。董はその姿を目に焼き付けた。

「あれが、オエバ」

 呟きは董のものではなかった。しかし口々にオエバの登場に歓喜の声を上げる。再び騒ぎかける観衆に少女は口を開く。

「お静まりください」

 その声は凛として高く、董の予想よりも幼いものであった。建国祭のこの日この広場に於いて世界の癒し、オエバの姿が見られると遥々旅をしてきたのだが、拍子抜けしてしまった。もとより話を聞きたいわけでなく、姿を見ることが目的だった董は早々に人の波からの脱出を試みようとした。地面を這って集団から抜け出すと、漸く董は息を吐いた。

「わたくしが皆様に出会えた事を喜ばしく思います」

 始まったオエバの説教を背に、董は広場を後にした。


 世界の癒しと呼ばれる存在がある。それはオエバと呼ばれ、代々ハクラ族の娘から現れる。彼女の存在がなければ世界には争いが溢れ、天災が起きる。けれど一度オエバが現れれば、世界は平穏へと向う。そう言われている。信じているかと問われれば信じているとしか言えない。けれど世界の癒しを信じているのではなく、オエバという存在があることを信じているのだと、董は答える。

「どうだったかい、董?」

 明るい布を纏った女性が董が訊ねた。

「ああ、うん。僕と同じくらいの女の子だったよ」

「そうかい。それで、あんたはこれからどうする? オエバに会いたかったんだろう」

「もう行くつもりなのかい」

 別の柄の入った布を纏う女性が董に首を傾げる。彼女たちは旅芸人一座の芸人たちだ。董は幼い頃から事あるごとに一座に厄介になっていた。今回は国都に行くまでの間、共に仲間としてあったのだが国都へは着いてしまった。

「行くよ。これ以上皆に迷惑かけられないよ」

「迷惑じゃないのに。董みたいな可愛い男の子がいると楽しいしさ。でも行くなら止められないねえ。元気でね」

 女性二人が代わる代わる董に抱擁をおくる。董はそのぬくもりに自然と頬が緩んだ。

「座長なら、テントの中だ。挨拶しておいき」

「うん。ありがとう」

 董に親はない。生まれたその日に捨てられたからだ。しかし捨てられたと思えば、拾う者もいるらしい。董は(しん)という旅の僧侶に拾われ、共に旅をした。その中でこの一座とも出会い、何度も同じ時間を過ごしたことがある。

 テントの前に立つと、中へと声を掛ける。

「座長、董です」

「入りな」

 布をはぐって中に入ると、座長は胡坐を掻いて座っていた。煙管を吸いながら、董に微笑みかける。

「大きくなったねえ」

 董はその言葉に嬉しくも恥ずかしく、髪を掻いた。

「手を、出してごらん。右手だ」

「はい」

 右手に嵌めていた手袋を外し、董は座長の前に掌を見せる。そこには痣があった。見ようによっては王冠のようにも見える、或いは茨の棘のようにも見える、その痣に座長が触れる。その瞬間董の肩は震えた。

「大丈夫、怖がらなくていいよ。あたしらからの餞別さ」

 手に握り、座長は息を整えた。

「董の名を持ちし者、彼の者に我らイエの守りがあらんことを」

 呟くと座長は董の右手に口付けた。董は驚いて顔を真っ赤にする。

「ざ、座長!」

「はは、あたしらはずっと董のことを家族だと思っている。いつでも好きなときに戻っておいで」

「……ありがとう、座長」

 はにかむ董に座長は手を伸ばして熱い抱擁を交わす。

「簡単に死ぬんじゃないよ」

「はい」

 親の愛情を知らない董にやさしくしてくれた一座の皆。座長の家族という言葉が董にはとても嬉しかった。秦がいなくなってからも、自分が何者かを知っても、変わらない態度でいてくれた彼女たちに董は心から感謝した。



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