缶と像
自分は文才も乏しく、駆け出しの身なので、あまり自信を持てませんが、自分が描いた処女作である「缶と像」を最後読んでいただけたら光栄です。
良く晴れた日、知らない街。ボクは川の傍を行く。晴れているだけあって川縁には、沢山の人々が集っている。ボクは歩き続ける。歩き続けていると橋の下を通った。本来、人が集まらないであろう橋の欄干では、路頭に迷った人たちが集まっている、彼らは、粗末な小屋の前で空き缶を潰していた。それにしても、沢山の空き缶を拾ってきたものだと、ボクは内心思った。
橋の欄干を通り過ぎ、日も高く上がった頃、ボクは喉が渇いてきた。思えば朝から何も飲んでいない、辺りを見回し自販機を探しあてた。金子を入れて、炭酸飲料を選んだ。軽快な「ピッ」というがして、ガランと缶入りの炭酸飲料が落ちてきた。ゆっくりと缶を振らないように持ち上げて、プルタップを開けた。缶に口を付け、喉を鳴らして炭酸飲料を飲み干した。やはり喉が渇いたときは炭酸のシュワシュワに限ると、ボクは炭酸飲料を飲む度に思う。飲み干した缶をボクは、川岸の草原に向かって蹴飛ばした。だれも見てないなから、大丈夫だろう。喉を潤したボクは、再び歩き出した。
相変わらず、川縁は多くの人が楽しげな時間を過ごしている。なんて平和的な風景だろうか。そんな風景を見ながら、昼下がりの川縁を行く。歩いていて一つ気づいたことがある。カランコロンという音が後ろを追っかけてくるのだ。しかし後ろには、人っ子おろか小鳥も犬猫もいない。あるのは、一つの空き缶だけだ。「まさか~」と周りにも聞こえる位大きな声を出しながら空き缶に近づいていった。よく見たらさっき飲んでいた炭酸飲料の缶だ。拾い上げてじっくり観察してみる。さすがに、缶には足も付いていないし、さっきから風も吹いていない。缶をじっくり眺めていると、「貴様は何で私を蹴り飛ばしたのかな、とても痛かったよ」と声が聞こえた。ぼくは困惑した。後ろには人はいない。まさかと思い慌てて缶を見た。「何見ているのかな。貴様、早く謝りたまえ。」「・・・お前喋れるのか。」傍から見たら奇怪極まりないが、その時、ボクは空き缶と会話していたのだ。
「名前はなんて言うの」とボク「名前は特にないが、タダノアキカンと呼んでくれたまえ」と空き缶。やけに上から目線の空き缶との会話は続く。「なんで喋るの。」とぼくが尋ねると「物にだって魂がある。だから物も口を利くことができるのだよ。人が聞く耳を持たないだけさ。」とこれまた偉そうな口調で返す。次に口を開いたのは、タダノアキカンの方だった。「吾輩は貴様に頼みたいことがある。」とタダノアキカンが言った。「何だよ。」と尋ねると「吾輩にもう一度命を与えることができる錬金術師の元に連れて行ってはもらえぬか。」とさっきよりも語勢を強くしていった。「吾輩のような、物は、仕事を終えたら魂が離れていく、その前に錬金術師の所に連れて行ってくれ。吾輩は未だやらねばならぬことがあるのだ。頼む」ボクはあまりにも強い語勢で頼まれたので思わず「わかった、いいよ。でも一つ聞きたいことがあるのだけど。錬金術をどうやって探せばいいの」とタダノアキカンに尋ねた。「高い、高い楼閣のような煙突のある建物を探してくれ。そこに錬金術師がいるはずだ」と言い放った。なんて投げ遣りな発言だと内心思ったが口には出さず探してあげることにした。
タダノアキカンが言っていたことを基に彼方此方歩き回ったが、どこにも「高い、高い楼閣のような煙突」がある建物はなかった。それどころか、歩き回っている間に空には厚く暗い雲がかかって来て、とうとう雨が降り出した。どこか雨宿りできる場所を探して、ボクは目の前の坂を全力で駆け上った。登り切った坂の上には洋館のような造りの建物があった。何かの店なのだろうか、「狸の鍛冶屋」と書かれた分厚い木の看板が下げられている。見上げると高い煙突もある。ここだ、ここが錬金術師の居城だ。確信したボクは、「狸の鍛冶屋」と看板が下げられた洋館のような店に入って行った。
店の中には、沢山の金属の像が置いてあった。鷲や鷹などの荒々しいモチーフの像から繊細で今にも壊れてしまいそうな女神の像まで様々な像が店内をと埋めつくしていた。
ボクは、甲冑を着た猫の像を眺めていた。するとその時、猫の目が一瞬だが確かにこっちを見つめた。猫の像に見つめられ不意に「わああああ」と大声を上げながら後ずさりしてしまった。「目が動いたのにびっくりしたか」笑いながら小太りの男が店の奥から出てきた。
「すまんな。また驚かしてしまった。わしの名は吉之助、まあ店主って呼んでくれ」独特の口調で店主は答えた。「すみません、店主さんは錬金術師ですか?」藪から棒にボクは店主に尋ねた。
「はぁ、わしは錬金術師じゃねえ、わしは骨の髄からの、金物細工師じゃよ。」店主は答えた。ぼくは思わず「なんだ、錬金術師じゃないのか、残念だな。ごめんね、タダノアキカン。お前を救うことはできないよ」その声を聞いていたのかすかさず「お前さんモノの声が聞こえんのか?」と聞いてきた。ボクは、タダノアキカンの事を包み隠さず店主に話した。すると店主は顔を引き締めて「そんなことなら、わしに任せんしゃい。わしは錬金術師じゃねえ。だけどモノに魂を与えることくらいはできるのう~」と言い放った。さらに続けて「もしよかったら、そのタダノアキカンとやらをわしにくれないか。いい作品になると思う。」と店主が言った。ぼくは彼の願いを店主に託した。「2,3時間で完成するからそれまで店の中うろうろしてなさい。」と言い放って店の奥の方に消えって行った。ボクは、
少し心がくぐもった。
とても落ち着かない時間が過ぎ行く。それにしても、この店の像はよくできている。まるでその像が生きているかのように思える位精巧だ。しばらく、その精巧な像を眺めていると、店主の声が店の奥から聞こえた。声のする方へ歩み寄ると、そこには工房があった。工房の中はいたって乱雑で、やすりや蚤、坩堝や鉗子があちらこちらに散らかっている。工具が散らかっているその向こうには、轟々と音を立てて、溶鉱炉の火が燃えていた。「おう小僧、これがさっきの缶の像だ。」と言って差し出した店主の手の中には、野薔薇の像があった。「やっぱり、魂が活きていると像もいい出来に仕上がるな。」と満足げな店主。「これが、タダノアキカン・・・」ボクは思わず言葉を失った。「この像はお前さんにくれてやる。」と店主が驚いたままの僕に声を掛けた。「お前さんみたいなやつは、久しぶりに見たよ。昔は、お前さんみたいにモノの声が聞こえるやつも珍しくはなかった。でもな、人が賢くなって、便利さを求めてからというもの、今やモノの声が聞こえるやつなんてほとんどおらん。だけん、せめてこの像はモノの魂が感じられるお前さんに持っていて欲しい。頼む。」店主はどこか遠くを見つめながらゆっくりと話した後、ボクに深々と頭を下げた。店主の言葉はボクの胸のどこかを温かくさせた。店主から見違えるほど変わったタダノアキカンを受け取り、「有難うございました。大切にします。それではまたいつか」と言って工房を離れた。「お前さん。店を出て左側に階段があるから、それを降りるといい。近道だ。」慌てて店主が声を掛けた。
手には野薔薇の像がある。あれほど偉そうな口調だったアキカンは実に美しい野薔薇になって沈黙を守っている。気付けばさっきまで降っていた雨がすっかり上がって、太陽がまた輝いている。ボクは「狸の鍛冶屋」に背を向けて、家路へと歩き出した。店主が言っていたように店を出て左側に階段があった。家路を急ぐボク。沈みゆく太陽。雨で濡れ斜陽に輝く道。広がる空。ボクはもうアキカンを蹴らない、いや、蹴れないだろう。なんせこんなことが起きたのだから。帰り行くボクは自分の心と広がり輝く空に誓った。家路をボクに、斜陽を受けて輝く野薔薇は優しく微笑んだ。