しー・いず・えむ!
四か月も放置して申し訳ありませんでした! (土下座)
久しぶりに書いたのでリハビリ的な面も含んで文量少なめですが、ご容赦くださいませ。
では、どうぞ。
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「あの、すみません。いきなりで申し訳ないのですけど、私の事を力の限り罵っていただけませんか?」
「黙れ話しかけるな息をするな存在もするなこの気持ち悪いことこの上ない腐れ雌豚が」
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああありがとうございますぅぅぅ!!」
と、いきなり歓喜に震えながら感謝されたので、何事かと思い声が聞こえた方向を見る。
すると、長い黒髪を一本の三つ編みにして背中に流している女生徒が、うずくまってプルプル震えていた。
まわりを見渡しても、放課後の廊下にはその女生徒と会長の二人しか人影は見当たらない。
先ほどの声は会長の物ではなかったので、十中八九うずくまっている女生徒が発した物だと考えて間違いないだろう。
と、ここで僕は一つの疑問を抱く。
「……あれ? なんで今僕いきなりこの人を罵倒したんですか?」
「頼まれたからじゃない?」
「……頼まれました?」
「無意識!? なんで条件反射で罵倒できるの? そして貴女も『無視された……! ハァハァ……!!』とか言ってないで正気に戻りなさい!!」
……訳が分からない……。
本当に意味が解らなかったので、こういう時の状況整理術として、僕は直前に何をしていたのかを思い出してみることにした。
「……確か、僕たちはこれから他の協力してくれる方々へ挨拶をしに行こうという途中で、会長に導かれるまま廊下を歩いていると、偶然すれちがった彼女がいきなり声をかけてきたので僕は条件反射で望みを叶えてしまって、そしたら彼女は顔を真っ赤にさせて震えながらうずくまってしまいましたとさ?」
「望みを無条件で叶えるのは神様的で良いような気がするけど、なんで条件反射で罵倒できるのかが不思議でしょうがないわね」
「その点に関しては日ごろから鍛えてますし。主に会長への対応で」
「その対応は今すぐに改めなさい」
と、会長とそんなことを話している間も僕は彼女を視界の端におさめていたのだが、彼女は彼女で動き始めていた。
最初は顔を赤らめながら床にうずくまってプルプル震えていた彼女だったが、僕と会長が話しているのを見て若干つまらなそうな顔をした後、『――はっ、これはまさか、焦らしプレイ……!?』とか呟いてまた顔を赤らめ始めた。
最終的にはもっとかまってほしくなったのか、しずしずと僕の足元近くにうつぶせで横たわり、肩ごしに僕の方を見上げだした。
彼女はそのうるんだ目で踏んでほしそうに僕を見ていたので、靴を脱いでから背中のあたりを軽く踏みつけたらビクビク震えだした。ちょっと弱いけど、頑張ればマッサージ器具的な何かとして使えるかもしれない。
「ほらほら雨水君。現実逃避代わりにいじめてないで、こっち見なさい」
「――ああ、いえ。若干楽しくなってきてなんかいませんよ? ほんとですよ?」
「文脈繋がってないから。しかも邪悪な笑顔浮かべてるから。これ以上妙な趣味に目覚める前に、早く現実に戻ってきなさい」
「……仕方ないですね。わかりましたよ、じゃあとっととこの状況を何とかしましょうか」
会長に注意を受けた僕はそう言うと、ハアハア荒い息を吐いている彼女から足をどける。
数瞬後、踏まれていないことに気が付いた彼女が若干恨めしそうに見上げてくるのに対し、僕は静かに、しかしはっきりと告げる。
「立て、今すぐに」
『……え?』と不思議そうな顔をする彼女に対し、僕はさらに続けて言う。
「立て、といったんだ。聞こえなかったのかこの駄犬。……『命令』だ、とっとと言うとおりにしろ」
「はいご主人様……!!」
勢いよくそう応えながらばねにはじかれたように跳び起きた彼女の顔は上気し、息は荒く、目はうるんでおり、全体的に扇情的な雰囲気を持つ――まあ、俗に言えば色っぽくなっていた。
元々はたれ目がちでおっとりとした印象を受ける整った顔の『かわいらしい』人だったのだろうが、そんな状態になっているおかげで全体的にその美は崩れ、しかしそこから新しい魅力を生み出している。
僕の発した言葉に従って直立不動の姿勢を取った彼女は、しかし耐え切れないというようにもじもじと細かく動き、奇妙な魅力を振りまき続けていた。
そんな彼女に対し、僕は一切態度を変えず、同じように命令を飛ばす。
「自己紹介しろ。ただし時間は三十秒以内」
「はいご主人様! 私の名前は海野 幸。一年生で趣味は虐げられること、特技はいじめてもらう事。好きなことは苦痛を受け続けることで、日課は新しい刺激を求めてご主人様探しをすることです!! あなたの顔を見てピンときました。ぜひ私のご主人様になってくださいっ!!」
「……よし、そこで僕が良いというまで黙って立っていろ」
「はい喜んで!!」
とっても活き活きした――イキイキした顔でそう言った海野さんに背を向け、僕はすでに数歩離れたところまで退いていた(正確には引いていた)会長へと近付き、
「……会長、僕の本能が彼女に関わるとろくなことにならないと警鐘を鳴らしまくっているんですが、僕はどうしたらいいでしょうとりあえず会長を張り倒していいですか?」
「ああ、どうも様子がおかしいと思ったら、混乱状態だったのね、雨水君。随分となめらかに話していたから気が付かなかったわ」
「そりゃあ、あんなのに出くわして混乱しない方がおかしいでしょう!? なんですかアレ、変態じゃないですか!! 僕はアレに対してこれからどう接していけばいいんですか!?」
「いいからとにかく落ち着きなさい。とりあえず噛みついたりはしないから、安全よ?」
「僕の精神状態はもうすでにレッドゾーンぶっちぎってますけどね!!」
と、そんなふうに会長と何の意味もない会話を繰り広げたことで少しだけ心を落ち着けた僕は、直立不動のままとても幸せそうにしている海野さんを視界の端におさめつつ、核心に触れる。
「……で、会長。彼女はどちら側ですか? 僕的には彼女を人間だと思いたくないんですが」
「さすがの私もあの状態の彼女を仲間だとみなすのはかなり抵抗があるのだけど、まあ一応人外側よ。種族は人魚」
「……人魚、ですか?」
そう言って、僕は彼女の足を見る。
若干短めではあるが校則に反してはいない程度の長さである彼女のスカートからは、健康的な肌色の足が二本、地面に向かって伸びている。
「……足、ありますけど?」
「そりゃそうよ。さすがに下半身がお魚の生徒はこの学校に通わせられないもの。そもそも、この学校に通う人外生徒の最低条件は『人間の生活に溶け込めること』だしね」
「人間の姿をまねられなければ論外、という事ですか」
確かに、これまで顔を合わせてきた人外たちは皆、本来人間の形をしていない者達ばかりだったが、この学校内では他の一般生徒と見比べても人間でないとは気づかれない程、人間たちに溶け込んでいた。
おそらく全員、変装や変身など、様々な方法で人間の姿形をまねているのだろう。
「彼女――人魚の場合、結構な年月をかけて種族全体で編み出した変装術があるから、大量の水をかけられない限り下半身がお魚になる事も無いらしいわ。詳しい理屈に関しては門外不出みたいだし、そもそも人魚にしか適応できないらしいから私も知らないけど」
「……つまり、あの性格も人魚特有の物だ、と?」
そう言いながら、僕はちらりと海野さんの方を見る。
そこには、とても期待に満ちた目を僕に向けたままもじもじしている彼女がいた。
会長もそれを見て、しかし嫌そうな顔をしたまま首を横に振る。
「他の人魚たちの名誉のためにも言っておくけど、ああいう性格になる人魚はかなりのマイノリティーよ。……というか、今の所彼女だけ。他の人魚たちは皆、そもそも人間の社会に出てこようとすらしないから」
「人魚って、臆病な種族なんですか?」
僕の乏しい知識の中にある人魚と言えば、人魚姫のお話に出てくるそれぐらいだ。
話全部をしっかりと覚えているわけではないが、その人魚の性格はそこまで内向的ではなかったように記憶している。
むしろ、愛する人間のためなら多少の犠牲を払ってでも外界へ出て行ってしまうほどの一途さと情熱を持ち合わせていたと思う。
その疑問が通じたのか、会長は少しだけつらそうな顔をして、
「いいえ、人魚族の人たちは、基本的に明るくて友好的な種族よ。……ただし、人間に対しては極端に臆病で、警戒心が強くなるけど」
「人間に対してだけ、ですか? いったいどうして……?」
「古来、人間の間では、人魚は狙われる対象だったのよ。あるときは魔性の歌で船を惑わせ、難破させる魔物として見つけ次第『駆除』され、またある時は不老長寿の霊薬としてその肉を狙われた。……実際に彼らがどういう存在かは関係なく、無責任な噂や伝承をたてに乱獲されていたそうよ」
「……それで、人間は敵だ、と?」
無言でうなずく会長から視線をずらし、僕は彼女の事を改めてよく見る。
あまりの興奮で足がガクガクして立っているのもやっとな彼女は、しかしその変態的な姿からは想像もできないような過去を背負っているのだろう。
そう考えると、彼女がここにいる事自体が一つの奇跡なのだと思えてきた。
「そんな感じで人間と人魚の関係性は最悪な状態。だからこれまでの歴史でも、人魚という種族の生徒はこの学校――いいえ、全国に散らばる施設の中で、彼女ただ一人、というありさまよ。私達もそれをうれいて何度も交渉の機会を持ったけど、人魚側はなかなか信用してくれなかった。……唯一、彼女が自分からこの学校に来ることを志願してくれた以外はね」
「……じゃあ、海野さんはその関係を改善しようと、この学校に単身乗り込んできたと、そういう事なんですか?」
性格に若干以上の難がある人だと思っていたが、その話通りだとしたらなかなかに尊敬できる人だ。
そう思って頷く僕に、会長は目を泳がせながら言い辛そうに、
「いやまあ、確かに結果からすればそうともいえるんだけど、彼女の場合はちょっと特別というかなんというか、親人間派とは若干毛色が違うというか……」
と言った。
歯切れの悪いその言葉に僕が首をかしげると、会長は何かをあきらめたように一つ大きなため息を吐くと、
「彼女は人魚。それ故に彼女を狙うおばかさん達に追い回され傷つけられるという生活を送っていたわけよ」
「まあ、それは想像つきますけど――ってまさか、実は陰で人間に対する復讐の機会でも狙って……!?」
「長く苦しい逃亡生活が、なんだかんだで癖になっちゃったらしくて、結局そっちの方向へ目覚めたらしいわ」
「……それ、喜劇ですか? 悲劇ですか?」
経過を見れば悲劇その物だが、結果だけ見れば喜劇でしかない。
何とも反応に困る話だった。
「それでまあ、この学校に通ってゆくゆくは人間社会に出られるようにするって話を持って行ったら、『私をいじめてくれるご主人様と出会えるかも……!』って言って立候補してきたの」
「性格に難しかない上に欠片も尊敬できない変態さんだったわけですか。そんな人を良く受け入れましたね、この学校」
「いやまあ、対外的には素行いいのよ、彼女。役割をきちんとこなしたうえでのあの性癖だから、私達も大目に見るしかなくて……」
「……仕事ができて性格に難がある人って、厄介以外の何物でもないですよね」
「その言はもっともだと思うけど、なんで私を見ながらしみじみと言い放ったのか聞いていい?」
「別にかまいませんけど、生きる希望をなくさないでいられる自信はありますか?」
「どんなことを言うつもりなの!?」
『そりゃまあ、いろいろですよ』と会長を適当にあしらっているうちにだいぶいつもの調子を取り戻せた僕は、海野 幸という生徒のバックグラウンドを理解したうえで、改めて彼女を見てみる。
『放置プレイ……晒し者……うへへへへへへ……、おっと、よだれが……』とか言いながらかなり危ない顔をしている点を無視すれば、活発さという言葉からは縁遠そうな細い体つきであり、その知的な顔つきからか、図書室で本でも読ませていた方がよほど似合っているであろう。
そんな少女の双肩に、人魚という一族の未来がかかっているなど、誰が想像できようか。
当人はそんな事情など一切表に出さず、健気にも己の仕事を全うしているらしい。
僕は、そんな彼女に対して、何かしてあげたいと、強く思い始めた。
なので、彼女をそのまま放置して、僕たちは予定通り他の協力者への挨拶回りを続行することにした。
●
「……いいの? 彼女を放置しておいて」
先ほどとは逆転し、先行する僕のななめ後ろに立って歩きながらそう言う会長に、僕は努めて無表情で応える。
「彼女自身放置プレイをご所望のようですし、いいんじゃないですかね。一応後で他の生徒会メンバーに彼女の事を知らせておいて、遅くならないうちに帰らせるようには手配しておきます。今回の所はこれで十分でしょう。……ああ、念のためあの通路の前後に通行止めの看板を設置しておいた方がいいですかね? 主に一般生徒を彼女の汚染から守るために」
「その対処は三つとも正しいとは思うけど、正直な所、雨水君自身が彼女とこれ以上関わりたくないだけじゃないの……?」
僕からは直接見えないが、声の調子から判断して、おそらく会長はじとっとした半目を僕に向けながら廊下を歩いている事だろう。
なんとなくその顔を見てしまうのは嫌だったので、僕は会長が普段歩く速さよりもほんの少し早く歩いて追い越せないようにしながら、言葉を返す。
「それは否定しませんね。……というか、これ以上僕に厄介事を持ち込まないで欲しいんですよ。会長の事だけでも頭が痛いのに、あんなドMさんの相手までしていた日には、胃に穴が開いてしまいます」
「その程度の事で頭痛になったりしてちゃこれから先やっていけないわよ――って叱りたいところだけど、彼女の件に関しては同感だから何も言わないでおいてあげるわ」
「ありがとうございます。……というか、彼女の名前自体何なんですか。『うみのさち』って、どう考えてもネタでしかないじゃないですか。むしろ食べられたいんですか?」
「食べても傷害事件になるだけなんだけどね。彼女、人間としての人権も持ってるから。……それと、一応『さち』という名前に鎖恥っていう漢字を当てさせることだけは阻止したのよ? さすがにそこまで趣味全開の名前じゃあ一般社会に溶け込めないから」
立ち止まって肩をすくめながらそう言う会長に対し、僕も立ち止まってから大きくため息を吐く。
校舎の二階の廊下にも依然として人影はなく、このような人には聞かせられない話をするにはもってこいの条件がここにはそろっている。
だから僕は、ため息と一緒に会長の行いを褒め称える言葉を言う。
「それは良い判断ですね。……というか、会長を含めたこれまで会った人外達全員に言える事ですけど、名前をよくよく見れば種族がわかっちゃう人、多すぎません?」
僕が会長に向き直りながら何気なく放ったその問いに、会長は『ああ、その事』と一つ相槌を打ってから、
「もともと、人外たちには人間みたいな姓名はなかったのよ。そもそも種族を構成するのが一人だけみたいな人にはその種族名だけあれば十分だったし、結構な人数がいる種族であっても姓は存在せず、個人名のみだったわ。でも、人間社会に入っていく上では姓を含めた個人名は欠かせない。だから、各種族ごとに名前を自由に決めてもらったのよ。そうしたらみんな自分の種族にちなんだ名前を付けちゃったの」
「……なるほど。だから鬼の一族に『鬼々島』という姓が付き、刀の兄妹に『鏨』の姓が付いた、と」
「そういう事。ちなみに私の『赤水』もその例に漏れないわ。……もっとも、それを決めたのは私から数えて何代も前の祖先だけど」
そう言って再び肩をすくめながら会長が言った説明を聞いて、今まで不思議だったことに合点がいった。
さすがに出会う人出会う人全員の名前に何らかの関連性があるなんて、何か裏があるとしか思えなかったからだ。
「……ということは、これから会う人たちの名前も同じルールが適応されるわけですね。だったらその名前を聞いただけで種族をある程度絞れる、と」
「そういう事ね。……まあ、一発で当てられるようになるためには、それこそ民俗学の教授並みの知識と柔軟な発想力が必要になると思うけど」
苦笑しながら会長はそう言う。
対する僕はまた一つ考えることが多くなってしまったため、額のあたりに手を当てて目を瞑り、状況を少しでも整理しようと試みる。
だが、人間一人が一日で受け入れられる情報量を超えている事は明白であり、結局しっかりとした整理は行えなかった。
「……なんかもう、今日だけでいろいろなことがあったせいか、頭が痛くなってきました」
僕のそんな様子を見た会長は、ポンとその両手を打ち合わせると僕の顔を覗き込みながら、言う。
「あら、じゃあ食堂にちょうどいいメニューがあるから、行ってみる? 今ならまだ空いてると思うし」
「いいメニュー? なんですか、それ。スタミナ定食か何かですか?」
会長の言う食堂とは、当たり前だがこの学校の中にある学生食堂の事だ。
この学校自体が私立の学校であるだけに様々な設備が充実しているが、食堂も例外ではない。
どこの食堂でもあるような定番メニューに加え、四季折々の食材を用いた日替わり定食や、各種甘味も取りそろえられており、量の割には値段も手ごろ。
そんな好条件に故に、昼時ともなれば満員になってしまう、そんな食堂だ。
生徒からの『放課後も利用したい』との声に応え、お昼から最終下校時間少し前まで開店している食堂だが、今の時間だと早めに部活が終わってしまった生徒が極少数、暇つぶしの場として利用している頃だろう。
元々教師陣ですら利用している施設を、生徒の一部である生徒会役員が使ってはいけないわけがない。
だから、仕事がまだ残っている段階であるということに目を瞑れば、ちょっと休憩がてら軽食をいただきに行くというのも悪い話ではないはずだ。
……だけど、頭痛に効くメニューなんて、あったっけ……?
いや、頭痛を和らげる効果のある食材も存在はするのだろうが、具体的に何かと問われれば、僕は何も言えなくなる。
生憎そこまで料理に対して造詣が深いわけではないからだ。
だが、会長はこう見えても女の子。
いくら頭の中身があわれであっても、料理については知識があるのだろう。
その知識の中に『頭痛に効く料理』があって、今日偶々それが食堂のメニューとして並んでいるということに気が付き、僕を誘ったのだと考えるのが自然だ。
ならば、実際に食べる食べないは別にしても、後学のためにメニューの内容を聞いておくのは悪くない。
そう思ってメニューの内容を聞いた僕に対して、会長は端的にその名称を告げる。
「――頭痛薬定食A」
「なんですかそれ!?」
明らかに異常としか思えない料理名が、会長の口から飛び出してきた。
「なにって、言った通り頭痛薬定食のAよ? 頭痛に対してものすごく効果的な、知る人ぞ知る我が校の食堂における裏メニューの」
「……いや、確かにものすごく効きそうですけど。というか頭痛以外には効きそうもないですけど。……僕が想像してたのは、もっとごく普通の料理で、頭痛に効くのはあくまで二次的な効果でしかないような、そんな料理だったんですけど……」
なんでそんなメニューが存在するんだこの学校の学食。
「ちなみに内容は日替わりだから、事前のチェックは欠かせないわ。……今日のメニューは頭痛薬定食Aは、ふりかけ頭痛薬と頭痛薬の煮っ転がしね。昨日は炊き込み頭痛薬と頭痛薬炒めだったみたいだから、昨日行っておけばよかったかしら……?」
携帯を操作して献立表らしきものを見だした会長は、そんなことをぶつぶつと呟いていた。
というかなんだ頭痛薬の煮っ転がしって。頭痛薬炒めてどうするんだ?
「……会長、なんでうちの学食はそんなものを作ってるんですか?」
「そりゃあもちろん、需要があったからよ。主に先生方からの」
先生もいろいろ苦労が絶えないのだということはわかったけど、それにしたってもう少しやりようは有ったと思う。
「ほら、うちの学校は個性的な生徒が多いじゃない? だからその状況に耐えかねた教師陣一同が理事長に『このままでは我々の体が持ちません、どうにかしてください!』って直訴したらしいの。そうしたら教師用の裏メニューができたらしいわ」
そう言って会長は手に持った携帯を僕の方へ見せてきた。
そこに書かれていたのは、裏メニューの一覧表で、
「……頭痛薬定食A・B・C。胃薬御膳A・B。レディース抗鬱剤弁当B。……いろいろ突っ込みたい点は目白押しですけど、とりあえずこのABCの違いはなんですか?」
「ああ、それはそれぞれのランク付けよ。そのランクによってどれを選ぶか決めるの」
「……ランクって、Aの方が高級とか、そう言う意味ですか?」
「ううん、症状のランク。Aは比較的軽症でCは入院一歩手前ぐらい」
……モウナニモイエナイ。
「そもそも学食の『直接的薬膳シリーズ』にはそれぞれA・B・Cの三種類があって、Aならば誰でも注文できるけど、B・Cについては専門のお医者さんから処方箋を受け取らないと作ってもらえないのよ」
「なんでそんな無駄に充実してるんですか……?」
「ちなみに、きちんとこの学食専属の薬剤師さんもついてるから、安心よ?」
「安心、なんですか?」
「ええ、最近ではその薬剤師さんも毎日食べてるそうだから、とっても安心!」
「……別の意味で安心できないです……」
……この学校がおかしいのは、人外の方々のせいだけじゃなかったんだ……。
苦労が絶えない先生方に心の中で頭を下げつつ、会長の申し出を謹んで辞退することにした僕は、そう言えば次の目的地を聞いていなかったことを思い出した。
「会長、聞き忘れてたんですけど、これからどこに向かう予定だったんですか?」
「……ああ、言ってなかったっけ。今から向かうのは、前言った『最後の手段』の場所よ」
「『最後の手段』って、さっき生徒会室で言ってたやつですか?」
「そう、それ。この広い学校の敷地を、私達生徒会のメンバー五人だけでまわりきるのはほぼ不可能。だから私たち以外にも警備に当たってくれてる人がいるのよ」
「守衛さんですよね。主に不審者とかの『生徒以外の危険』に対して動く方々だったはずですけど」
「ええ、でもその守衛さんの中にも人間じゃないヒトがいて、その人は一人で学園中をくまなく監視してくれてるのよ。だから何か人外関係の事件があったときも、本来の業務じゃないけど、私達生徒会に教えてくれるのよ」
「……なるほど、だから最後の手段、と言う訳ですか」
「これからももしかしたらお世話になるかもしれないヒトだし、挨拶はしておかないと、ね」
本来の業務外だからなるべくお世話になりたくないけど、いざという時は頼っていい。
そんな相手の好意に頼る手段だから、普段は多用しないようにしている最後の手段、という事だ。
「でも、この広い敷地内を一人で監視しているんですか? 何者です、そのヒト。分身の術でも使うんですか?」
そう尋ねると、会長は少しだけ考え込み、そしてすぐに何か面白い事を思いついたような顔をして、
「まあ、確かに分身の術の一種ではあるかもね。……とりあえず、あってみればわかるわ。彼は第五守衛室にいるから」
『いきましょう?』と先に立って歩き出す会長に従って、僕は歩き出す。
……そう言えば、守衛室って第四までしかなかったような……?
そんな疑問を胸に秘めながら。
●
はい、そんなわけでお送りいたしました。
ちなみにタイトルの『しー・いず・えむ!』のえむですが、海野さんの種族の頭文字です。
間違っても彼女の性癖を表している物じゃないなと信じたいです。←オイ
ともあれ今回も恒例の人外レポート、行ってみましょう。←
・海野 幸
種族:人魚(♀)
備考:被虐趣味
人間たちに追いかけられた過去を性癖に塗り替えることで
トラウマ化を避けた人魚。
不老不死の霊薬の元であると噂されるだけあって
怪我などの治りはとても速い。
ちなみにその肉を食べても不老不死にはなれない。
最近ハマっていること:タンスの角に足の小指をぶつけること
……とまあこんな感じの設定です。
この人魚さんも例にもれず、色々なお話から都合のいい部分だけを切り取ってつなぎ合わせたなんちゃって人魚さんです。ご容赦くださいませ。
とまあそんなこんなで、本当にお久しぶりの最新話となりました。
お待たせしてしまい、本当に申し訳ありません。
また、最後になりますが、ここまで読んでくださったあなたに最大限の感謝を。
では、またいずれお会いしましょう。
失礼します。