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ぼーい・みーつ・う゛ぁんぱいあ!

始めましての方は初めまして。

そうでない方は、またお会いしましたね。辺 鋭一です。


今回は、私の中の『人外ラブ』の声に従って書かれた中編小説を投稿させていただきました。

見苦しい点もあるかと思いますが、厳しく指摘していただければ幸いです。


では、どうぞ。

   ●



 世界は平凡だ。

 そして、そんな平凡な世界にいる僕も、もちろん平凡だ。


「――ねぇ雨水うすい君、なにを一人でぶつぶつ言ってるの……?」

「うるさいですよ赤水(あかみ)生徒会長。今僕は現実逃避の真っ最中なんですから、非日常人は僕に関わってこないでください」

「え、ひどくない?」


 そう、僕は一般的なごく普通のありふれた平均的な日常人だ。

 だから、こんなわけのわからない状況に巻き込まれるはずがないんだ。


「……そう、これは夢なんだ……。だったら、早く目を覚まさなきゃ……」


 目を覚ますんだったら、衝撃を受けるのが一番だ。

 よく漫画なんかであるだろう? 夢の中で何かがあって痛みを感じると、ベッドから落ちた状態で目を覚ます、なんてシチュエーションが。


「あれ、どうしたの? ふらふら窓のほうに近づいて――って! いきなり飛び出そうとしないでよ!! ここ何階だと思ってんの!? 死ぬわよ!?」


 ああ、邪魔しないでくださいよ赤水生徒会長。

 僕はこれから日常に戻るんですから。


「なんか虚ろな目でぶつぶつ言いながら窓から飛び降りようとしないで雨水君!? ちょっとー! 誰かー!! ヘルプミー!?」


 さらば夢の中の非日常。

 さっさと戻って来い現実の平和な日常。

 僕は今、旅立ちます――


「ああもうめんどくさい。さっさと正気に戻りなさい……!」

「――っへぶん!?」


 あれあれ? なんだか後頭部に衝撃が走ったよ?

 それになんだか、目の前が真っ暗になってきたぞ?

 ……ああ、そうか。もうすぐ夢から覚めるんだ。

 ああよかった。




 ……そういえば、どんな夢を見てたんだっけ……?



   ●



 生徒会庶務職である僕、雨水うすい 影太えいたは、前日に生徒会室に置き忘れた書類(来週までにやらなくてはいけない仕事の資料)を求め、昼休みの時間を利用して生徒会室に向かっていた。

 本当ならば朝のうちに行っておきたかったのだが、今日に限って寝坊してしまい、生徒会室によっている暇がなかったのだ。

 二重の失態を取り戻すべく、昼食をとっとと済ませた僕は、生徒会役員全員に預けられている部屋の鍵を手に、早足で生徒会室に向かっている。

 ちなみに今日は先生方の会議のため午前授業であるので、昼休みの後はホームルームを行って解散となる。

 そのため、今のうちに書類を手に入れておき、ホームルーム終了後すぐに帰宅し、自宅で作業を行うつもりだ。

 校舎の中とはいえ廊下に冷房は効いていないため、いくら夏服に切り変わっていても汗はかく。

 その汗をぬぐいながら階段を上り、校舎の一番上である四階(主に最上級生である三年生の教室が並んでいる)にたどり着き、廊下の一番奥にある生徒会室に向かおうと角を曲がった瞬間――


「――うわぁ!!」


 どん、という衝撃が走り、僕は弾き飛ばされてしりもちをついた。

 急いでいたため誰かにぶつかってしまったのだとすぐに理解した僕は、謝ろうと前を見た。

 するとそこにいたのは、小さい顔にパッチリとした目がチャーミングな、かわいらしい女の子――










 ではなく、むちゃくちゃガタイのいい大男だった。





 ……ちくしょう!! フラグが立ったかと思ったのに……!!


 しかもまずいことに、ぶつかってしまったのはかなりの有名人、三年C組所属の河原(かわら) 鬼之助(きのすけ)先輩だった 。


 ……あれ? フラグはフラグでも、死亡フラグが立った……?


 僕がそう思ってしまったのも無理はない。

 何せこの人、鬼瓦(おにがわら)とあだ名されるぐらいの恐ろしいお方なのだ。

 身長は2メートルほどで、シャツの上からでもわかるほどの筋肉質な体つき、それに鬼のような四角い顔もあいまって、ポーズをつければ仁王像と見まごうほどだ。

 髪は短髪で剣山のように鋭く立っており、その眼はものすごく不機嫌そうに細められ、眉の間には常にしわが寄っている。

 そんな河原先輩様には、その姿にふさわしい数々の伝説(うわさ)が付きまとう。


 曰く、入学してすぐに最上級生のやんちゃな人たちを全員病院送りにしてしまった。

 曰く、それ以降その人たちは河原先輩の舎弟となり、卒業してしまった今でも一声かければ即座に集合する。

 曰く、山の奥深くでであった熊を自分は一切の傷を負うことなく仕留め、担いで下山してきた。


 嘘か真かは不明だが、そんなうわさが流れてくるようなお方なのだ。

 そんなお方にぶつかってしまった僕(中肉中背・帰宅部・インドア系)の運命なんて、もはや確定だろう。

 だってほら、僕が割りと全力でぶつかったのにもかかわらずまったく揺らいですらいない河原先輩閣下様は、僕に向かって岩をも握りつぶせそうな掌を伸ばしてきているんですよ?

 そのまま頭を『グシャ』ってするんですねわかります。


 ……っていやいや、こんな若い身空で死にたくないって! まだ彼女もいないのに!!


 あまりの恐怖に放心してしまっていた僕だったが、このままではいろいろとまずいため行動に出ることにした。

 まず第一に、しりもちをついてしまっている状態から、床に両手をついて鞍馬の選手のように両足を後ろ側に振り回すように持って行く。

 そうすれば自然と体勢はうつぶせのようになるため、そのまま腕立て伏せのような恰好から胸の下に両足を折りたたんで収納し、うつむいたような正座の体勢になる。

 そして最後に仕上げとして、地面についた両手の中間地点に当たるところに自分の額を叩きつけ、同時に叫ぶ。


「――すいませんでしたーー!! 自分調子こいてましたーーー!!!」


 そしてそのまま河原先輩魔王閣下様の返事を聞かず、僕は土下座の姿勢のまま足の裏を床につけ、クラウチングスタートの要領でその場から跳び出し、鬼瓦先輩大魔王陛下様の横を通り抜けて生徒会室に向かって走り出した。

 先輩の横を通った瞬間、なんか『ふしゅるるるる……』とかいう息遣いみたいなのが聞こえた気がしたけど、気のせいだと思うことにする。

 だって、仮にも僕と同じ人類が発する音とは思えないし……。






 ともあれ何とか命の危機を脱した僕は、目的地である生徒会室の扉を勢いよくあけ、安全地帯へと飛び込んだ。


 ……あれ? 鍵、開いてる……?


 本来ならば扉を開ける前に気が付くようなことも、焦っていた僕は生徒会室に入って扉を閉めてから気が付いた。


 ……閉め忘れって事はないはずだから、誰かが先に来ているってことか……?


 そう考え、部屋の中を見渡してみると、いた。

 窓際に立ち、昼の照りつけるような太陽を真正面から浴びているのは、制服から判断するに女生徒だ。 すらりとした足にメリハリのついた身体つき、そして輝くような金色の長髪を束ねることなく無造作に背中に流しているその姿は、僕の記憶には一人しか該当しない。

 さらに、左腕にまかれている腕章の『生徒会長』の文字が、僕の予測を裏付けてくれる。

 いきなり生徒会室に飛び込んできた人物を確かめるためか、その人物が振り向こうとするのに気が付き、僕は挨拶をしようと背筋を伸ばす。


「こんにちは、赤水生徒会長。お騒がせしてすいま――」


 せん、と続けようとした言葉が止まる。

 その理由は、振り向いた生徒会長の口元にある。

 生徒会長は外を見ながら何かを飲んでいたらしく、桃色の唇にはストローがくわえられている。

 別に、この場所は飲食禁止ではないし、僕たちだって仕事の最中にお茶を飲んだりお菓子をつまんだりする。

 だから、そのことについて驚いているわけではない。

 ならばなぜ、僕がここまで驚いているかと言うと……、 





 会長の口にくわえられているストローの先が、赤い液体の入った透明なパックに刺さっていたからだ。





 そのパックは、正直言ってドラマなんかで偶に見かける物だった。

 主に医療現場とか、登場人物が大けがして治療を受けているときなんかに良く映し出されるものであり、会長が持っているそのパックにも、なんだかよくわからないけど難しい文字が書かれた白いシールが貼ってある。

 しかもご丁寧に、そのシールの上からマジックペンででかでかと『AB』と書かれていて――




「――会長、なんですかそのどこからどう見ても輸血パックにしか見えない代物は……?」




 僕の問いに対して会長はしばし固まっていたが、少しして復活した瞬間、ものすごい勢いでパックの中の赤い液体を飲み始めた。

 すさまじい肺活量を発揮し、一滴たりとも残さず中身を吸われてぺしゃんこになった後もしばらく吸い続けていたが、『――プハァ!!』という満足げな息と共にストローを口から引き抜くと、真っ平らになったパックを折りたたんで机の上に置いてあったカバンにしまい、何事もなかったかのように僕に向き直った。


「こんにちは雨水君。今日はどうしてこんな時間にここに来たの? 今日は会議の予定は入っていなかったと思ったけど?」

「……昨日ここに忘れてしまった資料を取りに来たんです」

「あらあら、ダメよしっかりしなきゃ。そういううっかりなところは今のうちに直しておきなさいね? ……じゃあ私は用も済んだし教室に戻るから、あとは戸締りよろしくね。今度はうっかりしちゃダメよ?」


 そう言うと会長はカバンを持ち、僕の肩を『ぽん』と叩いてから僕の横を通って出て行こうとするが――


「――待ってください赤水(あかみ) 妖香(あやか)生徒会長。僕はきちんと質問に答えたんですから、貴方も僕の質問に答えてください。――さっき何を飲んでいたんですか……?」


 ガシッ、と僕に肩を掴まれた赤水生徒会長は、ものすごく冷や汗をかいている。

 かなりわかりやすい。この反応は何か悪事をやらかして、それがばれた時の反応だ。


「……何って、見てわからないの? トマトジュースよトマトジュース」

「へぇ、そうですか。――随分と変わった容器に入ったトマトジュースですね……?」


 会長の冷や汗がさらに増えた。


「……そ、それはほらあれよ! 悪戯よいたずら! 他の人が見たら驚くでしょう?」

「――ああそうですか、そういう事ですか! 確かに驚きましたよ。なんだ、また会長の悪戯ですか。全く、いい加減にしてくださいよ。もしかして会長が吸血鬼なんじゃないかってびっくりしちゃったじゃないですか」

「あ、当たり前じゃないの! 吸血鬼なんてファンタジックな生き物実在するわけないじゃない! やーい、騙されてやんの!!」


 僕に向かっておどけた口調で騒ぐ赤水先輩は、いつも通りの生徒会長に見える。

 だが、どこか安堵したような表情を浮かべているのが引っかかる。

 なので――



「……ところで赤水会長、口が鉄臭いですよ?」

「え゛? まじ? ブレス○ア、ブレス○ア……」



 カマをかけてみたところ、面白いぐらい見事に引っかかってくれた。

 カバンの中をあさって何かを探している会長に、僕は死刑宣告を叩きつけることにした。



「……まあ、冗談なんですけどね」



 その瞬間、会長の動きは完全に停止し、その代わりに冷や汗が大量に生成されるようになった。


「……つまり、会長はさっきまで『口の中が鉄臭くなってもおかしくない何か』を食べていたってことですよね? いったい何を食べてたんですか……?」


 会長の目をじっと見ながら僕は問いかけるが、会長はその黒い瞳をすっと逸らしてしまう。

 それでも見つめ続けていると、ついに耐え切れなくなったのか赤水先輩が口を開く。


「………………よ……」

「……なんですか? 聞こえませんよ?」


 わざとらしく尋ねると、先輩は僕の方を睨み付けるように見て、叫ぶ。


「――そうよ、血を飲んでたわよ!!




 “吸血鬼(・・・)”が血を飲んじゃ悪いって言うの!?」




 逆ギレのような叫びと共に、会長は信じられないことをのたまった。


「……………………」


 その言葉を聞いてから黙り込んでしまった僕の顔を、会長はものすごく不安そうな様子でうかがっている。


「……ちょっと、何とか言いなさいよ。……びっくりした? 気持ち悪い? ……そうよね。人間じゃない私が今まで人間のふりをしてきたんだもんね。自分をだましてた人を、許せるわけないよね……」





「――ああ、そこは別にどうでもいいです」





「……………………はい?」


 何やら訳のわからないことを言って勝手に落ち込んでいる会長に対して、僕は努めて冷静に尋ねる。


「さっき、会長は何て言いましたか?」

「……え? いやあの、『自分をだましてた人を、許せるわけないよね……』って……」

「いえそこではなく、もっと前です」

「前? 『――そうよ、血を飲んでたわよ』?」

「戻りすぎです。その直後ですね」

「直後……? ああ、『“吸血鬼(・・・)”が血を飲んじゃ悪「――嘘だ!!」いって言うの』って、え!?」


 マンガだったら見開きページの顔どアップで表現されそうな声と表情で、僕は否定の言葉を叫ぶ。

 その迫力にはさすがの会長も驚いているようだが、正直僕ももう冷静ではいられない。

 だって――


「――嘘を吐かないでください赤水生徒会長。この情報化社会において、『吸血鬼だ』なんてちゃんちゃらちゃんですよ!?」

「ごめん、言ってる意味が分かんない……」


 だって、この世界は小説やアニメじゃないんだから、そんな非現実的な存在なんているはずがないんだ。

 だからこれは、いつものように会長が仕組んだ悪戯なんだ! そうに決まってる!!


「いくら悪戯の言い訳に困ったからって、そんな言い分が通ると思ってるんですか? もっとましな言い訳を考えてください!!」

「――え? 信じてないの? ……いやいや、私嘘ついてないわよ!? ――ほらほら、さっきの輸血パック!! ほとんど全部飲んじゃったけど、なめてみれば血だってわかるはずよ! 血を飲んだんだから、吸血鬼でしょう?」


 会長はあわてながら先ほどカバンにしまった透明なパックを差し出してくるが、僕はそれをちらりと見た後、


「会長だったら悪戯のために生き血ぐらい平気で飲み干しかねませんので、証拠としては不十分です」

「……いやいや、貴方の中で私はどんなキャラになってるのよ!?」


 どんなって、そんなキャラですけど、何か?


「ほ、ほらほら、吸血鬼の牙! 普通ならありえないくらい長いでしょう!?」

「素敵な八重歯ですね。良いチャーミングポイントになりますよ」

「あら、ありがとう。――ってそうじゃなくて!!」


 ああもう!! と騒ぎ出す会長にとどめの一撃を放つ。


「だいたい、会長は日の光を浴びても平気な顔してるじゃないですか。そんな状態で会長の事を『吸血鬼だ』と信じる人がいると思いますか?」

「……う゛、それを言われると……」


 顔をしかめて何も言えなくなってしまった会長を見て、僕は心の中で安堵のため息を吐く。


 ……ふぅ……。これで僕の平穏は守られた……!


 その時の僕は、一大事業をやり遂げたかのような達成感に浸っていた。

 なんて言ったって、ずいぶんと根の深そうな生徒会長の厨二病(難病)に治療の可能性を与えたのだから。

 そんな僕の思いを全く気にせず、会長は何らかの葛藤を得ているように難しい顔をしている。

 そして、しばらくして会長は顔を上げると僕を睨み付けながら、言う。


「――わかったわ。吸血鬼だっていう事はすぐに証明できないけど、私が人間じゃないってことはすぐに証明してあげる……」


 ……ああ、まだそんなことを……。


 いい加減に治してあげないと、今という時間が彼女の今後の人生において重大な傷跡となってしまう可能性がある。

 会長の為にも、それだけは確実に阻止してあげないと。


「……はぁ。どうぞ、お好きなように。僕は会長が納得するまでいくらでもおつきあいしますから」


 なるべく僕が呆れているということがわかるようにしながら言った僕の言葉を全く気にする様子がない会長は、不敵な笑みを浮かべながら僕に告げる。


「心配いらないわ。協力してくれるならすぐに終わるから……」

「左様で……。じゃあ、僕は何をすればいいんですか?」

「――そこ」


 そう言いながら、会長は生徒会室に置いてある来客用の三人掛けソファーを指さす。


「そこの端っこに座りなさい。そうしたら、何があっても動かないでじっとしてなさい。危ないから」

「はいはい、っと」


 ……なにをやらかすつもりなんだか……。


 僕はもはや呆れを隠す努力すら放棄して、会長の言葉に従う。

 指示通りに僕がソファーの右端に座ったのを確認した会長は、左側の背もたれの後ろに立ち、目の前にある背もたれのてっぺんに右手を『ポンッ』と乗せると、


「……いい? 絶対に動いちゃダメだからね? フリじゃないからね? ほんとに危ないんだからね?」

「……わかってますって。何度も言わなくていいですよ」


 珍しく真剣な口調で言ってくる会長の迫力に若干気圧されながらも、僕はあくまで小馬鹿にしたような口調で対応し続ける。

 こういう口調の時の会長の言葉には従っておくのが正解だということは短い付き合いながらも理解しているが、今は状況が状況のためにその判断基準もあいまいになっている。

 でもまあ、とにかく今は従っておかないと話が進まないため、立ち上がったり体を揺らしたりはしないでおこうと思う。


「……よし。それじゃあ、行くわよ……?」


 『どこへ?』という疑問はすぐに解決することになる。


 だって、僕の座っているソファーが、





 ――僕を乗せたまま、浮かんでいたんだから。





 相変わらず、会長の右手はソファーの背もたれに添えられたままだ。

 ただ、その部分をよく見てみると、そこまで軟らかくないクッションに会長の細い手指の先が埋まっている。

 そして、今までと違うもう一つの点として、先ほどまで斜め下に伸びていた会長の腕が、今はまっすぐ前方に伸ばされ、床と水平になっているということだ。


「……てこの原理、知ってるわよね? もう少し専門的な話をすれば『トルク』なんてのも関わって来るけど、今はそんなのどうでもいいか。回転もしてないし」


 まるで物理の授業を行うように何気なく、まるで世間話でもしているかのような気軽さで、




 ――会長は僕をソファーごと持ち上げていた。




 現実をうまく飲み込めずにぼんやりしながら、僕はゆっくりと自分の足元を覗き込む。

 当然、そこには支えになりそうなものは何もなかった。


 ……うん、浮かんでる。僕、浮かんでるよ……?


 会長が『動くな』といった意味が今になって良くわかった。

 せいぜい一メートルにも満たない高さとはいえ、下手な姿勢で落ちたら怪我をしてしまうだろう。


「……一応言っておくとね、物を持ち上げたりするとき、一番楽なのは重心の真上を持つやり方なの。だけど、今私は貴方の近くにあるであろう重心から一番離れた位置を掴んで力をかけている。てこの原理で言えば、支点と力点がほとんど重なっていて、作用点が遠くにある状態かしらね」


 『おろすわよ』と言って会長がゆっくりとソファー(と僕)を床におろしてからも、僕はまだぼぉっとしていた。

 とりあえず、僕の頭の中では『信じられない』という言葉がリフレインしていた。


「普通が大好きらしい雨水君ならわかると思うけど、一般的な女子高生は、片手でソファーを男子高校生ごと持ち上げたりなんかできないわよ? ……まあ、私ならこれぐらい余裕だけど。血を飲んだばかりだし」


 そう言いながら、会長は得意そうに胸を張る。

 半袖のYシャツから見えている会長の腕は細く、ちょっと乱暴に扱えば簡単に折れてしまいそうだった。

 間違っても、人間一人を片手で持ち上げられるような筋力が備わっているようには見えない。

 そんなことを考えていた僕の顔を、会長はとてもいい笑顔で覗き込んできた。


「どう、雨水君? 信じる気になった?」




 ――私が、人間じゃない、って。




 その言葉を最後に、僕の意識は混乱の渦に呑みこまれていった。



   ●



「……うむぅ……?」


 目を開けてみると、良く知っている天井だった。


「……生徒会室、か……?」


 なぜかずきずきする頭を押さえながら上半身だけを起こしてあたりを見てみれば自分の推測通りの場所であり、僕はソファーの上で寝ていたようだ。

 こんなことは今までも何度か有った。具体的には、仕事続きで三日間徹夜した次の日の生徒会室で仕事していた後なんかに。

 いつも仕事の際中に睡魔との戦争に敗れて倒れ、ソファーに寝かされるのだ。

 そんなことが何度も何度もあったおかげで、生徒会室には僕専用の毛布まで置かれるようになったほどだ。

 そこまで考え、さらに先ほどの非常識な出来事を順番に思い出す。

 そうしているうちに眠気は完全に抜け、頭は冷静になってくる。


「ああそうか。あれは全部夢だったんだ……」


 いくらなんでもあり得ない夢を見てしまったことに苦笑しながら、僕はもう一度あたりを見渡してみる。

 そうすると、『生徒会長』と書かれた黒い三角柱が置かれたひときわ立派な机に座って何やら書類を書いている赤水生徒会長を見つけた。

 会長も僕が起きたことに気が付いたのか、にっこりと微笑みかけてから席を立ち、僕の方へ歩み寄ってくる。

 この流れは、無理のし過ぎで倒れてしまったことに対して軽い嫌味を言われて笑いものにされる流れだ。

 幸いこの部屋には自分と生徒会長以外は誰もいないため、大人数に笑われることはないだろう。

 そう考えながら、僕は少しでも被害を小さくするため、愛想笑いを浮かべる。


「……ああ、赤水生徒会長。御心配おかけしました。なんでか知りませんが、倒れちゃったみたいですね。そのせいか変な夢まで見ちゃいましたよあはははは……」


 僕のその話を聞いた赤水生徒会長は、とても面白そうに口の端をゆがめる。


 ……よし、何とか気を逸らせそうだ……!


 なんとか生徒会長の僕いじりを回避しようと生徒会長が面白がりそうな話題を振ったのは、我ながらグッジョブだ。

 とっさのこととはいえ、素晴らしい話題だ。妙な夢を見た僕の脳に感謝しなくては。

 ばれないように安堵した僕の横に立った生徒会長は、僕の顔を覗き込みながら一番の笑顔を見せ、口を開く。





「夢だと思った? 残念、吸血鬼の女の子でした!!」





「ガッテムジーザスシットチクショウオーマイゴッド!!!」




 どうやら、僕の日常は僕の手の届かない遥か彼方に逃げてしまったらしい。



   ●

はい、そんなわけで導入をお送りしました。

次回では、なんで会長がこんなことをしていたのか、なんでこの学校に通っているのか、と言ったことに対する説明がなされる……予定です。


なんたって、まだ書いてませんから!!


ああ、石を投げるのはやめて……。



一応、登場させたい人物とか使いたいネタとかは決めてありますので、次話までそんなに時間はかからない……筈です。

なにぶん指が遅いので、確約はできません。平気で一月ぐらい更新が滞るダメ人間ですから。


ともあれ、私と同じく『人外ラブ』な精神を持ち、なおかつ『仕方ねえ、待ってやるか』という武将な方がいらっしゃれば、気長に待ってやってください。

いつかは言えませんが、必ず完結させますので。


それでは最後になりますが、

ここまで読んでくださった貴方に、最大限の感謝を。



P.S.

9/1 『本日は午前授業である』という旨の文を追加しました。

9/10 各話のタイトル、変更してみました。

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