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【累計3000PVを突破しました!】天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ


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9/22

富国

初めての執筆となります。

時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。


※1-5話を納得のいく形に改稿しました。

既に目を通していただいた皆様も再度ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。

天文十三年(一五四四年)の秋。与六は十一歳になった。

右筆見習いとして帳場に入って、二年が経っていた。

————————————————————

帳場での与六の仕事は当初「帳面の写し」だけだった。

古い帳面を新しい紙に書き写す。

ただそれだけだ。しかし「ただそれだけ」の仕事が、与六にとってはこの上なく豊かな情報源だった。

写しを作りながら数字を頭に入れる。その数字が何を意味するかを考える。

一枚の帳面の中に、対馬という島の生き方が詰まっている。

何が売れて、何が売れないか。どの季節に荷が増えて、どの季節に減るか。

どの船頭が信頼されていて、どの船頭が怪しまれているか。

数字は嘘をつかない。ただし——正しく読める人間にだけ、嘘をつかない。


二年間で、与六は対馬の経済の全体像を、数字として頭に入れた。

しかしその過程で——もう一つのことが、頭から離れなくなっていた。

現代の知識を使えばもっとこの島を豊かに出来るのだ。

————————————————————

対馬の石高は約八千石だ。

面積の八十九パーセントが山林で、農耕に使える平地はほとんどない。

それがこの島の石高が低い最大の理由とされてきた。しかし——本当にそうなのか。


帳場の仕事の合間に、現地視察として島内を歩き回る中で見えてきたことがある。

まず、棚田の使い方が非効率である。対馬の農民たちは古くから山の斜面を切り開いて棚田を作ってきた。

しかしその作り方が本来の効率を発揮できていない。

畦道が崩れやすく、水の管理が甘い。苗の植え方も間隔がバラバラだ。


次に、平地の使い方も問題がある。島の数少ない平地は、不均一に使われている。

使われていない土地がある一方、使いすぎて地力が落ちている土地がある。

そして——畑として使われていない山の斜面が、まだ大量にある。


俺は現代のわずかな農業知識を振り絞って、正条植えを試してみるつもりでいた。

苗を縦横均一の間隔で整然と植える方法だ。風通しがよくなり、日当たりが均一になり、管理がしやすくなる。


さらに、対馬には使われていない資源がいくつもある。

山に生える椎茸がその代表例だろう。

対馬の山には椎の木が多い。この時代の椎茸は自然に生えるものを採取するのみで、栽培という概念は存在しないが原木に菌を植え付けることで、安定的に栽培できるだろう。

干し椎茸は保存が利き、朝鮮や博多への交易品として高い価値がある。明への輸出品としても需要が大きい。


山地の有効活用という点では蕎麦もある。対馬は古くから蕎麦の産地として知られている。

現代では「対州そば」と呼ばれるこの島の蕎麦は、土地の痩せた山地でもよく育つ。

米が育ちにくい急斜面の土地を、蕎麦畑として活用できる。

蕎麦は保存が利き、腹持ちがいい。島民の食糧事情を改善しながら、余剰分を交易品として販売出来る。


アワビと干しイカもある。対馬近海は豊かな漁場だ。

アワビは朝鮮の貴族層への贈答品として珍重されており、干しイカは保存食として九州全体に需要がある。

しかし今の対馬では、漁師たちが獲った魚介類の多くが島内消費に留まっている。加工して交易品にする仕組みがない。


そして——石鹸せっけんだ。

歴史転生系でもよく金策手段とされるんだが、木灰と油を使えば、灰汁石鹸が作れる。

材料は全部調達可能だし山林が多い対馬には木灰が豊富にある。

油は椿油つばきあぶらが使えるだろう。対馬には椿が多いしな。

この時代、石鹸に相当するものは日本にはまだ存在しない。身を清めるには水と布だけだ。

しかし朝鮮には植物由来の洗浄料の概念が伝わっていた。

石鹸を作って朝鮮の貴族層に届ければ——高額の交易品になる可能性がある。


蜂蜜もある。対馬には日本ミツバチの固有種が多く生息している。

本土のものとは異なる風味の蜂蜜で、甘みが深く香りが独特だ。

薬としても料理の甘味料としても珍重される。


そして最後に——銀山である。帳場の古い帳面を読んでいて気になる記述を見つけていた。

しかもそれは百年や二百年前の記録ではない。もっと古い——しかし確実にこの島に刻まれた記録だった。

————————————————————

対馬の銀の歴史は、この島が日本の歴史に登場する最初期まで遡る。

『日本書紀』ではこう記述されている。

天武天皇二年(六七四年)——今から八百七十年前——対馬島司・忍海造大国おしみのみやつこのおおくにが、対馬で産出した銀を朝廷に献上した。これは日本における銀の産出の記録として、最も古いものの一つである。

さらに続く。朝廷はその後も対馬に銀の産出を命じ、平安時代には『延喜式えんぎしき』において対馬の調みつぎは銀と定められ、大宰府だざいふに毎年調銀八百九十両を納めるよう命じられた。


そうの史書『宋史そうし』にも、九八三年に宋の皇帝太宗のもとへ渡った日本の僧・奝然ちょうねんが、こう語った記録が残っている。「東の奥州おうしゅうは黄金を産出し、西の対馬は白銀を産出して租税とする」——東の奥州が金を出し、西の対馬が銀を出す。当時、対馬の銀はそれだけ広く知られていた。


精錬の方法も、記録に残っている。大江匡房おおえのまさふさという平安時代の学者が著した『対馬貢銀記つしまこうぎんき』に、こうある。

「高山四面に風を受くるの処に置き、松の樹を以ってこれを焼くこと数十日、水を以ってこれを洗い、解別してその率法を定め、その灰を鉛錫と為す」——山の高所の、四方から風を受ける場所に置き、松の樹で数十日焼いて、水で洗い、純度を定め、灰と鉛錫を使って銀を取り出す。

これは広義では灰吹法の一種だ。


しかし——その銀山は、十三世紀以降、記録から姿を消した。

刀伊の入寇で銀鉱が焼き払われた記録がある。その後の混乱の中で、採掘は途絶えた。

誰も再開しなかった。あるいは——再開しようとした者がいたが、記録に残さなかったのか。

————————————————————

晴康に提案したのは、秋の初めのある日だった。

「申し上げたいことが、いくつかございます」

「聞こう」

「この島の石高を今より増やせると思います。それから——眠っておる資源が、この島にはまだございます」

晴康は少し間を置いた。

「順に話せ」

「まず棚田の改良にございます」

現代知識をなるべくかみくだいて説明した。

正条植えの仕組み。苗を縦横均一の間隔で植えることで、風通しと日当たりが改善され収量が増える。

畦の作り方を変えれば水の管理も安定する。

「今の植え方と、何が違う」

「今の農民たちは、経験と感覚で植えております。熟練した農民は上手くできますが、若い農民や新しく始めた農民は間隔がバラバラになります。均一に植える基準を作って、誰でも同じように植えられるようにすれば——全体の収量が上がります」

「どのくらい上がる」

「試してみなければわかりませぬ。しかし——うまくいけば、今の棚田の収量からまず三割。」

「ほう」

「他にも蕎麦や椎茸を栽培します。米が育ちにくい急斜面の土地に蕎麦を植えます。蕎麦は土地が痩せていても育ちます。椎茸は山の椎の木を組みに栽培を試みます。干し椎茸は朝鮮と博多で高く売れますれば」

「農地の改良と、山の活用か」

「はい。そして——最後に、最も大きな話がございます」

晴康の目が、少し変わった。

「なんじゃ」

「古来より記録に残る銀山の開発でございます。」

「往古の銀鉱、か」

「対馬は八百年以上前から、朝廷に銀を納めてきた島にございます。『日本書紀』にも記録がございます。平安時代には毎年、大宰府に調銀を納めておりました。精錬の方法も、「対馬貢銀記」という書物に記されております。しかし十三世紀以降、記録が途絶えました。その銀山が、樫根の山中に今も眠っておる可能性がございます」


晴康はしばらく黙っていた。この老人が、これほど長く黙ることは珍しい。

「……儂も、その記録のことは聞いたことがある。しかし——何百年も前の話じゃ。今も銀が出るかどうか」

「確かめてみなければわかりませぬ。ただし——確かめる価値は十分にございます」

「どうやって確かめる」

「まず山に入って、岩肌を見ます。銀を含む鉱石には、特徴がございます。方鉛鉱という、灰色がかった金属光沢を持つ石が銀鉱床に多く見られます。それを確認してから精錬の技術者を探します」

「精錬の技術者を、どこで探す」

「朝鮮にて。対馬貢銀記に書かれた精錬法は、遠く石見銀山で使われていると言われる灰吹法と根は同じにございます。その技術は朝鮮から伝わったものです。朝鮮の老商人に相談すれば、心当たりを探してくれると思います」

晴康はしばらく庭を見ていた。秋の庭に、松の葉が静かに揺れていた。

「……棚田の改良から銀山までお前は同時に動かすつもりか」

「全部が繋がっております」

「繋がっておる、とは」

「棚田が改良されれば、島民の食糧が安定します。食糧が安定すれば、銀山の採掘に人手を割く余裕が生まれます。椎茸と蕎麦が収益を生めば銀山の整備費用に充てられます。全部がこの島を豊かにするという一点に向かっております」

晴康はしばらく俺を見た。

「……もう一つ聞く」

「はい」

「銀が出たとして——お前はどうするつもりじゃ」

俺は少し間を置いた。

「まずは朝廷へ献上いたしましましょう」

晴康の目が、はっきりと変わった。

「……朝廷へ」

「はい。対馬はかつて、朝廷に銀を納めてきた島にございます。その歴史を復活させる。「対馬の銀が、再び朝廷に届いた」——それは単なる献上品ではなく、宗家がこの島の歴史を取り戻したという証しになります。朝廷との関係が深まれば、宗家の権威が上がります。権威が上がれば——この島に逼塞するだけでなく本土へ勢力を伸ばすことも夢ではないかと。」


晴康はしばらく黙った。

「……小さき島の棚田から朝廷まで、一本の線で繋げるか」

「繋がっておるから、繋げておるだけにございます」

晴康はかすかに笑った。

「そういうところが——恐ろしい子じゃ」

「恐れ入ります」

「やってみろ」

晴康は静かに言った。

「ただし——農民たちを無理に動かすな。銀山については、まず山に入って確かめてこい。」

「承知いたしました」

————————————————————

農民たちへの接触は、翌日から始めた。

厳原の南側に、島内でも比較的広い棚田が広がっている場所がある。

そこで農作業をしている老農夫に声をかけた。

「少しお時間をいただけますでしょうか」

老農夫は不思議そうな顔をした。

「何の用じゃ」

「苗の植え方について、お伺いしたいことがございます」

「子供に農業を教えるつもりはないぞ」

「いいえ。教えていただきたいのではございません。今の植え方で、困っていることがないか——お聞きしとうございます」

老農夫は少し止まった。

困っていることを聞きに来た、という言い方が意外だったのだろう。

「……困っていること、か」

「はい。今の植え方で、うまくいかないことがあれば、お聞かせいただきたいのです」

「水の管理が難しい。特に雨の多い時期は、水が溢れて苗が流れることがある」

「畦の高さと角度の問題でございましょうか」

「そうじゃ。急いで作った畦は崩れやすい。かといって、丁寧に作る時間もない」

俺はその日、時間をかけて老農夫の話を聞いた。

困っていることだけでなく、今まで工夫してきたこと、うまくいったこと、先代から受け継いだやり方。

一通り聞き終えてから口を開ける


「一つだけ、試してみていただけることはございますか」

「なんじゃ」

「苗を植えるとき、縦と横の間隔を揃えてみてください。今より少し広めに、均一に植えます。最初は手間がかかりますが——風通しがよくなって、日当たりが均一になります。収量が上がる可能性があります。」

老農夫はしばらく考えた。

「……やってみてもよいが、うまくいかなければどうする」

「責任は私が取ります。晴康様のお許しをいただいております」

「……わかった。一枚の田で試してみよう」

一枚だけでいい。最初は一枚だけでいい。うまくいけば、隣の田でも試したいと言うようになるだろう。

帰り道、俺は今日の会話を頭の中で繰り返した。

————————————————————

その夜、与七に打ち明ける。

「俺も一緒に行こう」

「いいのか。海の仕事があるだろう」

「一日くらい構わぬ。面白そうだし俺も見たいんだ」

翌朝、二人で厳原の北西の山へ入った。

樫根の方角だ。山道は細く、朝の霧が深かった。

一時間ほど登ったとき、岩肌が露出している場所があった。

俺はその岩肌を丁寧に見た。

灰色がかった岩の中に、白く光る筋が走っている。方鉛鉱だ。

銀を含む鉛鉱石の特徴的な光沢——金属光沢を持つ、灰色がかった結晶だ。


「与七。この岩を少し削ってみてくれ」

与七は持ってきた小さなのみで、岩肌を少し削った。

削った断面を、俺は陽の光にかざした。

白く光る粒が見える。銀色ではない。しかし——方鉛鉱の断面に、銀の粒が混在している可能性がある。

「ある」

「本当にか」

「確実とは言えぬ。しかし——八百年前にここで銀が出た記録がある。岩の性質も、銀鉱床に合っている。精錬してみなければわからぬが——可能性は十分にある」

与七はしばらく岩肌を見ていた。それから静かに言った。

「銀が見つかったのは良いが、兄貴の負担は増えるなぁ」

「どういう意味だ」

「帳場の仕事もしている。農民の話を聞きに行ったんだろう?。山にも入った。十一歳の体で一日でこれだけのことはやるもんじゃないよ」

「普通のことだ」

「普通じゃない」

与七は静かに言った。

「俺は自分のやるべきことに集中している。兄貴は——戦略を立てるところから実務まで同時にやってるじゃないか」

「お前も同じだ。船の操作を覚えながら北部の情報を集め、在地の領主や漁師たちとの関係を作っている」

「同じではない。兄貴の方がやることが多いな」

「心配してくれているのか」

「まあね」

俺は少し考えた。

「多少は疲れる。しかし——やらなければならないことが見えている。見えているのにやらないことの方が俺には辛い」


与七はしばらく黙っていた。

それから——静かに言った。

「俺はそういう兄貴を見ているから。そのことだけは覚えておいてくれ」

その言葉が——その夜、ずっと頭に残っていた。

————————————————————

【佐伯与七】 天文十三年・秋 樫根の山

山を降りながら、与七は兄のことを考えていた。

兄は古典の僅かな記載を頼りに銀鉱を探り当て、朝廷への献上に繋げようとしている。

無駄がないと思う。もちろん失敗することはあるんだろうが、全て目的から逆算されている。

与七には思いもよらないことだった。

知識として対馬の銀山のことは知っていたし、実際に山の岩肌も見たがそこに朝廷との関係構築が繋がっているとは、夢にも思わない。


しかし兄には——見えている。

(なぜ見えるのか)

与七は考えた。

現代の造船工場で、与七は設計図を読むのが得意だった。一枚の設計図の中に、完成した船の全体像が見えた。どの部品がどこに繋がって、どういう力のかかり方をして、どう動くか——設計図を見た瞬間に、立体的な船が頭の中に浮かんだ。


兄の「見え方」は——それに似ているかもしれない。

帳面の文字や現代からの知識が設計図の一部に見え、山の岩肌が別の部品に見える。

朝廷との関係のためにそれをどう組み合わせるかの答えに見える。

全部が「一枚の設計図」として、兄の頭の中に入っている。


(俺は俺のやるべきことをなそう)

対馬と壱岐の間の潮の流れ。松浦党の船の弱点。北部の漁師たちの人間関係。

今はまだ力を蓄える時だが、兄の頭の中に全体図が描かれているのであれば、使いどころも見えてくる。

その感覚が、今日また一段、深くなった。

波の音が、山の向こうから聞こえた。

コメントは全て目を通させていただきます。

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