与七の海
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
※1-5話を納得のいく形に改稿しました。
既に目を通していただいた皆様も再度ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
天文十二年(一五四三年)の夏。与六は十歳になった。
この1年ほど壱岐に向かっていた与七と久しぶりに顔を合わせた。
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与七が壱岐へ行ったのは、前年の夏だった。
漁師の老人の船に乗り込み、壱岐まで往復した。往復での行程は五日ほどだ。
帰ってきた与七は——目に見えて変わっていた。
背が少し伸びた。日に焼けた。しかしそういう外見の変化より気になったのは目だった。
いくつかの修羅場を潜ったかのような人間特有の落ち着きが、目の奥に生まれていた。
何かを遠くから見ている目だ。
「どうだった」
「広かった」
与七は短く言った。
その短い言葉に、どれだけのものが込められているか。俺には少しわかる気がした。
「壱岐は」
「壱岐そのものより——海が広かった。対馬と壱岐の間の海は潮の流れが複雑だな。
対馬の海流と、博多から来る流れがぶつかる場所がある。そこを正確に読まねば、航路がずれる」
「読めたのか」
「三日目にだいたい読めたよ。漁師の老人に教わりながら」
「どうやって読んだんだ?」
「感覚なんだけど...水の色が変わる場所があるんだ。波の立て方が変わる場所がある。
風の匂いが変わる場所がある。それが複数重なる場所が——流れのぶつかり目だね」
与七はそれを、当然のように言った。
しかし俺には——その感覚が、どれだけ深いものか想像もつかない。
現代の船乗りでもそういう「水の読み方」を体得するには長年の経験が必要だ。
与七は十歳で、その入口を掴み始めていた。
「壱岐の港は」
「二つを詳しく見てきたよ。郷ノ浦と勝本。
郷ノ浦は対馬方面からの船が多く来る。
勝本は博多方面への船が多い。壱岐は対馬と博多の中間に位置してるから、両方向の中継点になってる。
荷の量は厳原より少ないかな。だけど——船の種類は多い。対馬にはいない種類の船が来てたよ」
「どんな船?」
「あれは松浦党の船だな」
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松浦党とは、現在の長崎県北部から佐賀県北西部にかけての松浦地方を拠点とする武士団の総称である。
「党」という呼び方が示す通り、松浦党は一つの統一された組織ではない。
松浦川流域に土着した複数の武士の家が、それぞれの独立性を保ちながら、「松浦」という地縁と海縁で緩やかに結びついている集合体だ。
平の松浦氏、波多氏、佐志氏、値嘉氏——それぞれが独自の船団を持ち、独自の交易ルートを持ち時に協力し、時に争いながら、この海域を動いてきた。
その歴史は古い。
平安時代末期の史料にすでに「松浦党」の名が見える。
源平合戦においては、壇ノ浦の戦いで源氏方として参戦した記録がある。
室町時代に入ると、松浦党は倭寇の主要な構成勢力の一つとして朝鮮半島や中国大陸の沿岸に出没するようになる。
倭寇とは、十四世紀から十六世紀にかけて東アジアの海域で活動した、日本を根拠地とする海賊的商人集団の総称であるがその実態は複雑で、純粋な略奪集団から、交易と略奪を並行させる武装商人集団まで、様々な性格を持つ集団が混在していた。松浦党はその中でも、規模の大きな勢力の一つとして、朝鮮や明の史料にたびたびその名が登場する。
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「松浦の船を、実際に見たのか」
「見た。大きい。装備が重い。けど俺から言わせたら——動きが鈍いね」
「鈍い...とは?」
「舵の反応が遅い。積んでいる荷の位置が悪いね。重心がずれてる。俺の知識があればあれより速く安定した船は作れるよ。」
俺は少し驚いた。
与七はまだ十歳だがすでに松浦党の船の改良ができると言っている。
現代の造船工場で間培った知識が、この時代の船の弱点を正確に見抜いていた。
「それはまだ先の話だ。今は海を覚える段階だ」
「わかってるよ。ただ——見えてることは伝えとくさ」
「そうしてくれ」
俺と与七は、厳原の港の端に並んで座った。夏の海が光っている。
「帳場はどうなん?」
与七が聞いた。
「宗家の交易の記録は読んでいる。直近三年分の帳面を全部読み終えたところだ。」
「何か見えた?」
「めぼしいところだと銅の差分だな。年間で約二十貫ある。三年合計で七十貫以上だ。それから硫黄の差分。銅より大きい。帳面の数字が、産出量より少ない。三年合計で九十貫近い差がある」
「どこへ消えている」
「北部の浜から、夜中に船で運ばれている。お前が数年前に最初に確認した佐須奈の沖の動きと繋がっている気配もある。」
与七は少し間を置いた。
「証拠として使えるのかな?」
「帳面の数字だけではまだ弱い。産地での実地確認と、運搬ルートの特定が必要だ。でも——方向は完全に見えた」
「動くのはいつになる?」
「まだ当分先だ。証拠が揃っても動ける立場がなければ意味がない。今の俺は右筆見習いだ。もっと立場を固める必要がある」
与七は少し黙った。それから言った。
「一つ報告がある」
「なんだ」
「壱岐で、面白い話を聞いた。南の方で——南蛮の船が、火を噴く鉄の筒を持ち込んだという話だよ」
俺は固まった。
(来た。予定通りだ)
天文十二年(一五四三年)——種子島への鉄砲伝来の年だ。
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種子島は薩摩国の南端に位置する島だ。
この年の八月、ポルトガル人を乗せた中国船が種子島の西之表に流れ着いた。
船には火縄銃が積まれていた。
種子島の領主・種子島時尭はポルトガル人から火縄銃二挺を高額で購入し、家臣の刀鍛冶・八板金兵衛清定に模倣品の製作を命じた。
清定は試行錯誤の末に模倣品の製作に成功した。これが日本への鉄砲伝来である。
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この出来事の意味を、俺はこの時代の誰よりもよく知っていた。
鉄砲は——この国を変える。弓矢の時代が終わる。鍛錬によって積み上げてきた個人の武力が意味を失う時代が来る。
純粋な個人の武力ではなく、鉄砲の数を揃えられる者が戦場を制する時代が来る。
そしてその鉄砲には——火薬が要る。火薬には——硫黄が要る。
「種子島か」
「いよいよだね」
「ああ、鉄砲の存在は記録の通り、戦争のあり方を変えるだろう。それよりも好都合だ」
「好都合?」
「火薬が要る」
与七の目が、わずかに動いた。
「……硫黄ね」
「そうだ。黒色火薬の原料は硫黄と硝石と木炭だ。硝石は日本では産出が少ない。
しかし硫黄は——対馬にある。鉄砲が広まれば——対馬の硫黄の価値が爆発的に上がる」
「それを先に押さえるわけか」
「そうだ。佐須の密売ルートを潰して、硫黄の流通を宗家が正式に握る。そのルートを将来、九州の大名たちへの交渉材料として使う。鉄砲を整備したい大名は必ず対馬と交易するようになるだろう」
与七はしばらく考えた。それから静かに言った。
「……それが、対馬から天下への道か」
「その第一歩だ」
「全部繋がってるな」
「全部繋がっている。俺たちが動かしているのはこの島の一部じゃない。この時代の流れそのものだ。
その意識だけは持っておけよ。」
波の音が繰り返された。夏の対馬の光が、海に溢れていた。
二人の子供がこの時代の大人には見えないものを、見ていた。
しかしその夜、俺はもう一つのことを考えていた。
俺たちには、この時代の出来事が全部が繋がって見える。
歴史の知識があるから鉄砲の伝来のタイミングも、硫黄の価値が上がることも事前にわかっていた。
それは確かに強みだ。
そして——与七には俺が見えていないものを見え始めてもいる。
海の感覚。漁師たちの人間関係。船の動きから読める言葉にならない情報。
それらは俺の算段には未だ組み込まれていない。おそらく与七がいなければ俺の計算は地図の上の線に過ぎないだろう。線を現実に変えるのは与七の実地の経験になってくる。
(本当に、二人で一つだな)
その確信が、今夜また深まった。
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【佐伯与七】 天文十二年・夏 壱岐〜対馬
壱岐への往復五日間は——与七にとって、大きな経験だった。
対馬と壱岐の間の海は、想像より複雑だった。
出発した最初の日、波が高かった。対馬の西側の海から出ると、玄界灘の風をまともに受ける。
漁師の老人は何も言わずに舵を切り続けていた。
与七は老人の動きを目で追いながら、同時に水面を見ていた。
「今のはなぜそうされたのですか」
「潮目を見た」
「潮目とは」
「水の色が変わる場所じゃ。色が変わるところで流れの方向が変わる。
その手前で舵を調整すれば、流れに乗れる。抵抗なく進める」
「水の色の変わり方は、どうやって覚えられましたか」
「海を見続けて覚えた。数ではわからぬ。体で覚える」
与七はその言葉を、頭に刻んだ。数で覚えることと体で覚えることは——別だ。
現代の造船工場で、与七が覚えてきたのは数の世界だった。
設計図の寸法、材料の規格、溶接の温度。全部、数字で管理されていた。
それは正確だった。しかし——この時代の海は、数字で割り切れない部分がある。
老人が「体で覚える」と言ったとき、与七は直感した。
(これが、俺に足りないものだ)
現代の知識は頭にある。しかしこの時代の「感覚」は、頭ではなく体に入れなければならない。
そしてその感覚が入ったとき——現代の知識と組み合わさって、この時代の誰も持っていない力になる。
設計図は書ける、おそらく組み上げることも出来るだろう。あとはそれを感覚で動かす。
その組み合わせを目指して、与七は毎朝海に出ていた。
壱岐の港で、松浦党の船を見た。
大きい。装備が重い。しかし——動きが鈍い、と直感した。
その直感の根拠を分析してみた。
船底の形が悪い。平底に近すぎる。平底は安定するが水の抵抗が大きい。
もう少し丸く、深くすれば——同じ風でも速く走れる。帆の角度も問題だ。
帆の向きを固定している仕組みが単純で、風の変化に対応できる角度の幅が狭い。
舵の仕組みも改良できる。
一つひとつは小さな改良だ。しかし全部を組み合わせれば——今の松浦党の船より遥かに速く、遥かに安定した船ができる。
(俺なら出来るだろう)
与七の中に、静かな炎が灯った。
現代の造船工場では、与七は誰かが設計した船を、誰かが決めた手順で作るだけだった。
自分で設計することは、許されていなかった。しかしここでは——全部、自分で決められる。どんな船を作るか。どう動かすか。誰のために作るか。
その自由が、与七には単純に、嬉しかった。
帰りの船の上、与七は兄に伝えることを整理した。
壱岐の港の構造。松浦党の船の特徴。壱岐と博多の間の海の動き。そして——鉄砲の話。
硫黄の価値が上がる。その前に押さえる必要がある。兄はすでに算段を計画しているだろう。
しかし——現場で見聞きした情報を加えれば、確実に精度が上がる。
それが——俺の役割だ。
兄は大きな志のもと方向性を示していくだろう。与
俺が少しでもその実現に必要な力を蓄え、可能性を上げていけばいい。
二人で一つだ、という言葉が、今日また別の重さを持って、与七の中に響いた。
波の音が繰り返された。夏の海峡は、光が強い。
与七は海を見ながら、静かに思った。
俺は海が好きだ。
この時代に転生して——よかったと心から思った。
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