窓から見えるもの
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
※1-5話を納得のいく形に改稿しました。
既に目を通していただいた皆様も再度ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
転生から三ヶ月が経ち秋になっていた。
対馬の秋は早い。九月になると朝の空気が澄んで海の色が深くなる。
山の木々がほんの少し色を変え始め、朝霧が多くなる。
漁師たちが「秋の海は読みにくい」と言う季節だ。
流れが変わる。風向きが変わる。荷の動きも、微妙に変わる。
与六は、毎日帳場の前に座っていた。
帳場の外の石段に腰かけて小屋の中の様子を窓越しに眺める。
五歳の子供が石段に座っていても特段不自然には思われなかった。
最初の数日は不思議そうな顔をされたんだが...
毎日来ても何もしないことが確認されると存在を無視するようになった。
もちろん来客もあるようで役人が「帰れ」と言った日だけは大人しく帰るようにはしていた。
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宗氏の港管理の根幹となる制度が「文引」である。
文引とは、宗氏が朝鮮への渡航者に発行する許可証のことだ。
朝鮮側は文引を持たない船の入港を認めない。つまり宗氏はこの許可証を発行する独占的な権限によって、日朝交易の全てを管理・統制できる仕組みになっている。
誰が朝鮮に行けるか、何を積んでいくか——全て宗氏に管理権限があるのである。
この文引制度こそが、宗氏が「対馬の支配者」であり続ける最大の根拠だった。
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島の石高が八千石しかないと言われるこの島が、本土の大名の管理下に置かれず独立を保ち続けられたのは
攻めづらい地理的特徴もあるが文引という制度があるからだ。
文引を失えば宗氏は米が取れない島の小領主に過ぎなくなる。
逆に言えば——文引制度を守る限り、宗氏は朝鮮半島から九州北部における海域の支配者であり続けられるだろう。
帳場では毎日、この文引の管理が行われている。
書付と帳面を照合する作業は、一日に何十件もある。
役人は二人しかいないようで忙しい日には確認をほとんど飛ばす。
数字が合っているかどうかより書付があるかどうかが重要のようである。
ここらへんはこの時代も現代も変わらないな。
例えば深夜営業が必要な飲食店を開業する際には、届出が必要だが行政書士が作成した書類と
個人が作成した書類では確認が行程が異なるものだ。
(確認する側は認めないかもしれないがな)
与六はその「確認の甘さ」を、三ヶ月間毎日計測し続けた。
忙しい日と暇な日で確認の厳密さが変わる。
月の最初の週と最後の週では確認の密度が違うな。
雨の日は役人の動作が緩慢になるし、特定の船頭が来た日は、特に確認が甘くなる——
その船頭と役人の間には余程の信頼か——何らか特殊な関係性を持っている可能性があるだろう。
これらを全部、頭に書き込んでいった。
三ヶ月間の観察で、与六が掴んだことがもう一つある。
特定の月には帳場に見慣れない人間が来る。
毎月ではない。
二ヶ月に一度か、三ヶ月に一度。着
ているものは普通の役人と変わらないが拵えのしっかりした太刀を帯刀している。
帳場に入るといくつかの帳面を確認して、何かを書き込む。
そして足早に帳場を去るのだ。
その人物が来た月の翌月——港の荷の動きが少し変わるように見えた。
具体的にどう変わるかはまだうまく言葉に出来てはいないが。ただ、何かが違うように思えた。
(気のせいではない)
観察を続けた。
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ある日の午後、帳場の役人の一人が外に出てきた。
石段に座っている与六に気づき、足を止めた。
「おい、お前。毎日来ておるな」
「はい」
「何を見ておる」
「港を見ております」
「港の何じゃ」
与六は少し考えた。
正直に言っていいかどうか。
この役人は——悪い人間には見えない。与六を追い払う態度もなく、単純に不思議に思っているだけよような口ぶりだ。
「動きに、規則性がございますゆえ」
「規則性だと?」
「はい。毎月大体同じ動きなのに、たまに違う動きをする日がございます。
その違う動きが何を意味するか——それを考えるのが面白うございます」
役人は少し驚いた顔をした。五歳の子供がそういうことを言うとは思っていなかったのだろう。
「……規則から外れた動き、か」
「はい。規則がわかると、規則から外れたものが見えます。見えると——なぜ外れたのかを考えます。それが面白うございます」
役人はしばらく与六を見た。それから苦笑した。
「変な子供じゃな」
それだけ言って、また仕事に戻った。
(「変な子供か」——今はそれでいい)
役人が「変な子供だ」と思ってくれるのは、好都合だ。
「変な子供が毎日来て港を見ている」という認識が定着すれば、もはや誰も気に止める人間はいないだろう。
子どもであるからこそ注意の外に出られる。この体に転生した俺の最大の武器だ。
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十月のある朝、帳場に見慣れない男が来た。
五十がらみ。がっしりとした体格。着ているものは質素だが帯刀している。
これまでにあったこの時代の人間とは、目の色が少し違うように思えた。
人を測る目だ。商人の目でもいわゆる武士の目でもない。
権力を持つ人間の目だ。自分の権力をよく知っていて、それを日常的に使っている人間の目のように思えた。
男は役人に何かを呟き、帳面を何冊か取り出させた。
ページをめくって確認し、戻すことを繰り返す。
確認した帳面でてを止め何かを書き込んではまた戻す。
それだけで帰っていった。滞在時間は四半刻(約三十分)もなかっただろう。
与六は男の顔を目に焼き付けた。
背格好。顔の特徴。歩き方のくせ。供の人間の数と配置。全てを頭に刻んだ。
その夜、与七にもこの男の話をした。
「今日、帳場に変な男が来た」
「どんな男じゃ」
「五十がらみ。帯刀している。帳面をいくつか確認して帰っていったよ。
二ヶ月に一度くらいのペースで来ているみたいなんだが」
与七は少し間を置いた。
「……北部の船頭たちが、守護代・佐須盛廉の名前を怖がるように口にする。名前を出すときは周囲を見渡して声が小さくなるんだ。帳場に顔を出すことがあるとも聞いた。その男かもしれないね」
守護代・佐須盛廉。
宗晴康を担ぎ出した張本人。現状の対馬の実質的な権力者である。
この男が帳場の帳面を直接確認しに来る理由は——仮説を頭の中で組み上げていく
思案顔の俺を眺めながら与七が静かに呟く。
「どう動く?」
「今は動かんよ。まずは力をつける。体もデカくしないといけんしな。
証拠を揃えて動ける立場を作る。その時には宗家に食い込むとっかかりが掴めていればいいんだけど...それにも時間がかかる」
「何年かかる」
「五年か。、あるいは十年。長い道だ」
与七は少し黙った。その沈黙の重さが、俺には伝わった。
「俺も海の潮の動きや船の操り方を覚えよう。在地の豪族や土地の権力者たちともコミュニケーションをとるよ。十年後に動くとき、北部の海を操れるようにしておくよ」
「頼む」
「一つ確かめていいか」
「なんだ」
「証拠を揃えたとき——まずたのむのは武力になるのか?」
俺は少し考えた。
「まずは言葉と数字だ。証拠を突きつけて正当な手続きで既存の権力者追い落とす。
それで動かなければ——最後は実力行使になるだろう。
だからお前が力を整えることは、万が一の時に備えて最重要だな。」
「言葉が先で、実力行使は最終手段か」
「そうだ。武力が先に立ち強引にことを進めてしまうと正当性が崩れる。
正当性のない権力は長続きしないよ」
「わかった」
与七は頷いた。
翌朝、与六はまた帳場の石段に座った。
五歳の子供が、毎日同じ石段に座っている。役人たちはもう何も言わない。
しかし与六は、毎日少しずつ——帳場の窓から見える違和感を解読していた。
三ヶ月前には「何かがおかしい」という感覚だけだった。
今は「何が、どのように、おかしいか」という仮説が、少しずつ形になっている。
証拠はまだない。しかし——方向は見えている。
この石段に座り続ける限り、いつか全部が見えてくる。
俺はそう確信していた。
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【佐伯与七】 天文九年・秋 対馬北部
与七は漁師の船に乗り始めた。
最初は「子供が邪魔じゃ」という顔をされた。
当然だ。五歳の子供が漁船に乗りたいと言えば、誰でもそういう顔をする。
しかし与七は諦めなかった。
毎朝、漁村に顔をだす。邪魔にならないように隅に座って漁師たちの仕事を眺めた。
何も言わずにただ見た。見ている間もうるさく音を上げない。
荷物に触らない。邪魔しない。ただ目で全てを追う。
三日目、漁師の一人が与七に声をかけてきた。
「お前、また来たのか」
「はい」
「何が目的じゃ」
「船の操り方を覚えたい」
「何のために」
「いつか、自分で船を動かしたいんだ。この海を自分の思うように動かしたい」
漁師はしばらく与七を見た。五歳の子供が自分で船を動かしたいと言っている。
「……乗っていいぞ」
それだけ言って、漁師は仕事に戻った。
与七は胸の中で、静かに何かが決まったのを感じた。
船に乗り始めた最初の日、与七は驚いた。
分かっていたことだが令和の船とは全然違う。
機関がない。測量の器械(GPS)がない。計器がない。
なんてのは当たり前だが風と、潮と、星と、人間の経験だけでの操船がここまで難しいものだということには驚愕だった。
しかし——それが、与七には面白かった。
現代の造船工場では、全て数字で管理されていた。材料の重さ、溶接の温度、設計図の寸法
——全部数字だ。数字での管理は誤らないことで安心感を与えるが
しかしここでは、数字ではなく「人の感覚」で動く。
潮の流れを体で感じる。風の変化を顔で感じる。波の音で、海の深さを感じる。
(この感覚を覚えれば——)
与七は静かに思った。
この時代の船乗りが持つ感覚と、現代の造船知識が合わされば——誰も持っていない、この時代類を見ない渡航が可能になるだろう。
現代知識の設計図で造船し、感覚で動かす。その組み合わせが与七だけの武器になる。
そして与七が見ていたのは、技術だけではなかった。
漁師たちを一人ひとり観察した。この男は信頼できるか。いざというとき一緒に動いてくれるか。
夜中に山道を一緒に歩いてくれるか。海の上で命を預けられるか。
将来、兄がことを起こす時——俺は海から支える。それは交易の護衛だけではない。実力行使が必要になった時、海から動かせる軍事力を持っていれば兄は敗れたとしても再起できるだろう。
そのための人間を、今から探している。
ある日の朝、漁師の老人が言った。
「与七。お前は船が好きか」
「好きでございます」
「なぜじゃ」
「船は正直だからでございます。よい設計でよい素材を使えばよい船になる。
悪い設計や悪い素材では、よい船にならぬ。嘘をつかぬ」
老人はしばらく与七を見た。
「……まるで人と比べての物言いじゃな」
「申し訳ございませぬ」
「謝ることはない。よいことを言うた」
老人は少し笑った。
「船が好きな人間は——信用できる。海が正直だからな。海と正直に向き合わねば死ぬ。その経験が、人を正直にする」
与七はその言葉を、頭に刻んだ。海が正直だから、海の人間は正直だ。
(兄に伝えよう)
兄が将来、本土の武将たちと向き合うとき——この感覚が役に立つかもしれない。
海の人間は何を大切にして行動を起こすのか。
波の音が繰り返された。秋の対馬の海は、少し荒れていた。
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