島の姿
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
※1-5話を納得のいく形に改稿しました。
既に目を通していただいた皆様も再度ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
その日から、俺は与七と分担して島を歩きまわった。
国府のある厳原の外れに家を構えていた老婆の家を拠点にした。
南の浜から集落へ向かう途中で出会った老婆は、子や孫たちと死に別れたらしく
寝るところがなく彷徨っていた与六を何も聞かずに自宅に招き入れてくれた。
流れ着いた子供が一人でいる——自分の感覚からすれば怪しさ満点だが、むしろ嬉しそうに飯を出してくれた。それで十分だった。
飯の礼として毎日は水を汲んで、薪を割った。
五歳の体で薪を割るのは想像より大変だったが、やれないことはなかった。
与七再開したあの日反対方向へ歩いていった。
島を二人で分担して把握する——言葉にしなくても通じていた段取りだ。
与六が南部と中央部を歩く。与七が北部を歩く。二ヶ月あれば、この島の骨格が頭に入る。
五歳の子供が一人で歩いていても、この時代の大人はあまり気にしない。
戦乱の時代に親のない子供、流れ者の子供は珍しくない。
声をかけてくる大人もいるが、「どこへ行くのか」と聞かれれば「親戚を探しています」と答えた。
それ以上は聞いてこない。
むしろ——大人には入れない場所に入れる。これが最大の武器だった。
五歳の子供が港の端に座っていても、誰も追い払わない。
五歳の子供が倉庫の近くで遊んでいても誰も気にしない。
大人の目は「脅威」にしか向かない。脅威に見えない存在は驚くほど周囲に溶け込むことが出来た。
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厳原は対馬の南部に位置する島最大の町である。
宗氏の本拠として長く機能してきた場所で、金石城を中心に港と城下が広がっている。
この港を通じて、対馬と朝鮮の交易が行われる。
壬申約条以降、通交できる港は薺浦(朝鮮側)と、対馬側では厳原が事実上の窓口になっている。
宗氏にとって厳原の港は財政上の命綱そのものであったようだ。
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港に近づくと、まず匂いに圧倒された。塩と魚と獣と飯——全部が混ざり合った匂いだ。
令和の対馬の港と根本的に違うのは人間の密度だ。
機械がない。当然だが全ての作業を人間がやっている。
だから人の数が多く、人の声が多く、人の汗の匂いが強い。
五歳の目線は慣れ親しんだ感覚より低い。背伸びしても大人の腰の高さ程度だ。
しかしそれが逆に——波止場の足元をよく見せてくれた。大人の目は水平に動く。荷の全体を見る。
しかし俺の目線は——荷の下を見る。台車の車輪の向き。荷を固定している縄の結び方。
船底の喫水線の位置。
喫水線とは、船が水面に浮かんでいるときの水との境界線のことだ。
荷が重いほど喫水線は下がる。荷が軽いほど上がる。
船が入港したときと出港するときの喫水線の変化を見れば、その船がどのくらいの荷を積み卸ししたかが大まかにわかる。
三日間、港に通った。
港の形を把握した。波止場は南北に伸びていて、大型船が三隻同時に着けられる。
北側の桟橋は木が古く、大型船には向かない。大型船が着けられるのは南側の石積みの桟橋だけだ。
修繕の痕が随所にある。この桟橋は何度も補強されながら使い続けられてきたことがわかる。
荷の流れも把握した。朝鮮から来た船は南側に着ける。島内の荷は北側で積み卸しする。
博多方面へ行く船は早朝に出る。時刻を合わせてみると、満潮の時刻に出発している。
潮を読んで出港しているのだ。
帳場の動きも確認した。幟の立った小屋に役人が二人常駐している。書付を確認して帳面に記録する。確認が甘い。数字が合っているかどうかより、書付があるかどうかだけを見ている日がある。
忙しい日は特に甘い。
(数字を見ていない。書類の存在だけを見ている)
これは——将来使えるかもしれないと思った。
書類の体裁さえ整っていれば、中身の数字が違っても通る。
そういう帳場は、不正の温床でもある。
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厳原から北へ向かった。
道の状態を確認した。厳原から豊崎までの道は、馬が通れる幅がある。
商人が荷馬を引いて歩いているのを見た。しかし豊崎から先は急に細くなり山道になる。
荷を積んだ馬が通れない箇所が三か所ある。
わかっていたことだが、陸上での大規模移動は困難だ。物資の運搬も相当の労力が必要になるだろう。
逆に言えば——海さえ押さえれば容易に動かせる。
陸の道が使えないなら、荷は船で動く。船の動きを管理する者が、この島の物流を管理する。
島の中央部には浅茅湾がある。
対馬の真ん中に深く切れ込んだリアス式の湾で、外洋とは一線を画した穏やかな内海を形成している。
入り江が無数に存在し複雑な地形が、外から見えにくい水域を作り出している。
浅茅湾の岸は特に時間をかけて三日ほど丁寧に歩いた。
入り江の一つひとつを確認する。どの入り江が深く、どの入り江が浅いか。
どこから陸路で近づけるか。どこが外から見えないか。
特に印象に残ったのは、湾の最奥部にある細い入り江だ。
外洋が荒れているときでも、この奥の入り江は凪いでいる。外
からは木々が茂っていて、船が隠れているかどうかわからない。
岸壁は垂直に近く、大型船が接岸するには難しいが、中型船なら問題ない。
頭の中に地形を徹底twきに刻み込んでいく。
島を歩き始めて一ヶ月後には島の北部まで足を延ばした
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北部には鰐浦という港がある。
対馬最北端の港で、朝鮮半島の釜山まで約五十キロしか離れていない。
晴れた日には対岸の陸地の輪郭が肉眼で見える。対馬海峡における最短航路の起点である。
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鰐浦に着いたとき、俺は少し驚いた。
港が——使われていない。
正確には、使われてはいる。漁師が船を出している。
しかし交易の拠点としては機能していない。記録を取る者もいない。
荷を管理する倉庫もない。代官が常駐し管掌する帳場もない。
南の厳原に全部集中して、北部を放置している。それがこの島の今の状態のようである。
しかし——鰐浦は朝鮮まで最も近い港だ。ここを活かさない手はない。
もし北部の港が整備されれば、朝鮮との交易の速度が上がる。
今は全ての歳遣船が厳原を経由するがその必要はない。
北の港から直接朝鮮へ行ける船があれば、時間と費用を大きく節約できる。
俺はその場で、頭の中の地図に書き込んだ。
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さらに南へ戻る途中、大船越という場所を通った。
対馬の中央部で東西の海が最も近づく場所だ。
幅にして数百メートル。古くからここで船を陸越しにして東側の海から西側の海へ——あるいは逆向きに——運ぶことが行われてきた。これを「船越」という。
島の地形上、東側と西側で海流が違う。
季節によって、東回りの方が速い時期と、西回りの方が速い時期がある。
その切り替えに、この船越の地点が使われる。
この船越の地点を誰が管理するかは——この島の南北交通を誰が握るかと同義である。
北から南へ、南から北へ動く荷は、全てここを通る。
管理する者がいれば、通行料を取れる。あ
るいは、この地点を抑えた者が荷の流れを止めることもできる。
五歳の頭で、俺は地図を描き続けた。
厳原の港。浅茅湾の入り江。大船越の地点。鰐浦の北端港。豆酘の南端。佐須奈の北西岸。
全部つなぐと——対馬の骨格が見えてくる。
海の骨格だ。この骨格を握った者が最終的には対馬を支配できるようになるだろう。
転生から二ヶ月が経ったある夜、与七が老婆の家に来た。
「北部を見てきた」
「どうだった」
「鰐浦は死んでいる。誰も管理していない」
「俺も確認した」
与七は少し間を置いた。
「佐須奈の沖に、怪しい船が夜に来ていた。記録のない船だ」
俺は少し考えた。記録のない船が夜中に来る。それが意味することは一つだ。
「密売ルートだな。帳場に記録されない荷が動いている」
「誰がやっている」
「まだわからない。でも——見えてきた」
「何が」
俺が答えずに沈黙を保っていると、どちらからともなく笑い出す。
老婆が「飯だよ」と声をかけてきた。
こどもの体は腹が減る。
二十七年分の知識を持っていても、それだけは本物だった。
麦飯を口に入れながら、俺は今日歩いた地図を頭の中で広げた。この島には可能性がある。
縮んでいる。しかし縮んでいるものは、広げられる。
あとは——時間と、準備と、正しい順番だ。
焦る必要はない。俺たちはまだ五歳程度だ。
しかし——五歳の体であることは弱点ではない。
今から十年かけて積み上げれば、十五歳で対馬を手に入れることも夢じゃないだろう。
急くな。積み上げろ。
それが、この夜の結論だった。
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【佐伯与七】 天文九年・夏〜秋 対馬北部
北部を歩き始めて、最初に気づいたのは——海の匂いが南とは違うことだった。
南の厳原の港は、荷と人の匂いが混ざっていた。
商業の匂いだ。人が多く、荷が多く、金の動く匂いがした。
北部の海は——もっと生のままだ。塩が強く、磯が強く、魚の匂いが濃い。
人の手がまだあまり入っていない海の匂い。この匂いが、与七は好きだった。
北部の漁師たちは、南部の商人たちとは全然違う人種だった。
言葉が少ない。上辺で取り繕わない。基本は寡黙なのに話し出すと荒々しい。
はっきりとしたコミュニケーションは好感の持てるものだ。
与七は漁師たちの作業を黙って見た。網の張り方。船の出し方。潮の読み方。
それと同時に、言葉や他の漁師への接し方から人間性も読み取ろうとした。
この男は信頼できるか。いざというとき、一緒に動いてくれるか。夜中に山道を一緒に歩いてくれるか。海の上で命を預けられるか。
それを、一人ひとりについて考えながら見ていた。
将来、兄が対馬を獲りに動くとき——俺は海から支える。それは交易のだけではない。
もし誰かが兄を力で潰そうとしたとき、俺が海から動ける武力を持っていれば対抗する手段を取れるだろう。
そのための人間を、今から探している。
佐須奈の沖の夜中の船を確認したのは、北部の散策を開始してから一ヶ月半後だった。
丘の上から、船の動きを見た。帆を下ろして静かに入ってくる。荷を積んで、夜明け前に出ていく。
与七は船頭の動きを細かく観察した。
暗闇の中で、鰐浦の港に正確に入れる。
潮の流れを読んで、最短のルートで動いている。波の立て方を最小限にして、音を抑えている。
(腕がいい)
腕のいい船頭が、夜中に密売の荷を動かしている。この船頭を——いつか取り込むべきだろう。
敵として潰すのではなく、取り込む。北部の海を知り尽くした船頭は将来の水軍の核になれる。
しかし今はただ眺めることしかできない。。
南に向かいながら、与七は兄に伝えることを整理した。
兄なら上手く宗家に食い込むだろう、その間に俺は海で武力を整える。二人で一つだと兄は言った。
波の音が繰り返された。
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