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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ


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何者かへ

初めての執筆となります。

時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。


※1-5話を納得のいく形に改稿しました。

既に目を通していただいた皆様も再度ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。

————————————————————

対馬という島がある。

九州と朝鮮半島の間に浮かぶ、南北八十キロ、東西十八キロの細長い島だ。面積の八十九パーセントが山林で、農耕に使える平地はほとんどない。全島の石高は八千石程度——これでは島民を養えない。晴れた日には北の海上に朝鮮半島の陸地の輪郭が見えるほど大陸に近く、この島は常に日本と朝鮮の境界に立ってきた。

この島を約六百年にわたって支配してきたのが宗氏そうしである。鎌倉時代、大宰府の在庁官人を祖とする一族が当時の島の支配者・阿比留氏あびるうじを滅ぼして実権を握った。その子孫が後に「宗」を名乗り、元寇では宗助国すけくにが一族郎党八十余騎で元軍三万三千に立ち向かい壮絶な最期を遂げる。

室町時代、宗氏は一四四三年の癸亥約条きがいやくじょうで日朝交易の特権を獲得した。年間五十隻の歳遣船を朝鮮へ送る権利。朝鮮からは歳賜米二百石が支給される。交易品は対馬からは銅・硫黄・南海産物、朝鮮からは綿布・木綿・朝鮮人参が輸入される。

両者の関係は順調に思えたが、一五一〇年、三浦のさんぽのらんが起きる。朝鮮の三つの港——乃而浦ないじほ富山浦ふざんぽ塩浦えんぽ——に居留していた日本人が暴動を起こし、通交体制が崩壊した。宗氏も巻き込まれ、国交は断絶。二年後の一五一二年、壬申約条じんしんやくじょうでようやく通交は再開されるも、歳遣船は五十隻から二十五隻に半減。歳賜米も百石に半減。通交できる港は薺浦さいほ一箇所に制限される。

狭い島内でも権力闘争は付き物で、いくつかの政変が起きる。天文八年(一五三九年)、宗氏十五代当主・宗将盛まさもりが家臣団の反発を受けて追放され、代わりに元僧侶の宗晴康はるやすが担ぎ出されて当主の座に就いた。宗将盛は国府厳原の外れにある豊館とよのやかたに幽閉同然の形で押し込められる。晴康を担ぎ上げた張本人は、守護代しゅごだい佐須盛廉さすもりかどであるとされている。

————————————————————

目を開いた瞬間、空が見えた。

青い。とても青い空だ。

次に気づいたのは、自分の手だった。小さい。異様に小さい。指が五本あって、それぞれがぷっくりと丸い。爪が米粒ほどしかない。

(子供の手だ)

妙に冷静な思考と共に上体を起こした。砂浜にいた。波が静かに繰り返されている。潮の匂いが濃い。

塩と磯と、どこかで燃えている何か——三つが混ざり合って、鼻腔に一気に飛び込んでくる。

体が軽い。軽すぎる。重力の感覚が違う。

腕を持ち上げると、抵抗がほとんどなく、足を動かすと、砂の上を滑るように動く。

視界が低い。慣れ親しんだ目線より遥かに低い位置から世界を見ている。

周囲を見回すと、山が迫っている。

山肌が直接、海に落ち込んでいる場所もある。

電線が一本もない。電波塔も防波堤もない。ただの山と空と海だ。


この地形を、俺は知っている。

対馬だ。

令和の対馬とは少し違う。しかし——山の形が、海の色が、潮の匂いが——これは間違いなく対馬だと確信する。

地形の記憶が、脳の奥から引き出された。南北に細長い、急峻な山と海だけの島。

どこまで歩いても海が見える島。


違和感を覚えてもなお、頭の中は奇妙なほど冷静だった。

二十七年分の記憶と知識が、頭の中にそっくり入っている。

おそらく現在の体は子供だが、思考は完全に二十七歳のままだ。

(これが転生ってやつか...?)

足元の砂をひとつかみした。さらさらと指の間から落ちていく。温かい。本物の砂だ。夢ではない。

この体の持ち主——元々この体に宿っていた子供——がどうなったのかはわからない。

ただ今、この体の中にいるのは俺だ。二十七年生きた俺の意識が年端もいかない子どもの体を動かしている。


状況を整理する。

周囲を歩いた。砂浜の端に折れた刀の欠片が落ちていた。錆の入り方が数年以内のものだ。

砂浜近くの石積みの根元に、乾燥しきっていない竹の束が置いてある。

何かの本で読んだが矢の材料のようだ。弓矢が現役の時代。 近代以前で間違いはない。


川沿いに歩いていくと、煙が見えた。集落の入口で老人が一人、俺に気づいた。

「どこから来た」

しゃがれた声だ。着ているものは粗末だが、目に生気がある。

「南の浜に流れ着きました」

「一人か」

「はい」

老人は俺の上から下まで見た。子供が一人で浜に流れ着いている。

この時代の大人にとって、それはさほど珍しいことではないのかもしれない。

老人は特に疑う顔もせず、干した魚の一切れを差し出した。

「食え。腹減ってるじゃろう」

「ありがとうございます」

一口かじった。塩が強い。しかし、腹に沁みた。この体は確かに腹が減っていた。

五歳の体の空腹感は、二十七歳のそれとは違う。もっと切実で、もっと直接的だ。

「今のご当主様は、どなたですか」

老人は少し不思議そうな顔をした。流れ着いた子供がそういう質問をする

——その組み合わせが奇妙に見えたのだろう。しかし答えてくれた。

「晴康様じゃ。この間からな」

頭の中で、座標が固定された。

宗晴康が「この間から」当主——天文八年に晴康が就任した。「この間」ということは、今は天文九年前後のはずだ。

天文九年。西暦一五四〇年。

織田信長は今年七歳。豊臣秀吉はまだ生まれていない。徳川家康もまだ生まれていない。

種子島への鉄砲伝来は確か一五四三年だったはずだ。


干した魚の最後の一口を飲み込みながら、俺は川沿いの道を歩き始めた。

自分の現在の状況を反芻し使える武器を棚卸しする。

まず、歴史の大筋を知っていること。

この世の人は「今から何が起きるか」を知らずに動く。

令和の知識を持っている俺だけがゴールから逆算できるだろう。

天下の流れの大筋、重要な合戦、主要な人物の生没年——全部頭に入っている。

これは元来の歴史オタク気質が幸いしている。


次に、計算と読み書きができること。

令和では広告代理店で働いていたんだが、仕事は数字と言葉が全てだった。クライアントの予算を管理し、メディアの効果を計算し、プレゼンテーションで人を動かす。

どんな時代でも、計算ができる人間は強い。

この島のことは大抵知っている。地形も気候も、海の動きも。まあ多少今の世とのすり合わせは必要だが...


そして最後に——この島が海峡の上に立っているという地理的な優位性を、今の思考なら活かすことが出来るだろう。九州と朝鮮の間のたった一つの橋となる存在だ。

交易を制す流ことが出来れば富を集めることができる。富を集めることが出来れば人を集め天下を動かすことも出来るはずだ。

(十分だな)

(この状況から天下は取れるかな)

言葉にすると、少し可笑しかった。

歴史オタクとして某歴史シミュレーションゲームは何度もプレイした。

1度は夢に見た環境だ。


一歩踏み出したとき、背後から声が聞こえた。

「……おい」

振り返ると、砂浜の端に人影が一つ立っていた。

小柄な男の子だ。年は俺と同じくらいか、少し幼いか。着ているものはぼろぼろで、砂だらけだ。

顔立ちは俺とは全然違う。引き締まった顎。少し日焼けた肌。造りは細いが、子供ながらにどこか芯のあるいでたちだ。


しかし——その目の色が、奇妙に引っかかった。

無邪気な子供の目ではない。何かを観察している、品定めしている目だ。

「お前、さっきから一人で何をしてる」

声は幼い。しかし、言葉の選び方が子供ではない。

「考えていた」

「何を」

「これからのことを」

男の子は少し首を傾けた。小動物が音を聞いたときのような、反射的な動作だ。

「子どもらしくない口ぶりだな...?身のこなしもクソ餓鬼には見えないし、気づいたら砂浜に放り出されていたクチか...?」

俺は固まった。

「いつから見てた...?」

「さっきから。お前が目を覚ます少し前」

「……どこから来た」

男の子は少し間を置いた。風が砂浜を渡った。潮の匂いが強くなった。

俺の直感は正しければ、彼はこの質問の意図を正しく理解できるだろう。

彼は小声で呟くように答える。

「神戸からだな。令和って言ってわかるもんかね?」

背筋が冷たくなった。

冷たくなった、というのは恐怖ではない。

自分の計算が突然、予想外の変数に当たったときの感覚。

こめかみを中指でコツコツとたたく。

「その癖、俺の双子の兄貴もよくやってたよ。〇〇ってんだけどさ」

確信に変わる。

そこからはお互いの現代の記憶を照らし合わせる会話だった。

自分という人間を知る者が現れただけで、先ほどまでは冷静と思い込んでいた感情も

不安がないまぜになっていたことを自覚する


現代で双子だった二人が、別々の他人の五歳の体に転生して、同じ砂浜で目を覚ました。

確率を計算するのも馬鹿らしいほど、あり得ない偶然だ。しかし——実際に自らのこととして起きている。

「とにかくこの時代に生きてみるしかない」

俺が言うと、目の前の男の子は頷いた。

「俺もそう思う。元々この体にいた子供がどうなったかは——わからないけど」

「名前はどうする」

「与七にする。ひとまず」

「俺は与六にする。姓は——対馬には佐伯さえきという廃れた豪族がいたはずだ。この時代だととうに滅んでいるがその名をもらう」

「わかった」


与七は少し間を置いた。

「生きてみるのはいいけど、この時代でどう生きていくんだい?」

「天下を取る」

与七は俺を見た。

笑わなかった。馬鹿にもしなかった。

与七は川沿いの道を北へ向かって歩き始めた。俺は南へ向かった。

二つの方向へ。同じ目的を抱きながら

————————————————————

【佐伯与七】 天文九年・夏 対馬北部の砂浜


目を開いた瞬間、波の音がした。

体を起こした。砂浜にいた。体が小さい。手が小さい。足が短い。

混乱はなかった。不思議なほど、頭が冷静だった。

令和に造船工場で九年間働いた記憶が、そのまま入っている。

船の設計図を読んだ記憶。材料の重さを手で確かめた感覚。

溶接の熱。機械油と鉄粉の混ざった匂い。それが全部、五歳の頭の中に収まっていた。

(転生した)

それだけわかれば、十分だった。

状況の整理は後でいい。まず体を動かす。

周囲を見回した。山が迫っている。海が広い。この地形は——対馬だ。

令和の対馬より少し荒々しいが、同じ形の山だ。

兄と生まれ育った記憶が蘇る。あの山の稜線と目の前の山が、重なる。


その兄も自分と同じように転生したらしいと知った時は流石に驚いた。

だが兄はこの時代で生きてみると言ったのだ。

(ここから始めるか)

与七は少し笑った。

現代では高卒で造船工場に就職した。

兄は大学に行き、広告代理店に就職した。

頭が良くて、言葉が上手くて、人を動かすのが得意な兄だ。


天下を取ると語った兄のことだ、なんだかんだと考えているのだろう。

兄がどれだけ巧みに人を動かしても、どうやら戦国時代のようなこの世では武力がなければ意味がない。

この時代、武力のない者はいつか踏みにじられる。

特に対馬なんて本土の大名たちから見れば道端に落ちてる小石みたいなもんだしな。

いつでも突っ走る兄を支えて、原動力になるやつが必要なんだよな。


兄は南へ向かった。与七は北へ向かった。

北部の海が見えてきたとき与七は静かに思った。この海は俺が動かす。

現代の知識は頭にある。しかしこの時代の「感覚」は、体で覚えなければならない。

それが——与七の最初の仕事だった。

波の音が繰り返された。五歳の夏の、対馬の朝だった。

コメントは全て目を通させていただきます。

皆様のご意見を参考にしたいので、賛否問わずコメントをください!

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