3-木の枝
広場には、子供たちの高い声が響いている。
七歳ほどの少年が、折れ曲がった木の枝を聖剣に見立てて掲げている。
「えい、えいっ、!魔王め僕が来たからには、もう悪いことはさせないぞ!」
今朝、石段で朝食を食べていたあの少年だ。
周りの子どもたちがわあわあと囃し立てる。彼らにとって、勇者とは「自分たちの願いをすべて叶えてくれる希望の象徴だ。」
私は石段に腰を下ろしたハンの隣に座っている。
長年の戦いで刃こぼれし、研いでも研いでもボロボロな私の剣。それと、ハンが使い古した剣。
二振りの鉄塊を、私たちは黙々と研石にかけていた。
シュッ、シュッ、と乾いた音が、子どもたちの笑い声に重なる。
「……元気なもんだな。あいつらは」
ハンが、研ぎ具合を確かめるように刃をかざして自嘲気味に笑った。
「ああ。少し前までは、俺たちもああやって遊んでた気がするよ」
私がそう返すと、ハンは少しだけ表情を緩めた。
「魔王がいなくなったら、あいつらをもっと広い世界で遊ばせてやりたいな」
そんなどこにでもあるような会話を空は許さなかった。
白々しく輝いていた太陽が、急速に力を失っていく。夕暮れを待たず、黄金色に輝いていた雲が、まるで毒を流し込まれたようにどす黒く変色していく。
天頂から流し込まれてきたのは、すべてを腐敗させるような、禍々しい「紫色」だった。空全体が、凝固した闇と紫の混濁にのみ込まれていく。
「……っ、ハン! 空を見ろ!」
私の叫びに、ハンが弾かれたように立ち上がった。
研ぎ石が地面に落ち、乾いた音を立てる。
「……嘘だろ。まだ日は落ちてないはずだぞ…!」
広場の中央で、子どもが掲げていた木の枝をゆっくりと下ろした。子どもたちが、毒々しい紫の光に照らされている。
その瞬間、監視塔から、耳を劈くような鐘の音が乱打された。
「……ぼーっとしてるんじゃない!全員、地下の避難所に走れ!」
私は立ち尽くす子どもたちの間に入って言った。
足がすくんで動けなくなっている子どもの肩を 強く、弾くように叩く。
「ほら、行った行った!早くしろ!」
私の叱責で、子供たちは蜘蛛の子を散らすように走り出した。木の枝を持っていた子どもだけが一度振り返り、「おじちゃん、勇者様は……」と震える声で呟いたが、私はその背中を無理やり押してやった。
広場に残されたのは、私やハンら自警団の者たち。
そして、地面に捨てられた1本の「木の枝」だけだ。
私は、研ぎ始めたばかりの剣を握り直し、その「木の枝」を、無造作に踏み折った。




