1-錆びた剣と松明
「おい、起きろ。次は……お前の番だ」
ハンが私の肩を揺さぶった。その手は、霜焼けでひび割れ、指先は感覚を失ったように硬い。凍えつくようなボロボロの手が、私の薄い毛布越しに夜の冷気を伝えてくる。
「……火を消すなよ。せめて何に食われたかくらいは知っておきたいからな。」
私は、もう起きていた。魔王が君臨するこの時代、少しでも監視を怠れば、闇が音もなく村を飲み込むだろう。いつしか私は、必要なときに必要なだけの殺気を感じて目を覚ますという、生物としての歪な防衛本能を身に着けていた。
私は身を起こしわずか数メートル先を照らすのが精一杯な松明と、手垢で汚れた錆びた剣を手に取った。
交代のために登った監視塔の上からは、圧倒的な暗闇が広がっている。
ふと遠くをみれば、点在する他の監視塔でも、明かりがついたり消えたりをゆっくりと繰り返していた。交代のときに消えることもあるが、それは生存を確認し合う無言の点滅だ。あの灯火がしばらく消えていれば、そこにいた隣人は死んだということになる。
「……ッ、グアアァァ……オオォ……」
遠くから腹の底に響くような咆哮が届いた。
それは言葉を持たない、純粋な破壊の意志だ。魔王という絶対的な主に知性を奪われた魔物たちは、個としての知性を捨て、ただの「肉の凶器」として闇を彷徨っている。
正直、この松明の小さな光の円から一歩外に出れば、そこがどういう地獄になっているかわからない。ただ一つ言えるのはこの火を絶やすことは、死に場所をうしなうことと同義だということだ。
冷たい風に吹かれながら、私はただ、闇の向こう側を凝視し続けた。
やがて。
凍てついた空気をきり裂くように、重厚な鐘の音が村に響き渡った。
一つ、二つ。
それは魔物たちが光を嫌って影へと退く時間。
――長く、そしてこの世界にこびりついた夜がようやく終わりを告げ、血の色の混じった朝が始まっていく……




