05.Last glow of White
倉庫だったと思われる区画の天井に、その入り口はあった。
倒れていた棚を積み、天井への足掛かりを作り、入口を開く。
上へと真っ直ぐに伸びる、冷たく湿った垂直坑道。
壁面には、長年の放置で赤茶けて錆びついた鉄の梯子が、頼りなく上層へと続いている。
「……ここを、登るのですね」
リオラが下を振り返る。水位は着実に上昇している。
迷っている暇はない。
彼女は泥に汚れた手で最初の横桟を掴み、慎重に、だが素早く登り始めた。
私は彼女の周囲を浮遊し、サーチライトで数メートル先を照らし続ける。
カン、カン、という硬い音が、空洞に虚しく響く。
登攀が中ほどに差し掛かった時、ギギ、と音がした。
金属が捩れる悲鳴の直後、壁に固定されていたボルトが、彼女の重みと経年劣化に耐えきれず弾け飛んだ。
支えを失った梯子が、生き物のように壁から剥がれ落ちる。
「あ……!」
リオラの体が宙に投げ出される。
下は、すでに牙を剥いて渦巻く濁流だ。
[Action: Emergency Thruster Burst / Full Power Output]
彼女の下に潜り込み、全スラスターを逆噴射させる。
彼女を持ち上げることは不可能だが、重力を殺すことを試みる。
わずか一秒に満たない猶予。 だが、その一秒が彼女に「次」を与えた。
「……掴まり、ました!」
リオラが、崩落を免れた下層の横桟に片手でしがみついた。
「……ありがとうございます、W-Unit」
彼女は再び上を見上げた。 梯子は、彼女の数メートル上で完全に欠落している。
道はない。だが、進むしかない。
「……行きましょう」
彼女は壁面の僅かな凹凸に指をかけ、岩壁を這うようにして、再び上を目指し始めた。
きれいに整えられていた爪の形が欠ける。
足元では、泥水が激しく渦巻き、飲み込もうとせり上がってくる。
[Environmental Status: Vertical Maintenance Shaft / Severe Flooding]
[Current Water Level: 120cm... Rapidly gaining]
逃げ場のない垂直坑道。
濁流の音が背後から迫る。
錆びつき、今にも崩れそうな梯子を必死に掴む彼女の足元は、もはや膝まで水に浸かっていた。
「W-Unit……出口が……」
見上げた先にある、地上への最終ハッチ。
それは、希望であると同時に、鉄の壁として立ちはだかっていた。
[Analysis: Electromagnetic plunger seized due to corrosion]
[Status: Physical failure of locking mechanism]
解錠信号を送ったが、無機質な沈黙しか返ってこない。
長年の湿気と泥が、ロックの芯を完全に固着させているようだ。
――残された手段を計算。
全エネルギーを集中させれば、ギリギリでロック機構そのものを焼き切れそうだ。
しかし、それは同時に、接続した端子も焼き尽くすことが推測された。
[Simulating: Thermal destruction of lock mechanism]
[Probability of Success: 23.02%]
リオラの青い瞳が、こちらを見ている。
――あの子を頼むよ。怖がりで、寂しがり屋だから
彼女が水の底に沈むことを、オーナーは望まない。ゆえに。
[Liora, close your eyes.]
リオラが瞳を閉じたことを確認し、ハッチのポートに端子を深く突き刺す。
内部の安全リミッターをすべて強制解除。
バッテリーに蓄えられた電力を、一気に叩き込む。
暗い坑道内が、真っ白になるほどの強烈なアーク放電に包まれる。
視界を覆うノイズ。 熱。
端子が、ハッチの金属と混ざり合い、ドロドロと溶けていく。
それでも、エネルギーの放出を止めない。
回路が焼き切れる寸前、金属が弾ける音が響いた。
――ハッチのロックが、内側から爆散。
その衝撃と共に、重い鉄の蓋が、わずかに浮き上がった。
開いたハッチの隙間から、光と水が勢いよく降り注ぐ。
地上の水が、流れ込んでいる。
[Status: Release confirmed / Remaining Power: 0.12%]
リオラが目を開き、押し流そうとする水に向かって伸ばす。
彼女は開いた穴の縁に指をかけ、もう片方の手をハッチにかける。
脆い足場に負担をかけないよう、リオラは穴の縁を掴んだ片腕で、彼女の体を引き上げなければならない。
パワーをほぼ使い果たした現在、彼女を手伝うことができない。
ただ彼女をレンズに映している。
少しずつ、ハッチの隙間が開いていく。
そして、彼女はついに鉄の蓋を天へと突き上げる。
融合したハッチに引っ張られ、視界が流れた。




