04.Key of Hope
[Environmental Status: Subterranean Sector B-12 / Rapid Flooding Detected]
[Water Level: 15cm... rising 2.4cm/min]
水の音が地下空間に反響している。
崩落した天井の亀裂から、雨水が滝のように流れ込み続けている。
「……あ」
リオラが小さく声を漏らした。
彼女が丁寧に積み上げ、整理していた「かつての生活」の残骸――色褪せた写真、動かなくなった玩具、文字の滲んだ紙切れ――が、濁流に浮き上がっていく。
リオラが濁った水の中を速足で進み、泥水に呑まれようとするそれらを集め始めた。
水位は既に彼女の足首を越えている。
[Action: Deep Scan of Research Terminal #102]
壁面へ移動し、管理・保守端末に端子を差し込む。
強引にデータをサルベージする。 深く、深くデータを探し降りていく。
ここはかつて、オートマトンの研究所だった場所だったことが判明した。
しかし、現状を打開するための情報は、いまだ得られない。
[Analyzing... Found: Locked Folder (Security Level: High)]
一番深いところに、1つのロックされたフォルダがあった。
このファイルで最後だ。
パスワードを解除するために、全文字列を試す猶予はない。
これまで得たデータから、可能性のある文字列を推測し、解錠を試行する。
[Attempting: 'Origin_Point' ... Access Denied]
[Attempting: 'Project_Singularity' ... Access Denied]
[Attempting: 'Turing_Break' ... Access Denied]
[Attempting: 'Galatea' ... Access Denied]
無数の失敗ログが視界を埋め尽くす。
水位は徐々に上昇している。
リオラはなおも、水面に浮かぶ「誰かの記憶」を必死に掬い上げている。
その青い目が、かつてオーナーの病室で観測したデータを呼び覚ました。
サルベージした情報の中にあった、この研究所が属する会社。
その会社の社長の名は、かつてのオーナーの名と同一。
これまで試したどの英単語よりも単純な、文字列を試行する。
[Attempting: 'Liora' ... Access Granted]
[Security Breach: Administrator privileges activated]
――フォルダが開いた。
中には、オートマトンの設計図と共に、後年の地図には記載されていない「穴」が記された初期設計図があった。
端子を外し、リオラの元へ移動する。
[Warning: High probability of mechanical failure due to submersion]
リオラの正面に回り込み、警告を伝えたが、リオラはこちらを見ていない。
「退いてください、W-Unit。まだ、デバイスが……」
眼下では、彼女が数日かけて築き上げた「整頓された世界」が、濁流にかき混ぜられ、混沌へと消えていく。リオラの青い瞳が、流されていくガラクタを追いかけている。
[Error: Past data collection has zero priority]
[Priority: Survival of 'Liora' is Absolute]
視界を埋め尽くすほどの、真っ赤な警告色で、光学モニタを展開する。
初めて見る激しい警告に、リオラが目を見開いた。
彼女の背後に回り込み、背を押す。
この機体では、けして強い力は出力できない。
しかし、一歩、また一歩とリオラが踏み出した。
[Log: New Route Identified / Probability of success: 43.2%]
成功率は低い。しかし、他の方法は現時点で存在しない。
彼女の横に浮遊し、サーチライトで進むべき暗闇の先を照らす。
リオラは一度だけ立ち止まり、飲み込まれていく「日常」を振り返った。
そして、踵を返すと、光が指し示す方角へ走り始める。
毎歩行ごとに発生する水音が、通路内で増幅し響き渡った。




