02.Melody of Rainbow
[Environmental Status: Subterranean Sector B-12 / Structural Collapse: 82%]
[Observed Subject: Liora / Current State: Active]
ログが画面の隅で点滅している。
眼下では少女型オートマトン――リオラが歩き回り、この地下空間の状況を確認している。
レンズで追う彼女の足取りは、瓦礫の山を歩いているとは思えないほどに軽い。
コンクリートの隙間があれば、まるで重力を感じさせない動きで音もなく飛び越える。
天井の亀裂から差し込む光に、舞い上がる塵が煌めいている。
その光の柱を通り過ぎるたび、彼女の黒髪は光に縁どられ、輪郭が淡く溶けた。
「地上への経路は、土砂により全て封鎖されていました」
リオラの声が、地下空間に静かに響いた。
そこに感情はなく、ただ事実を告げたにすぎない。
「そして、地上には人間がいない。そうですね、W-Unit」
こちらに視線を合わせて確認するリオラに、肯定する信号を送信する。
「——では、問題ありません。急ぐ理由も行く先も、ありません」
不意にリオラは足を止めた。
白い十字紋様が発光する瞳で、ゆるりと周囲を見渡す。
「なすべきことがありませんので……片づけでもしましょうか」
膝をつき、彼女が指先で拾い上げたのは、泥と埃にまみれた「かつての生活」の残骸だった。
文字が滲んで読めなくなった紙切れ。角が欠け、誰の顔かも判別できない写真。電池の切れた機器、薄汚れたプラスチックの玩具。
彼女はそれらを、丁寧な手つきで一つひとつ拭い、一所に集め始めた。
必要とする人間がいない、無意味な作業が淡々と続けられる。
ふと、彼女が小さなデータ端末を拾い上げた。
大きくひび割れたその端末に、彼女は自らの回路から電流を流し込む。
ぼろぼろのデバイスが、青白い光を放った。
『……君でなければ、諦められたのに……』
デバイスから出力されたのは、掠れた男の声。ノイズがひどい。
リオラは静かに電流を送り続けている。
『君がよく歌っていた……虹の歌は……僕の人生で、一番……』
そこで端末は光を失い、完全に沈黙した。
リオラが再度電流を流しているが、反応しない。
いつの間にか、頭上の光が弱まっていた。
薄暗い地下空間の中で、リオラの青い瞳が際立っている。
物言わぬ端末をひと撫でし、リオラがつぶやく。
「……虹に関する歌は、たくさんあります。
選択するにあたり、基準はありません。
……しかし、…なぜか、この歌しか、選択できません…」
リオラが深く息を吸い込む。
彼女に肺はなく、酸素を必要とする生体部品も積んでいない。
しかしこの動作は、胸郭の動きまで再現している。まるで人間の動きをトレースしたかのように。
♪ When all the world is a hopeless jumble…
わずかに不安定な発声、わずかにずれる音程。
機械としての完璧さから外れた旋律。
[Log: Audio recording ongoing at maximum rate... Priority elevated to highest level]
歌い終えた彼女は、足元に落ちていた小鳥の小物を拾い、その折れた翼にそっと触れる。
わずかな時間、その瞳を閉じる。
そして、次に目を開いた後は、また淡々と瓦礫を拾う作業に戻っていった。
彼女の頭上を漂いながら、今の歌声を解析し続ける。
波形のゆらぎ。発音の癖。本来の設計図にはない、余計な「ノイズ」の数々。
彼女の観察を継続する。
終了条件が満たされるその時まで。




