01.Echo of Silence
【本日(1/13)20:00一挙完結】
本作は全6話の短編連載です。19:30より10分おきに更新し、20:00に完結いたします。
よろしければ、最後まで見守っていただけますと幸いです!
※第1話は、短編『Echo of Silence』を加筆・修正したものです。
本作は、この短編を起点として展開する連載作品になります。
既読の方は、第2話からお読みください。
観測・記録をおこなう自律型機器――通称“W-Unit”の視界に瓦礫の街が静かに流れていく。
空気は乾燥しており、風が壊れた建物の隙間を抜ける音だけがしている。
[camera_module: online]
[environment_status: ruined]
[owner_status: lost]
観測目標は既に失われている。
しかし搭載されたプログラムにより、終了条件を満たすまで観測を続けている。
視界の端で、砂埃が上がった。地面に走る細い亀裂。
[structural_instability_detected]
次の瞬間、地面が崩れた。
——崩落。視界を砂塵と暗闇が覆い尽くす。
視界が揺れ、姿勢制御モジュールに微かな異常を検知した。
[camera_module: online]
[location: unknown]
[motion_module: minor_damage_detected]
[self_diagnosis: initiated]
砂煙がゆっくりと晴れてくる。
光量が低い。
視界が安定するまで、数秒を要した。
浮遊状態に戻り、緩慢に回転し、状況を確認する。
瓦礫に覆われた空間。
奥の崩れた壁の向こうにも空間がありそうだ。
空間の内部は、温度が低く湿度は高い。
長期間、換気が停止していたと推測。
ライトを起動し、奥の空間へ向かって移動する。
年代物のチェアが一脚、不自然に真っ直ぐ立っている。
そこに、ひとり座っている影がある。
椅子に腰かけ、頭を垂れたまま動かない。
[new_subject_detected]
[status: inactive]
[preservation_status: stable]
ゆっくりと近づき、焦点距離を調整する。
それは、少女の形をしたオートマトンだった。
全身に埃が厚く積もっている。
白磁のような肌を包む被服はかつての人間のものと似ており、一見すれば人間と見紛うほどだ。
顔は濡羽色の長い人工毛髪に隠れている。
全体的にやや劣化はあるが、致命的ではない。
地下という環境が、外界の過酷な風雨から彼女を守っていたのか。
この保存状態は、想定保存期間を大きく超過していると推測。
そのとき、微かな変化があった。
指先が、わずかに動いた。
システムが過去のデータと照合を試みる。
類似パターンなし。 未定義事象。
——起動。
少女はゆっくりと顔を上げる。
髪の間から覗く、深い青の瞳には、白く十字文様が発光している。
「……起動しました」
静かな淡い声。
ノイズは感知されず、まるで長い休止期間がなかったかのように滑らかだ。
「私は、リオラ」
左手を胸に当て、かすかな微笑をたたえ、わずかに首を傾ける。
「この声は、あなたのために」
ここまでの仕草は、起動時の固定プログラムだろう。
しかし、この流れの中で観測目標の登録条件が揃った。
[owner_status: Liora]
リオラがひとつ瞬きをして、周囲を見渡す。
瓦礫。暗闇。崩れた世界。
彼女の透き通った瞳に、この荒廃した現実が映っている。
「……ここは……。……状況を確認します」
言葉が途切れ、リオラの瞳の奥で、微細な光が瞬いた。
「……記憶領域にエラーがあります。データの読み込み、不可能」
しばしの沈黙。
リオラが胸元に手を重ね、目を閉じる。
「……いいえ。歌が…歌を、覚えています……」
リオラが小さく息を吸った。
静寂の中、透き通った声が零れ落ちる。
♪ Rain drops on roses and whiskers on kittens……
それは、かつて世界が健全だった頃の、牧歌的な旋律。
地下深く、瓦礫の中で眠っていた歌が、空気を震わせている。
旋律を紡ぐ声は、かつての観察対象のものに極めて近い。
崩れた壁際に、アクセスポイントを検知。
破損したデータから読み取れたのは、断片的な製造・整備ログと、音声サンプルに関する短いテキストだった。
『...娘の音声データ…、コアモジュールにインストール.....』
リオラは、記憶していたデータを紡ぎ続けている。
少なくとも、聞く対象の有無は、作動条件ではないようだ。
[audio_data: recording]
[classification: important]
未だ観測の終了条件は満たされていない。
この静寂の世界で、記録を継続する。




