第一章:ピンクの暴走特急、デビュー戦!と、奇妙な出会い
朝はいつだって戦いだ!
「ちこくー!ちこくー!!」
今日も桃色町中学校一年二組・鼠川モモコは、長いフランスパンをくわえたまま、家を飛び出していた。寝坊、ドジ、ピンク髪!三拍子揃った魔法少女予備軍(※本人は知らない)の中学生女子である。
「なんでよりによって今日なのよぉ~!学級委員の当番なのに~っ!」
ガタンガタンと音を立てて靴が石畳を蹴る。くわえたフランスパンは、今にも落ちそう。制服のスカートが翻り、ショートカットのピンクの髪が風を切る。
そんな彼女が角を曲がった瞬間。
「きゃっ!」
「わっ!」
ドゴンッ!!
空気を裂く音とともに、二人の少女の身体が見事に衝突。パンは宙を舞い、見事な弧を描いて道に落ちた。そして当然のように、モモコは尻もちをついた。
「いったたた……って、なに!?前向いて歩きなさいよぉ!パンが……パンが落ちちゃったじゃないの!私の朝ごはんが~~~!!」
モモコが半泣きで地面に座ったまま叫ぶと、向かいの少女は申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい。本を読んでいて、前をよく見てなかったの。ケガ、なかった?」
その少女は、水色の長い髪をゆらりと揺らしながら、すらりとした手を差し出してきた。透き通るような肌、落ち着いた声音。白いカーディガンのポケットから覗くのは、分厚い文庫本。見るからに「頭良さそう」な雰囲気を放っている。近所の有名進学校の制服を着ていた。
「えっと……私こそごめんね。ケガ、大丈夫だった?」
「私は平気。だけど……フランスパンって、危ないわね。走りながら食べるのは、やめたほうがいいわよ?」
そう言って、彼女はやんわりと微笑むと、制服のスカートをなびかせながらスタスタと歩き出してしまった。
「え……あっ……」
呆然と立ち尽くすモモコ。
(……キレイな子だったなぁ……)
そんなことをぼんやり考えていると、不意に声が聞こえた。
「彼女はね、頭もいいよ」
「へー……頭もよくてキレイなのか……って、ん?ちょっと待って!?誰もいなかったよね!?」
慌てて振り返ると、そこには――
「やあ」
宙にぷかぷかと浮かぶ、小さな黒いモフモフの生き物。額には白いクローバーのマーク。見た目はどう見ても「デグー」にそっくりだが、喋っている。しかも、笑っている。
「きゃ、キャァァァァ!?な、な、な、なにこの生き物ぉぉぉ!!」
「ボクはクロモフ。異世界ネズミー・ランドから来た、世界を旅するメッセンジャーだよ」
「ネズ……ネズミー・ランド!?」
「そう!そして君にお願いがある。魔法少女になって、ネズミー・ランドの女王チンチラ様を助けてほしいんだ!」
言われても、モモコは頭が真っ白だ。
「え!?な、なに!?魔法少女って、セーラーなんとか☆っぽいやつ!?え、助ける!?なに!?世界観が追いつかないよぉ~~~!!」
クロモフはくるりと宙返りをすると、小さなピンク色の熊手のようなアイテムをモモコの前に差し出した。リボンが巻き付いており、やたらキラキラしている。
「これは、魔法のネズミーリボン! 君がこれを手に取り、『ネズミーパワーチェンジ!』って叫べば、魔法少女に変身できるよ!」
「いや、いきなりすぎるよ!?というか何その技名!?ネズミー感すごいんだけど!?」
「悪の組織『クマー団』が、女王チンチラ様を囚えてしまった。ネズミー・ランドは今、大変な危機に瀕してるんだ……」
クロモフの瞳が、キラリと涙を光らせる。
「お願いだ、鼠川モモコ。君にしかできないんだ。君は“選ばれし乙女”だから」
「えっ、私が……選ばれし……?」
一瞬、胸の奥がポッと熱くなる。
(……なんか、かっこいいかも)
パンは落としたけど、遅刻は確定だけど、でも……ちょっとだけ、やってみたいと思った。
「……じゃあ、やってみるよ……!」
そう言って、モモコはリボンを握りしめ、勢いよく叫んだ。
「ネズミーパワーチェンジ!!」
その瞬間――!
「きゃあああああっ!?!?」
まばゆい光に包まれ、モモコの身体がぐるぐると宙を舞いながら変化していく!
ピンク色のロングツインテールに! 大きな蝶リボンとデグーのような耳! 襟は胸元まで空いているけれどフリルで縁どられたトップスに、首のリボン、胸元の大きな蝶リボンと光るピンクの石! 袖はパフスリーブ! フリルのミニスカートは三重! 腰の大きな蝶リボンはしっぽのように長い! 手袋とショートブーツもフリル付き! すべてが――ピンク!!
「……ナニコレー!?!?!?」
鏡もないのに、自分の姿が頭に浮かんできた。明らかに魔法少女アニメの主役っぽい。気恥ずかしいくらいピンク。いや、可愛い!でも恥ずかしい!
「これが……魔法少女『ネズミー☆スターズ』だよ。君の新しい姿だ! 君はネズミー・デグー!」
「ネズミー☆スターズって名前なの!?ダサ……いや、ちょっと可愛いかも……!?」
「さぁ、まずはクマー団の偵察部隊が、この町のショッピングモールに現れた。彼らは“しょぼくれた人の心”に取り憑いて、クマネズミ化させちゃうんだ!」
「えっ、ちょっと待って!?展開早くない!?」
しかし、ピンクのツインテールが風になびくその瞬間、モモコは知らぬ間にもう、駆け出していた。心臓がドキドキしている。
「わかった!よくわかんないけど、いっくよー!!」
ショッピングモールへ向かって、魔法少女デビューである!
彼女の背中には、キラキラと輝く朝の光。そして、宙をふわふわと浮かぶクロモフの声が重なる。
「希望とパンは落としても、勇気とピンクは忘れない!」
「なにその名言!」
王道のパン食べながら走るシュツ。
エッホエッホ「あ○ぱんまんはツブア○て伝えなきゃ」でもよかったな。