3筆目
クロ「今この村は、魔王軍に侵攻を受けてます」
なるほど。村の雰囲気が暗かった理由が理解できた。だが解せないのは....
渡白「なんで僕たちは、そんな危険な村に向かってるんだ?」
クロ「なんでって?村を助ける為ですよ」
渡白「バカ言え。お前は戦えるのかもしれないが、僕はただの画家だ。魔王軍とやらと戦う術なんて持ち合わせてない」
クロ「何言ってるんですか?オレだってそんな術持ってないですよ」
じゃあ猶更だろというツッコミが無駄らしいのは、先ほどからの数分間で学んだ。
渡白「おまえ職業は選んで無いのか?僕は案内人とやらに決めるよう言われたが」
クロ「あいにくオレは何の職業にも就いてないですね。この世界の職業ってどれもピンとこなくて。でもようやく決まりました。オレの職業は画家です、今日から」
この能天気さに乗せられて僕は、気が付くと村の中心部までたどり着いていた。
村に着くとクロの言っていたことは、真実味を増した。
方々から聞こえる村人の叫び声。次々に壊れていく建物。
血を流し倒れている村人。
血の色は原色の赤を見慣れた僕からすれば、もはや黒にすら見えた。
同時に僕がまだこの異世界を現実だと認識していなかったことを分からせられた。
自分の甘さを痛感させられた。
どいつが魔王軍かなんて説明が要らないほどの圧倒的な体格差。
魔王軍は鉄の鎧と剣を持ち、対する村の人間はホウキや木の枝で応戦している。
素人目から見ても、勝てるはずのない戦いだった。
僕は途端に恐ろしくなって、その場にへたり込んだ。
そして考えるより先に、こう叫んだ。
渡白「おい、案内人何処だ。僕が悪かった。もう一度出てきてくれ」
そうすると案内人は姿は現さず、頭の中に声が響いた。
案内人(どうされましたか?)
渡白「職業を選ばせてくれ。このままだと死んじゃう。できるだけここから逃げられそうな職業を教えてくれ」
自分でも情けないことは分かっていた。
元の世界で数十年、異世界に来てまで貫いてきた自分は画家だというプライドがたった数秒で打ち砕かれた。
命より大切なものなんてない、あるはずない。自分に必死に言い聞かせた。
案内人(それですと、魔法使いやアサシンな..)
クロ「うるせえ、オレは画家だ。」
頭の中の案内人の説明をかき消すように、突然クロが叫んだ。
男村人「そんな職業聞いたことがない。よそ者はこの村から出ていけ」
クロが揉めているのは、昼間のあの村人のようだ。
村側の人間で彼のみ少しはまともな鎧をまとっている。
それでも魔王軍の物と比べるとボロボロだ。
クロ「なんで出ていかないといけないんだ。オレも村の一員として戦うと言っているんだ」
ドシン、ドシン、ドシン
バケモノ「なんだ仲間割れかぁ?結構結構。蹴散らす手間が省けて楽できるぜ」
軍の先頭のバケモノが他の魔物の進軍を止めさせ、近づいてきて言った。
魔王軍の中でも頭抜けてデカく、鎧に傷がほとんどついていない。
それにこいつだけ剣を持たず、素手のみで村人をなぎ倒している。
間違いなくこいつがこの軍のリーダーだろう。
男村人「仲間だと笑わせるな。俺が相手だ。うおおおおお」
ドンッ
一発で村人が、僕のすぐ横を吹っ飛んでいった。少し遅れて拳の風圧により土煙が舞った。
バケモノ「ハッハッハッ、弱い奴ってのは哀れだなぁ。残ったお前らはどうしたもんか。そうだなあ、ちょうどいいドラゴンの餌にでもしてやろう。しっかしこの戦乱の世の中で無職とは。救いようのない大バカだな」
言い返す気にもならない。完全に僕は生きるのを諦めていた。頭の中では過去の記憶が流れていく。これを走馬灯と人は呼ぶのだろう。
同級生「こいつ画家になりたいんだってさ。マジで..」
担任「画家だと?何を考えているんだ。高校生にもなってそんな夢を見てるのか..」
同業者「あの歳になってもまだ売れねえなんて、才能ないのが分かんねえのかな?本当の..」
得意先「また飽きもせず同じような絵を。極めてるといえば聞こえがいいが、そこに魅力がなければただの..」
「「「「バカ」」」」
走馬灯でも思い出すのはこの言葉ばかり。何回聞いても嫌なものは嫌だな。
ただ一番不快なのは重なって聞こえた声の中に、小さく小さく僕の声が聞こえた事だ。
後悔してもしきれない。クロには悪い事をした。これじゃ師匠失格だ....
クロ「バカじゃない。オレは、いやオレたちは画家だ。訂正しろ」
たち?そうかあいつはまだ僕のことを..........何が師匠失格だ。
あいつはまだ折れてない。
まだ誰も笑顔にできてないじゃないか。
ここで地べた這いずったまま死ぬ奴なんて、あのバケモノに一発ぶちかませない奴なんて、あいつの師匠になれるかよ。
弟子より先に諦める師匠なんていて、いいわけ、ないだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
クロ「白さん」
渡白「クロすまん。またお前を裏切るとこだった。」
クロ「いいっすよ別に。師匠は絶対立ち上がるって信じてましたから。言ったでしょ?オレの勘はよく当たるんすよ」
渡白「あいつに一発かますぞ、画家として。案内人すまない。もう一度職業を選ぶ。僕は画家だ」
案内人(画家という職業は存在していません)
機械的に案内人が答えた。
バケモノ「戦う気がある奴が二人になっただけで調子に乗りやがって。何度でも言ってやろう。何人増えようがお前たちは、バカのままだ」
渡白「じゃあこっちも何度だって言ってやる。僕たちは....」
クロ「オレたちは....」
「「画家だ」」
案内人(再度通告します。画家という職業は....画家という....画....)
案内人「強力な感情のエネルギーを検知しました。職業画家を世界に新しく構築します。描くという行為により絵を具現化する事が出来る職業です」
今度は案内人の声が世界に響いた。
すると目の前には筆がポンッと現れた。
僕は迷わずそれを受け取った。そして覚悟を決め言った。
渡白「クロ。お前は村人たちを守れ。僕はこのデカブツをやる」
クロ「でもこいつは二人じゃないと....」
渡白「いや僕一人でやる。師匠らしいとこお前に見せないとな」
クロ「分かったよ白さん。でもオレはどうすれば村人全員を守れる?」
僕は手段を少し考え、頭の中に浮かんだのは昼間のことだった。
渡白「バリアでいいんじゃないか?いやバリアを絵で描くのは無理か....」
言った後自分でも描き方が分からないものを、描かせようとしていることに気が付いた。
その上クロの描く技術は、まだまだ発展途上だ。もっと他のものを....
クロ「バリア、いいねっすねそれ。オレはバリアを描きます」
渡白「フッ、自信満々に言いやがって。僕の弟子のくせに」
僕は一歩前に踏み出して言った。
バケモノ「おしゃべりは終わりか?画家とやらよ」
渡白「画家は職業だ。僕の名前は渡白広だ。お前の名前は何だ?」
考えろ。考えろ。何を描けばこいつに勝てるんだ?
剣や銃を具現化したところで、何の訓練も受けていない僕では焼け石に水だ。
勝てっこない。
とにかく時間を稼がないといけない。
バケモノ「なんだ時間稼ぎか?結構結構。俺としてもお前を見極めてから殺したいところだ。俺の名前は魔王軍が一人、オークのガブだ」
時間稼ぎに乗ってくれたのはありがたい。
この間にこいつに勝つ方法を考えるんだ。
元の世界で培った技術と知識、それにこの世界で得たもの全てをこいつにぶつけるんだ。
考えろ、とにかく考えろ。
僕はあの世界で何を、この世界で何を...ハッ
ガブ「なんだただ見ているだけか?やはり見極めるまでもないな。あの御方と同じことをしたお前に少々興味があったが....少々買いかぶりすぎていたようだ」
渡白「あの御方?何言ってるか分かんないな。でも一つ何も知らないお前に教えておいてやるよ。観察は画家の基本なんだよ」
ガブ「ほお、言うじゃないか。じゃあこの数秒で何か分かったというのか?」
渡白「お前が嘘つきだってことだよ」
筆を構えた僕を警戒して、ガブは拳を構えた。
僕はそんなことに目もくれず絵を描いた。
描いた絵は具現化され目の前にバサッと落ちた。
ガブ「?なんだそれは。ただの草じゃないか?それで俺に勝てると?ハッハッハッ笑わせてくれるじゃないか。お前思った以上のバカだなぁ」
渡白「まあ焦るな、一つずつ説明してやるよ。お前さっき僕たちをドラゴンの餌にするとか言ってたな?でもそんなこと出来るはずが無いんだよ。僕はこの世界に来てすぐに、ドラゴンに食われそうになった。でもその時ドラゴンの歯並びを見て違和感を感じた。さっきその違和感の正体に気づいたよ。それは普通肉食の動物が持ってる鋭い犬歯が無かったことだ。そしてその代わりにドラゴンは発達した臼石を持ってた。これは草食動物の特徴なんだよ。次にお前の鎧だよ。お前はこの村の村人に、ほとんど攻撃を与えられていない。しかしお前の鎧には太刀傷でもなければ拳の痕でもない傷がついている。僕にはハッキリ分かったよそれがドラゴンの嚙み痕だと。つまりお前は過去にドラゴンと戦ったことがあるんだろう?」
ガブ「フンその程度のことが分かったからなんだと言うんだ。ペラペラと喋りすぎたな渡白とやら。やはりお前は何も持たない弱い奴だ」
ガブが拳を構えてこちらに突撃してくる。
渡白「焦るなって言っただろ。ドラゴンがそんなに怖いのか?それに喋りすぎたんじゃねえよ、お前がこっち突撃してくるのを待ってたんだよ」
ガブが全力で走った衝撃で草が宙を舞った。
僕は空を見上げ、そしてありったけの力を振り絞って叫んだ。
渡白「おいドラゴン餌だこっちに来い」
ガブ「何ぃ?」
一匹のドラゴンが旋回し、翼を大きく空に打ち付けた瞬間ビュンという音と共に、こちらに凄まじいスピードで突っ込んでくる。
僕は意を決して横方向にジャンプをした。
シュッン
ジャンプした瞬間音を立てて、さっきまで僕がいたところをドラゴンが通過した。
巨体を持つガブは避けきれずにドラゴンに追突され衝撃で吹っ飛んでいった。
ガブ「ぐあああああああ」
その後ドラゴンは美味しそうに草を食べて、再び飛び去っていった。
僕はまたドラゴンをよく観察出来なかった。
立ち上がってガブの方を見ると、完璧に鎧が砕けており、もう攻撃することは出来ないだろう。
ガブは部下に支えられ何とか立ち上がり言った。
ガブ「時間稼ぎに乗った時点で俺は負けていたのか。ハアハア。しかし何故餌でドラゴンを呼び寄せることが出来ると分かったんだ?」
渡白「餌だけじゃない。最初僕はドラゴンを見ていただけで襲われた。恐らくドラゴンは本来警戒心が強くて、臆病な動物なんだろう。だからドラゴンの注意を引くために叫んだ。その上で保険として餌も用意したんだ」
ガブ「ははっ、そうかよ。あんな短時間でそんな作戦思いつきやがったのか。ありがとよ。今度からは敵の時間稼ぎには乗らないようにするぜ」
渡白「今度なんてない。ここでお前は僕に倒されるんだ」
ガブは無視して続けた
ガブ「俺からもお返しに一つアドバイスだ。敵の時間稼ぎには乗らない方がいいぜ。フンッ」
ガブは最後の力を振り絞って部下の武器を投げた。
投げると同時にガブは気を失った。
やばい何を描いても間に合わない。
渡白「クロぉー」
振り返りながら叫んだ。僕は目を疑った。そこには村全体を覆うほどの大きなバリアがあった。
渡白「どうやって描いたんだよ。そんなもん」
スケールが大きすぎて失笑と独り言がこぼれる。
クロ「この村の人たちをこれ以上傷つけさせない。絵っていうのは人を笑顔にさせるものだ。このバリアが壊れれば誰も笑顔には出来ない。つまりこのバリアは絶対に壊れない。オレが画家である限りは」
無茶苦茶な理屈だがクロが言うと何故か妙に説得力がある言葉になる。
キイイイイイイイイン
剣とバリアがぶつかり合い金属音が響く。
クロ「うおおおおおおおおお」
バリアが歪み、刃先を通しそうになる。今だ剣は推進力を失っていない。
クロ「うおおおおおおおおお」
カンッカランカラン
音が止み、剣が地面に落ちた。同時にバリアもスーッと消えていった。
クロ「守ったんだ。オレが村の皆を守ったんだ。師匠オレ立派な画家になれるかな」
クロが仰向けで地面に倒れ、気を失いながら聞いた。
渡白「ああなれたよ。僕もお前も、僕たちは画家になれたんだよ。お前は自慢の弟子だ....」
緊張から解き放たれて、安心しそのまま気を失った。