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不安定な戯れ  作者: 野狐
4/6

その四






 年は表情を元に戻して腕を組んだ。「昨日はよく眠れた?俺はいまいちだった。早めに眠るつもりだったのに、あっ今日は大切な日だからね。そのつもりだったのにドラマがやっていてね、ついついそいつを最後まで見てしまったよ。ああいうのは最後まで見せるようにうまく作られているね」

「俺の方は普段通りに眠れたよ」と浩太郎。

 年はうなずいた。「そうか、いいことじゃないか」

「そうなるね」

「ところでちょっと聞いてくれないか?面白いことを思いついたんだ。昨日の夜だぜ。面白い話なんだけど、聞いてくれるか?」

「あぁ、どうぞ」

「ふふふっ、じゃあ遠慮なく」年は一つ咳払いをして、「北風さん、北風さん君はとってもハンサムだけど、この太陽である僕のように旅人のマントを脱がすことはできないね。太陽さんが笑って言いました。北風さんは愛想良く笑い返しこう答えました。そうだね、でも僕だって、旅人が女の子だったら服を脱がすのは得意なんだけれどね・・・どう?」

 浩太郎は小さくうなずいた。「結構いいよ、シャレが効いてる。本当にあんたが考えた?」 

「だろ?いいだろ?考えたのは本当に俺だぜ。使ってもいいけど。でも使う前には絶対に教えてもらった話なんだけどって、そう加えてくれよ」

 二人は笑った。

「君はどうだ?君も北風のように自分ができることしなければならないこと理解しているかい?」年は突如ささやくような声で始めた。浩太郎は座っていて、年は立っていたので見下ろす形だった。

「何だって?」

「君自身自分を理解しているか?と言ったんだ。さぁ、本題に入ろう。今日を最良の日とするために」声の調子は大きくなっていっていて、彼は組んでいた手を解くと、何かを披露するみたいに両腕を左右に大きく広げた。「君は俺の計画を止めたい。俺は実行したい。今すぐにでも!ならば話は早いじゃないか!フェアに行こう!勝負をして勝ったものが表へ立てる、お互いを尊重した勝負だ!」

「何を言って・・・勝負?」浩太郎の声は不安げだった。浩太郎は座ったままで年を見上げた。年は笑っている。

「そう、勝負!くだらない意地はよせ。生ゴミと一緒に月曜日になったら捨てちまいな」年は少し周りを伺って、足場に気をつけながら歩き出した。「勝負はフェアじゃなけりゃあならないよ。誰でも一度はやったことのあることで勝負をする」年は急に立ち止まってしゃがみ込むと平たい石を一つ取り上げた。そして川へ向かって助走を始めると、低く構えて勢いよく投げた。

 投げられた石は勢いもそのままに水面を跳ねる。三、四、五・・・浩太郎はその石に釘付けとなって、口を開いたまま見つめた。・・・六、七、八・・・八。石は水面を八度跳ねて飛び、崩れるようにして川底へ沈んでいった。

 浩太郎は息をのんだ。のどが渇いている。「水切りが勝負の内容だって?」そう言った声は嗄れて、聞き取れないほど小さい。

「今のは結果は八だな。君も見ただろう?今のは八だ。結構いい線行っていたんじゃないか?」年は感情こそあるが、冷ややかな声で言った。

 浩太郎は用心深く訪ねた。「勝負には乗らなくちゃあならないのか?」

「でないと計画は実行される。絶対にね」再び冷ややかな声。「君が勝てば俺は死ぬ。俺が勝てば、まぁ実行はされないが俺は生き残る。勝負となれば生きようって気持ちに少しはなれるからね」

 年の顔をまじまじと見つめ、それが本気であることを感じて取ると、浩太郎は乱れた呼吸をゆっくり整えて立ち上がった。手が痺れている。いや、震えているようだ。手をきつく握って押さえ込んだ。

「ふふふっ、やる気になったみたいだね」年は面白がって言った。それからぴしゃりと手を叩いて、「それでははっきりとしたルールを決めよう。ルールは必要だ。あとになってああだこうだと問題になるのは勘弁だからね。なるべく簡潔にしておこうか。例えば・・・」

 浩太郎はどこか遠くを見ているような透明の視線を年に向かって向けていた。年が何か喋っているが耳には入ってきていない。それどころか何の音も聞こえない。今ならまだ間に合うのではないか?話し合いで解決できないかと、さぁ言ったらどうだ?今やろうとしていることは本当に正しいこと?変な気分だ。すごく。テーブルの上にテキーラの入ったショットグラスを幾つも並べておいて、その中の一つだけに猛毒が仕込んである。それを誰かと面と向かって座り、震える膝を必死に隠しながら一杯ずつ、どちらかがハズレを引くまで飲み続ける・・・そんな気分に似てはいないか?

「・・・い、おいおい、君」

 浩太郎はぎくりとして、感情のこもっていない無表情の顔を年に向けた。それから小さな返事をしたがその声はくぐもっていた。そして妙な気分。頭の中では顔を真っ赤にしながら男が二人テキーラの飲み比べをしている。このままではハズレを引く前にどちらかが酔いつぶれてしまいそうな勢いだ。

「おいっってば。君、聞いているのかい?」眉間にしわを寄せて不機嫌そうに年が言った。

「あぁ、ごめん。ぼうっとしていた。ルールだな」浩太郎は肩をすくめた。

 年は浩太郎の顔をまじまじと見つめ、それは浩太郎の精神状態を観察しているみたいだった。

「よし、まぁいいだろう。大丈夫そうだ」年は言った。「勝負は水切り。決着は三回だ。三回勝負で執り行う!ただし先に二勝した方の勝ち」

「三回・・・二勝した方が」

「そう、二勝先取。判定は全て何回水の上を跳ねたか。簡単な方がいいだろうね。分かりやすくて。何回跳ねたかで決する。でもあくまでも一回一回の勝負だから一回勝負が決するごとに互いの記録はリセットさせてもらうよ」

 浩太郎はうなずいた。

「使う石はこの川縁にある石ならどれでも使っていいことにしよう。この方が、これが一番平等だろうからね。ルールはこれくらいでいいかな?細かいことが出てくるだろうけれど、それは常識の範囲で判断して欲しい。くだらない屁理屈でごねるのだけはなしで頼むよ。そういうのは虫唾が走る」

「同感だ」浩太郎は微笑した。

 どうやらまともに水切りをするらしいな。浩太郎は思った。何のつもりかは理解しがたいが、本当に水切り勝負をするらしい。だがこれに勝てば年は死ぬなんてことを止めるだろうし、それに勝敗がどっちに転んだって気晴らしになりそうなものだ。この男、年だって本当に死ぬ気なんてあるんだろうか?ストレスとか疲れとか、そういったものを発散させたいだけ何じゃあないか?そんなジョークなら体を張りすぎてるな。どちらにしても早く終わらせてしまおう。こんなことは意味のない勝負だ。

「どうだい?自身はありそうかな?それとも怖じ気づいた?もう止めにしたいとか。その場合は俺が不戦勝ということになるけれどね」年がニタニタ笑っている。

「不戦勝はないよ」浩太郎は答えた。「さぁ、始めるんだろ。どっちからやる?お前さんからか?それとも俺からやる?俺はどちらでもいいけれど。こんな勝負さっさと終わらせてしまいたいね」

「そうかい?どんな風に考えてもいいけれど・・・じゃあ先に投げさせてもらおうかな。相手の記録を見てからだと、どうも緊張しそうな気がしてね」

「あぁ、そうするといい。どうだっていいさ」浩太郎は片手をポケットに突っ込んだ。少しだけ後退して、雑に生え伸びた草むらの脇に立つ。頭を垂らし、へりくだったような野草が手に触れてチクチクと痛んだ。

 年は早速石の探索を始め、用心深い目を真剣に地面へと向けた。かがみ込んでは石を手に取り、首を小さく振って投げ捨てる。聞き取れない声で何かを呟きながら、年の茶色い瞳が光った。

「これにしよう!」年は言った。年は一個の石をまるでダイヤの原石か水晶の塊でも発見したかのようにそれを神々しく、自信満々で持ち上げた。それから浩太郎に向かって嫌みとも取れるような視線を一瞬だけ送って、川の方へと向き直った。

「決めたかい?」浩太郎は背中に言い放った。だが返事は帰ってこなかった。

 空気がしんと静まりかえり、年はゆっくりと助走を始めた。そして踏み込むと地面に触れるくらいに低い姿勢を保ち、綺麗なフォームで石を投げた。

 石は風を切って滑空して水面に触れると跳ね上がった。石は小気味の良いリズムと音で水面を跳ねて飛び、九回跳ねるとそれ以上は跳ね上がる力もなく、沈没船みたいに沈んでなくなった。

「九回!」年が声を上げた。「記録は九回だな!」そう言って振り返る。

「確かに、九回だな」浩太郎は静かに答えた。

「今のはかなりいい線いっていたんじゃないか?」満足な声。

「九回」

「俺の記録だ。あの石は使わずに持っておいた方が良かったかも知れないよ。いい厚さの石だった」年は浩太郎の元へ歩み寄り、不適に微笑みかけて肩を叩いた。「さぁ君の番だ。じっくり選ぶといい」

 浩太郎は適当にうなずいて川の縁に行くと、ポケットに片手を突っ込んだままの状態で石を捜し始めた。ほとんど立ったままの状態から見下ろすだけで石を探る。勝負の結果云々よりも早く終わらせてしまいたかった。それで考えが変わるのならばそれだけだ。

「おい!何をやってるんだ!」年が呼びかけて浩太郎は顔を上げた。「一つ忠告しておくがね、これは勝負なんだ!石選びだろうと、川を泳ぐ亀のたてる波紋であろうと、真剣に判断するとをお勧めする!でないと今に思い知らさせることになる」

 浩太郎はポケットから手を出して年に向かって高く上げた。年は腕を組んで少しだけ苛立っている様子だったがそれ以上は何も言わなかった。浩太郎は足下の石たちの上へかがみ込むようにして立つと、石を真剣に選んでいるふりをする。そして一つの石を選んで取り上げた。

 しかしながら浩太郎の態度とは逆にいい石だった。重すぎずにとても薄い。石の間に入った青色と紫色の紋様が綺麗な石だ。

「見つけたよ!」と浩太郎。

「俺の記録は九回だからな!」年は追って声をかける。

 浩太郎は川へ体を向け、ソフトボールのピッチャーが構えるように石を持った右手に軽く左手を被せ、少し前屈みに構えた。年の記録は九回だ。これ以上の記録を出すと、まだ一勝負目だけれど、年は自殺を実行してしまうということか?では適度な力で行こうか。八回ぐらいがいいんだけどな。

 川縁の草が川上から順番にサラサラと音を立て始め、その音に乗るようにして風が吹いてきた。水面に幾本もの帯状の波紋を起こし、何事もなかったかのように川下へと消えてゆく。浩太郎は風が通りすぎるのを静かに待った。







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