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「はい、ダメ、下手、ぶっ格好、センスなし、どんくさいなんで結界貼れないんだよ。足の運びはできてるからいい感じだよ。身体に馴染ませていこっか」
「おい前半本音漏れてるんだけど!全然後半の説得力ないんだけど!」
「おい、こっち先輩だよー?敬語使いなさいよけ、い、ご」
「年齢的には俺の方が年上じゃんか!相殺だ!相殺!」
「えーそんなのずるいって。敬語使えよ、後輩」
「ずぅえっっったいにやだ!今日から酉ちゃんって呼ぶもんね!駿ケ崎巡査とか長いしっ!」
「駿ケ崎巡査先輩と呼べ!」
「なんかいつの間にかすごく仲良くなりましたねー」
「うるさくなったの間違いだろう」
交番奥のフリースペース空間で禹歩の練習をする一結。その指導を駿ケ崎が見ているのだがさっきから辛辣なダメ出しの嵐。途中まで見ていた千秋は腹を抱えて笑い転げここにいては笑い死ぬとほふく前進でこの場をなんとか脱出した。ここ何日か練習をしているのだが一結はリズムセンスがないのか禹歩の足運びは出来ているのだがそれが舞にまでいきそうにない壊滅的ステップであった
(※ちなみにふかひれは初日から笑い転げ一結の顔を見るだけで可笑しくて笑ってしまうのでなるべく会わないようにしている)
「お前よくそのダンスセンスで警察学校受かったね?」
「試験にダンスは関係なかっただろ!!」
「まぁ禹歩ってダンス以前の話だけどね?足の運びだけだよ?」
「俺はマツケンサンバも苦手なんだ!」
「じゃあ無理だね」
カラカラと車椅子を滑らせて入ってきた綾戸が爽やかな笑顔でキッパリバッサリ斬り捨てた。駿ケ崎に言われるより心に刺さるので一結はその場にヘロヘロと倒れ込みうっうっと悲劇のヒロインのように泣き出した
「…俺、初歩的なこと何も出来ねぇじゃん」
「やーいざーこ」
「とりまるうううう!!!」
楽しげにこちらを煽ってくる駿ケ崎
名前を叫んでは見るものの反論はできず悔し涙を流して床を叩いた。それを綾戸は苦笑いして見つめていたが何か慰めの言葉をかけてあげようとして不意に感じた気配に視線をさ迷わせた
「そんな泣かなくても大丈夫だよ一結くん」
「!?」
ふわりと一結は背後に何かの気配を感じた
そうしてそのまま床についていた片手を取られ顎下をゆるりと何かに撫でられそのまま顎を上に上げられる
「すっごいどんくさそうだったけど僕はそういう舞もありだと思う。何より一生懸命さに感動して涙が出ちゃったよ」
「……へ?」
「凪さん……」
「やっほー酉くん。お疲れ様。綾戸さんもおじゃましまーす」
軽い調子で挨拶をするのは先日とつぜん現れた凪一郎
ラフな甚平姿に下駄姿はどこかタイムスリップしたような純日本を感じさせその整った見た目も相成ってどこか神秘的に見えて思わず見蕩れた。同じ男だがきりりと整った顔立ちに細身だがしっかり鍛えられた体は安定感がありモテるだろうなと何となく思った
「貴様ァァァァ!!」
「!?ウィル!!」
ぶわりと凍えるような冷気のようなものが一瞬肌を差したかと思うとその次に燃え上がるような怒気を纏ったウィルが九尾の狐の姿で部屋に乱入してくる。綾戸の頭上を飛び越えた時は犬の姿だったのに一瞬で変化する姿に躊躇は一切見られなかった
「やー玉藻ちゃん、元気そうだね」
「一結から離れろ汚れた血め!何の用じゃ!」
「用があるのは一結くんなんだー。この前は迷惑をかけたからね。そのお詫びに僕のBARに招待しようと思って」
「ばー?」
「そ、僕歌舞伎町でBARを二店舗程経営しててね」
「か、歌舞伎町!?」
「ははっやっぱり君初心そうだもんね、そういう反応になると思った。夜は刺激強いから営業前の昼にしてせいかーい。ってなわけで少し借りていいかな?」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべ凪は綾戸にそう告げる
「ダメに決まっておろう!戯け!」
「いいよ」
「なぜじゃ!?」
「一結くんには必要なことだと思うからかな」
「(綾戸さん普通に九尾と会話してる…すげー)」
駿ケ崎は内心そう呟くも綾戸がそれほどの力を持つ実力者だと言うのを理解もしているから黙って成り行きを見守る。怒りと混乱を露わに声を荒らげる九尾の狐を前にしても綾戸は動じた様子はなく車椅子というハンデを背負ってあるにもかかわらずその背は堂々としており九尾のキツネに一歩も引いている素振りは見られない
「何が一結に必要と言うのじゃ適当ほざくな人間が!!」
「彼がここにいる以上人と妖との関係を知る事は大事な事だよ。今までキミが守っていたから関わる事がなかったみたいだからね」
「妖となら関わっておるではないか!」
「他の、妖達ね。ちょうど凪さんからも連絡もらえてちょうど良かったから課外活動だよ。キミはお留守番」
「はぁ!?そんなのダメに決まっておろう!妾も行…っ」
「行かせないよ」
綾戸は車椅子というハンディキャップを持っていて禹歩が使えないがそれが出来ずとも力になれる武器を持っている。本人はあまり役には立たないと言ってはいるが
「"鎮宅七十二霊符・簡易式紙"」
綾戸はそう言って懐から一枚の紙を取り出す
薄黄色に赤字で何やら書かれた御札
それを人差し指と中指で挟み口元に寄せて息を吹きかけると赤文字が淡く光りそして、それを見てウィルは身体をビクつかせてその場に硬直した
「僕はこの足になってから毎日欠かさず写経をしていてね。精神を強く安定させ違う形で二課の役に立ちたいと思っている。それがこの御札、ちゃんと君の動きも止められる」
「くっ、そ…」
「わぁやっぱり綾戸さんはすごいね、あれは動けない。じゃあ少し一結くん借りてくねー」
「!ま、まて…一結ッ!!」
ふわりと空間が揺れる感覚がして、そのすぐ後にはもう凪も一結もその場にいなくなっていた。まるで元からそこに何もなかったように
しかし、凪と一結だけがいなくなっただけで他駿ケ崎や綾戸、もちろん九尾の狐であるウィルは残っているのでこの場にはピンと糸を張ったように緊張が走る
震える九尾の狐が何をするか分からないと駿ケ崎は九字の構えを取る
「う…」
「「う?」」
何か呟きが聞こえると思い耳をすませると
「うわああああああああああん!!!」
「「!?」」
いきなり九尾の狐がギャン泣きをし始めた
それは鼓膜が破れるかと思うほどの声量で慌てて2人は両手で両耳を抑えるもあまり意味をなさない。これも九尾の狐の妖力なのかと危惧したが、綾戸の御札は額に張りついたままでその上ポンと音を立て煙に包まれた九尾の狐は普段の犬(?)のような姿ではなく幼子の姿に九つの尻尾のある半妖のような姿
これも演技かと2人は身構えたがただただ泣きじゃくるばかりでそれ以上のことを中々してこない
「どうしたんだい?」
「「?!」」
困り果てている所に聞こえてきた声は紫江の声
ゆっくりした足取りで部屋に入ってきた紫江はすぐに泣きじゃくる幼子に目を向けると2人に特に何も聞かずそのまままっすぐ歩いていった
その幼子の正体が何か知ってる2人は危ないと声を上げるも、それより早く紫江は幼子を抱き上げた
「そんなに泣いてどうしたの?おじさんに話してみてよ」
「ヒック…うぅ誰じゃ……」
「あ、そうだね。僕は紫江と言います。きみのお名前も教えてくれるかな?」
「ヒック…ヒック……ウィルううう」
「あぁウィルちゃんか。いつも大人しいウィルちゃんがどうして泣いてるの。何か嫌なことでもあったのかな」
「(え、今紫江さん《あぁウィルちゃんか》って言いました?)」
「(目の前のウィルといつも見てるウィルが一致してる?それであんな普通に話を続けられる?!)」
動じない紫江に驚愕の眼差しを向けながら紫江の問いに九尾の狐がどう答えるのか固唾を呑んで見守った。万が一の為にと身構えてはいるが彼女の声は相変わらず震え弱々しいものだった
「いちゆ…奪われたぁ…あの穢れた狐にぃ…!!いちゆは妾のじゃ…」
「俵くん、そういえばいないね。誰かとお出かけかな?」
「連れてかれたのじゃあ…!いちゆは妾のじゃ…妾が守ってきたのじゃあ…なのに…奪われって…ううう」
「奪われて悔しくて怒ってるのかい?」
「怒ってる!けど…それよりも……ざみしいいいい」
「「……」」
紫江の誘導に本音だろう言葉を紡ぐとウィルはボロボロとまた大粒の涙を零しながらわんわん泣いた
「さみしい、さみしい…いちゆと離れとうなぃ…離れとうないのじゃあ……いぢゆううう…」
「ウィルちゃんは、俵くんが大好きなんだね」
「当たり前じゃあいちゆは妾のものなのじゃ、誰にも渡さん…会いたい会いたいいい」
「心配しなくてもすぐ帰ってくるよ。そうだよね、いつも一緒にいて傍にいて見守ってきたんだもんね。離れるのは寂しいよね」
「寂しい。寂しい…ヒック…会いたい…」
「うん。大丈夫。すぐ帰ってくる。ウィルちゃんの元にね。だから今は少しだけ待っていよう」
「待つのは嫌じゃぁ…どれだけ待てばよいのじゃ…」
「そんなに長くは待たないよ。人間の時間で半日もすれば。少し寝て起きたらもう帰ってくるさ」
そう言って紫江はポンポンと一定のリズムを刻んでウィルの背を撫でる。そんな事して九尾の狐が寝るものだろうかと怪しんだが…
「スー…」
「「寝た!?」」
背を撫でて10分も経たず内に九尾の狐は寝た。頬や目の下は赤く涙もまだホロホロ流れてはいるが、まるで泣きじゃくり疲れた子供のように寝息を立てる姿にこれは本当にあの九尾の狐かと疑った
「ただ本当に寂しいだけなんだろうね。この子の言葉に嘘はないよ」
「紫江さん…」
「ずっと一緒にいるんだ。愛情も湧くだろう。きっと言葉の通り離れたことがないんだろうね。急に他の妖に連れてかれて不安になっちゃったんだね」
「…なんで八大妖怪にこんな可愛い設定あるんすか」
「酉丸くん設定とか言わない。犬なんだし…分離不安症とかそんな感じじゃないかな」
「いや、綾戸さんそんなそれっぽい病名付けないでくださいよ。リアルじゃないですか」
「現実だよ、妖もちゃんと心があって思いがある証拠だね。うん、やっぱり素敵だと思うな」
「…」
その言葉の意味を2人は容易に理解ができる
それは二課が目指す所であり理想の形の一つなのかもしれない
「…嫌っすよ、少し離れただけでギャン泣きされる関係とか。迷惑じゃないっすか」
「そうだねーもう少し自立心もってもらいたいけど関係性としてはありなのかもね」
「いやいや、ナシでしょ」
「おいおいこっちまで泣き声響いてたで。何があった?」
流石の大泣きに寮にいたふかひれと千秋が驚いた様子で部屋に入ってくる。深く寝ている九尾は幼い姿に興味津々に覗き込む
体が収縮してしまうことはそこまで珍しいことではないらしいが綾戸の呪符だけではここまでの事にはならないだろうと言う見解だった
「じゃあよっぽどウィルちゃんにとって俵くんの存在は大きいんだろうね」
「じつは超妖力の持ち主でずっと吸ってたとか?」
「アホかそれやったらわしらも気づくやろ」
「そこはほら狐の妖術で隠されてたとか」
「そんな力があれば綾戸の呪符なんて秒殺や、もう少し頭使って物言えやシネや」
「わーすごい低能な言葉が聞こえたー。言霊って知ってる?言った言葉は自分に返るんだよ?ご愁傷様」
バチバチと火花を散らせるふかひれと千秋
もはやなんの話をしてたのかもどうでも良さそうな2人にはぁと駿ケ崎はため息をついて改めて紫江の凄さを認識する
紫江は一応視えない側の人間で、それなのにこの妖二課の創設に携わってる人だ。共生を選び永章を発行された妖達の仕事先の斡旋やその後のサポートや相談なんかも受けていて基本は所内にいるが何かと忙しくしている。その懐の深さに見習わなければなと思わされる
「(俺は…あそこまで妖に真摯に寄り添えるだろうか)」
その問いは駿ケ崎にとってとても重い
「おっつかれさまです!」
扉側から聞こえてきた女性特有の高めの声に皆一斉に振り替える。そこには、綺麗な敬礼のポーズを取る一人の女性の姿
「高山翔子、長らくお休みをいただきありがとうございました!」
女性にしては高めの身長で快活で覇気のある挨拶派聞くものを元気にしてくれそうでとても好印象。長めの髪は後ろで編み込まれており顔を動かせばそれに合わせて揺れる。一度も染めた事のないだろう黒髪と少し明るめの茶の瞳が一人一人を見て笑みを浮かべそしてウイルスをみてキラリと輝いた
「えええ誰ですこの子めっちゃ可愛いじゃないですか、え?!尻尾イチニサン…九尾ぃ!!可愛い好き!!」
「順応と理解が早すぎる」
「さすがあのせやうぇると普通に会話できるだけはある」
紫江に抱かれてるウィルの頬をぷにぷにと触りそのやわらかさを堪能する翔子は怖いもの知らずである
「この子はね、ウィルちゃんっていって新しく入ってきた俵巡査についてる子だよ」
「!そうなんですね。確か普通の家の子ですよね?」
「そうだったはずなんだけどねー。色々な意味で面白い子だよ」
「えー会うの楽しみだなぁ。俵巡査かぁ…あ、そうだ紫江さん書類は?溜まってます?」
「ごめんねぇ、少し…」
「そうですよね!すみませんっ家の行事とは言え一週間も空けて今から処理してきますので!!荷物寮に置いてきますね!!」
ここでは常駐するのは紫江がメインだが、年齢と一般的な妖は見えない事から実はもう一人非常勤として在籍している。本職は巫女である高山翔子。妖との共生に賛同してくれた父親の代から妖ニ課を支えてくれている1人だ。仕事熱心でテキパキ働く頼もしい女性で、その実力は本物である。
寝てしまったウィルを優しく抱き抱えて宛てがわれてる自身の席に付き仕事を始める翔子をみて、自分たちも仕事をしようとそれぞれに動き出す
凪に1人連れていかれた一結を心配するのは寝てしまったウィルだけなのであった
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