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生活安全局妖二課  作者: 真中祢緒。
第一章 始
6/8


神喜米(みきまい)


それは、俵の一族が作る米であり

一般市場に出回ることはなく、神様の供物として神社仏閣などに捧げられる米

清らかな水と豊かな土壌、丹精込めて作られるその米は人の情が入った身のふっくらとした米で、妖の心を落ち着かせ、悪しき心を浄化させる効果がある

それは妖にとって何よりもの極上品である








「わぁ《《美味しそう》》なパンケーキ」


「わぁ!?」




ぼんやり寮のキッチンで朝食作りをしていた一結は背後からかけられた声に嬌声を上げて振り返った。驚きに両手を上げこれ以上下がれないのに警戒したその様子に声をかけた側の千秋はイタズラが成功したと満足気に口元を隠して笑っていた



「アッハハハハごめんごめん、そんなに驚くなんて予想以上、すっごくからかいがいがあるね」


「……千秋さん、それ謝ってません」


「え?そう?ごめんってちゃんと言ったよ?それより何作ってるの?いい匂いだなと思って降りてきたんだ」


起きるの早いねと言いながら覗き込んでくる千秋をそのままに一結は時計に目を向ける。時刻は朝の4時過ぎ。日が登り始め外はようやく明るくなった頃だ



「皆の朝ご飯でも作ろうかと思ったんだけど今日は一結くんがしてくれるのかな?パンケーキ……米農家なのに米じゃないんだね」


「……」



悪気がなさそうに見える千秋の言葉に一結はあからさまに気分が下降していってしまう。パン類を食べると米農家なのにパン食べるのかとからかわれた事は過去にも経験済みだ、だからそれについてはもう特に傷つくことはない

けれど今は、気分が下がる意味合いが違うのだ





















___美味しかった



























一結はあの時のあの一言が忘れられないでいた
















___...



「お、美味しい……!?俺が?」



あの日、あんずにそう真っ向から言われ困惑した一結は聞き間違いかと思いもう一度問いかけた。しかしそれにあんずはこくりと大きく一度頷きそれが嘘でない事を伝えてきた。確かにあんずには舐め回されたが特に美味しいと言われるものをつけていた訳でもない(舐められることを想定してなにかすることはまずないが)




「一結、いい匂いがする。甘い匂い」


「え?」


指をさされて笑顔を向けられる

さっきまで怯えていたのににこりと笑うあんずにぞわりと背筋に寒気が走った




「おい、醜女。一結に近づくな」


「……ウィル」



ふわりと背中からあたたかな何かに包まれる


それはウィルの、九尾の狐の尻尾だった

全身を包むそれで前が見えなくなるもかき分けて尾の隙間から見れば威嚇するように眉を顰めるウィルと凪に隠れるあんず

そしてどうしたらいいかと警戒しつつも現状の説明を待つ二課のメンバーの姿が見えた





「人間には嗅ぎ分けられないけど、妖には美味いものは匂いで嗅ぎ分けられる。神への供物は妖にも極上品だし、丹精込められた一品はどんなものでも極上品。もちろん、それらを食べて育った人間も、ね」


「……!」


凪の言葉に一結は全てを理解した




「神喜米を食べて育ってるだろう君は、飢えた妖には極上品なのさ。その肌を舐めるだけでも飢えを満たしてくれるくらいには魅力的。今までなんともなかったのはずっと玉藻ちゃんがそばにいて守ってくれてたからだよ」



「確かにさっきまで気づかんかったけど一結いい匂いしてるわ。まぁ俺はそこまで飢えるようなタイプじゃないし男には興味ないから気にせんかったわ」


「まぁ座敷童子は人を幸せにする妖で神に近いから飢えなんて縁遠いもんね。鈍くてよかったね」


「え、今悪口言われた?」


「まあそれはさておきそんな現代だから妖事情も複雑でね。不味いものは食べ慣れない限り飢えを満たせなくてね。苦行でしょ?あんずちゃん大分参ってて、だからいい男見つけると暴走してたからそれならいっそ俵の子を餌にしようと」


「今餌って言いおったな貴様……!!」


「えへ、ごめーんね」



























「……えさ、か」




昨日言われた言葉を思い出し一結は再びフライパンにパンケーキの生地を流し込み無心で焼いていく。プツプツと生地が粒だっていく様を見つめては機械的にひっくり返し焼き上げていく。その手際の良さを眺めながら千秋は同じようにして隣でコーヒーを淹れ始める




慰めの言葉はいくらでも思いつくが千秋自身人ではなく妖で、妖から言われる言葉にどれほどの説得力があるだろうか


「(まぁいい匂いは確かにしてたけど、飢えてもいないし人間の食事にももう慣れちゃったから気にならない範囲だったからな。九尾の狐も曽良達が様子見してたの知ってたし首突っ込むことでもなかったからなぁ)」



会ってまだ数日、そこまで気にかける関係でもないと薄情な事を思うが別に嫌ってるわけではない。助けを求められてるわけではないからしないだけ

鎌鼬は気ままに風のようにそこにあってたまに戯れるだけ




「(だとしても、僕の役目ではないよね)」



コップを三つ

さり気にパンケーキの皿を一つ拝借して、メープルをかけて振り返る。コップのひとつをそっと机に置き千秋は静かに自室に戻るべく部屋を出た。人を慰めるのは人であるのがいい

人の世に生きてはいるが千秋は自分が妖であることを忘れてるわけではなくて

ある程度の線引きをするタイプだ



「餌って言われて落ち込んでんの?」


「(うわぁ直球……)」



普段はこんなに早く起きない人が起きてわざわざ降りてきていることに人は面白いなと思いつつ扉を閉めて階段を登る。毛嫌いしてるふうだったのになぁと思いながら行儀悪くも歩きながらパンケーキを一口頬張った



「あ。美味しい」



その事は、別に悪いことじゃないだろうにと思ったのは内緒だ










「……」



唐突にかけられた言葉に一結は肩を震わせて振り返る。焼きあがったパンケーキの一枚をフライ返しで皿に乗せて火を消した。


そこにはコーヒーを片手に立ち止まったままの駿ケ崎酉丸の姿が。何の用だろうかとぼんやり思いつつこの人がこうやって真っ直ぐ見つめてくるのは初めてではなかろうかと下げた視線を再び彼に向けた


濃い青の瞳が真っ直ぐ見つめてくる。青の洞窟とか深い海の色のようだなと思った



それは無意識にその瞳が澄んだものだと思ったのだろうか

普段感じる愛想のなさからもっと濁ってるのかと思ったけれどとても綺麗だなと一結は思う




「……落ち込んでるのかって、食べ物扱いされたら普通落ち込むものでしょう」


「さぁ、俺されたことないからさ。よく分かんなくて」


「……分からないなら聞いてこないでくださいよ」


「美味しそうとか言われてもさ、今まで何ともなかったんでしょ。じゃ落ち込まなくていいじゃん」


「え?」



唐突で直球なその質問に一結は耳を疑った。無神経な人だなと思ったがそれは確信に変わった。心の奥から湧いたのは駿ケ崎に対する不快感だった


本人が言ったように経験のない人からしたら今の一結の気持ちは理解し難いのかもしれない。同じ気持ちにはなれないから寄り添ってもらえないのかもしれない。けれどそれをいいじゃんで片付けられたくはない。下手したら妖に食われて死ぬかもしれないのだ。命の危機なのだぞと言ってやりたかった




「今までなんの苦労も恐怖もなく知らない間に守られて生きてきたんでしょ、九尾にさ」


「っそんな……」


「そんな事ない?本当にそう言える?何も知らなかったのに?」



突き放すようなその物言いに、一結は反論する術を持ち合わせてはいなかった。それが真実だからだ


何も知らないから、分からないのだ


今まで狙われてたかもしれないし


平穏無事に無縁な生活を送ってただけかもしれない


でもどちらかは分からない





「(だって、妖を知ったのはここに来てからで……まだ数日の事で…)」




もやもやと言い訳が浮かんでは喉の奥でつかえて溜まっていく

何を言っても駿ケ崎には論破されてしまいそうで恐ろしかった

と言うより、口にしてはいけないと無意識に感じていた




「楽しそうってあんた言ったよね」


「っ」


「"妖と共生できるのがすごくいいな、ここ来てよかったな"ってさ」




よく覚えてたなと思ったけれどそんな事は言えなかった。口にしたその言葉とは裏腹に駿ケ崎の顔は微塵もよかったなという顔をしていなかったからだ


よく言って真顔


はっきり言って怒っているようにしか見えなかった


何かしただろうか


昨日言ったその言葉自体が酉丸を怒らせているのだろう





「あんたさ、綾戸さんの足見てもなんとも思わなかった?なんで警官が車椅子なんだろうって疑問に思わなかった?」







__対妖はそんなあっさり解決できるものばかりじゃないからね…




そう言った綾戸を見た時、一結は察したはずだ

綾戸の足が先天的なものではなく、妖と対峙した際に負ったものなのではないかと





「綾戸さんの禹歩は一つ一つがすごく丁寧で曽良さんに劣らないくらい綺麗で正確だった。結界もすげぇ頑丈で誰も傷つけさせないっていう感じで…終わったら全神経使ってるからか汗すごくてヘトヘトになって」


駿ケ崎は過去を懐かしむように話、そして眉をひそめた



「それが当たり前だと思って気を抜いてた俺を庇って綾戸さんの足は妖に奪われた」


「え」


「俺のせいではあるけど、対妖ってのはさ当たり前に怪我するし一歩間違えると死ぬことだってあるんだ。身を守るのも命懸けなんだよ……当たり前に守られてる奴が少し餌発言されたくらいで落ち込んでんなよ」


「ッ……」



初めから少し感じの悪い人だと思っていた。何か思うことがあるのだろうなとか新人には厳しいタイプなのかなと思いながら気にしないようにしていた。ここまで敵意や怒りを人から向けられたことはなかったからどう対処したらいいか分からなかったのもある。けど。これは対処という話ではないのではないかと一結は思った




「……確かに俺は守られてたのかもしれない」



ずっとそばにいた愛犬がじつは九尾の狐っていうメジャーな妖で、その力はかなり強いもので他の人が気付くくらい自分はその強大な力に守られていたのかもしれない




「でも、それと俺が抱く恐怖は関係ないだろ!餌って言われて気にすんななんて平気で言うなよ!俺は家畜じゃないんだ!よく分からん妖に食われたくなんかない!!」




楽しそうだと確かに言った


それは曽良が見せてくれた舞がとても美しかったからだ


刀を持ってそれを振るい悪しき妖を切って殺してやっつけていくような殺伐とした世界を想像してたから救われたんだ。殺すことなく分かり合えるものなのだと、平和的解決を望んでいいのだと希望を見せてくれたから


人に敵意はないのだと花子が教えてくれたから

人と妖は共生ができるのだと

それが全ての世界なのだと思い続けたかった




「あんたが緊張感持ってこの仕事をしてるのは分かった!けど、それを伝えもしないくせに頭ごなしに持論ぶつけて俺を笑うなよ!俺が今日まで見せてもらってた世界は……平穏で長閑で優しくて綺麗だったんだ。その世界にいたかったよ……どの世界もそうであってほしかった…綾戸さんの足を見てそういう部分もあるかもしれないって思ったけど…教えられなかったし、知ろうともしなかった……」





今までが平和すぎたんだと思う


気付かぬうちに妖と関わって知らぬうちに解決してて


襲われることも悪意を向けられることも無く平穏にやり過ごしていた


その面だけをみてこれからも生きて生きたかった





「……俺は、弱い…ッ」



九字切りもできなくて禹歩も誰よりも下手だ

悪意でもない純粋な好意のようなあんずの言葉をもらっただけで足が震える




「……それでも、人と妖が仲良く過ごせることが可能ならその為に出来ることをしたいと思うよ!」





自分が見た綺麗な面もあるのだからその面をもっともっと広げられるようになりたい

その方が沢山の幸せを作れるだろうから

人の安心も町の安全も手に入れられるから




「俺は、生活安全局妖二課の俵一結巡査です」



まだ見えてない部分がたくさんある未熟者だ




「社会の安全と人々の平和を守るため、俺の知らないたくさんの事を教えてください!!」








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