・
「うっ、うっ……」
「俵巡査、涙で書類濡らさないでね」
「はぃ……すみばぜん…」
午後になり今日は深夜番の綾戸巡査部長は仮眠をとる為寮に戻った。有事の際は休みであっても駆り出されることがあるからがっつりは寝られないらしい。地元では緊急な事件事故はほぼなかったから大変そうだなと一結はまだどこか他人事だ
まぁ、それよりも今一結にとってはそれよりも重大でどうにかしたいのにどうにかなるのか分からない案件を抱えていて憂鬱だ
一結は、簡易結界の九字を切れなかったのだ
「おまわりさん、さようならー」
「はーい、さようならー気をつけてねー」
「わーわんちゃんだー!」
下校時間の子供たちの見守りの為、交番前に立って往来する人々を眺める。道路幅も広いし車の交通量も多い。地元でこんなのだったらお祭りかなにかと錯覚してしまうなと一結は思う。
そして、子供達は変わりなく挨拶をしてくれるが道行く大人達はこんなに近くに人がいるのに目すら合わせずせかせかと忙しそうだ。交番に犬が並んで座っていても特に気にならないようだ
悪い事とは言わないが人と人との繋がりが希薄のように感じてどこか寂しさを感じる
まだ東京にきて数日
知り合いがいないのは当然だし、都会の人が冷たいのだと偏見の目で見てしまうのも嫌だとは思う
それでも、仕事が終わればあたたかく迎え入れてくれた家族もいない
まだ見慣れない宛てがわれた自室に一人帰るだけ
上手くやって行けるだろうか…
初歩的な事も全然できなかったというのに
仲良くなれるだろうか…
友好的とは思えない視線を向けられてしまった
本当に妖なんているんだろうか…
全部歓迎会的なサプライズ演出だったらいいのに
「はぁ…」
一つ溜息をこぼして空を見上げる
地元にはあまりなかったビルが所狭しと建ち並ぶから空を見ようとすれば当たり前のようにビルの上階部分が視界に入る
四方に並ぶそれらは画角を圧迫して空が何倍にも遠く、そして小さく見せてくる
それを窮屈だと感じるし
反対に記憶している空の広さを思い出して
まだ、大丈夫だとも思える
見えてる今は悪くても、その先に広がる青空がある
「…あっちの方はまだ見えるな……。うん、まだ頑張れる」
諦めるのは簡単で
その時点で見える景色はそれまでで
それ以上の景色を知っているのに
ここで立ち止まって終わらせてしまうのはもったいない
「キョン」
「ん?……大丈夫だよ。ウィル。俺はまだ平気」
広い広い青空が見える場所まで
進めばいいのだ
進む足はちゃんとあるのだから
___…
「綾戸さん、新人くんどうだったんですか?」
「新人くんじゃなくて俵巡査だぞ。駿ケ崎。もう忘れたのか?」
「…そうですね、で?使えそうなんです?」
「えー、そうだねぇ」
夜の帳が落ちてもなお明るさが健在の東京。四ツ谷三丁目交番付近も例外ではなく駅周辺は帰宅以外の人達で賑わいを見せている。歓迎会の時期でもあるので学生達が顔を赤らめ何がおかしいのか大笑いをしてるのが見える
駿ケ崎の正面に座り書類を作成してる綾戸はそんな楽しげな笑い声に反してどこか気まずそうな苦笑いを浮かべていた
それだけで察する事はあるので駿ケ崎ははぁと先行して溜息を吐いた
「そう結論を急ぐものではないよ。はじめは君も素人同然だったんだからね」
「今はそんな事ないですよ。それに元から出来てたでしょ」
「時間をかけてそうなったのだろう?彼にその時間を与えないのは自己中心的じゃないかな。そんな意地悪してやるなよ」
「…」
資料に意識は向けたまま淡々とそう話す曽良。普段仕事のこととなると猪突猛進のように向こう水に突き進み手がかかるのに、こういう時はえらく冷静で"警部"の側面を出してくるから駿ケ崎は何も言えなくなる。気づかれないと思ってる事でも曽良夕紅という人間は、気づいているのだ
言ってる事も間違ってない寧ろ正論であり、自分の考えが幼稚であると認識させられるから面白くない
何も言えないからせめてもの抵抗とふくれっ面でそっぽを向く駿ケ崎は少し幼稚と言われても仕方ないかもしれない。しかし綾戸は特に何も言う事はしない。社会人として大人として治すべきかもしれないがそれも個性のひとつ。そういう面を出せる関係であるとも言える。
何より、上司である曽良が咎めないのであれば綾戸が口を挟む道理はないのだ
妖二課において曽良の決定は絶対と言ってもいい。理不尽に何か命令することはないが、彼は対妖に関してはここの誰よりも経験値がある。そして一課と違う理想を掲げ日々奔走している
求めるのは妖を《《倒し滅ぼす》》力ではない
妖を《《大人しくさせ共存する》》力だ
「彼には既に素質がある。あれはそこらの妖じゃないよ。それは駿ケ崎も分かったよね」
「…はいはい、そうですね」
「そっちはまだ調査中です。俵巡査に関しては九字切りができませんでした」
「…やばぁ」
「…九字は簡易結界。初歩中の初歩。確かにこれが出来ないのはため息ものだな」
「あー曽良さん。それわざとでしょ」
知らん顔で薄く笑みを浮かべる曽良に遊ばれてると感じる駿ケ崎は「曽良さんたまに性格悪いッスよね」と悪態をつく。
「すまない、冗談だ」
「謝ってすんだら警察いらないってこういう事ですからね」
「世界が平和ならそれで職を失ってもいいと思うけど、対妖に関してはそうはいかないからね」
「そのための結界術が使えないとなると…彼は中々の大物かな?」
「俺は雑魚に一票」
「駿ケ崎くんも懲りないね」
呆れる綾戸にべーと舌を出す駿ケ崎
「それ以上の結界、もしくは何らかの加護が俵巡査に付与されてるのであれば九字は切れない」
「…」
「やはりそう思いますか」
曽良の言葉に綾戸と駿ケ崎はふざけていたのを止めて曽良を見る
「悪意はなさそうに見えるししばらく様子見をしようじゃないか。その間は綾戸巡査部長にお任せするよ。何かあるようなら彼の自由にさせてあげてみてくれ」
「…何かあった時、私は何もできませんよ」
「私が責任を取るよ。何が起こったとしてもそれは決して悪いことではないさ」
「でた、曽良さんの悪い癖」
「悪いことを考えてるよりこの方がいいだろう。為るように為る、のさ」
「…そうですね」
運否天賦に任せるというその言葉はよく曽良が使う言葉だ。
だが、駿ケ崎はそれは曽良らしくないと常日頃思っている。
「そんな事言って今日も一課にやられたくせに」
「う…」
「うちも一課みたいにすれば手っ取り早いとは思いますけどね。俺も取り越し苦労しなくてすみますし」
限られた人員の中で日本全土の妖関連を対処しなくてはいけないのに何故一課と二課が存在しているのか。
朝昼食いっぱぐれてますしねーと駿ケ崎は言いながら伸びをして首を左右に倒して凝りを治そうとする。節々が凝っているのか一通りこなしさっきの仕返しだと思っての行動なのだが、それを分かってる曽良は参ったと言わんばかりに両手を上げた
「人事は尽くした。だが結果は今回も討伐だった。思いどおりにはいかないものだな」
「でも変える気ないんすよね」
「ない」
「二課はそういう所だからね」
「ならなるようにじゃなくて成すためにやらなきゃっすね。その為にも二人は先に上がってください」
「え。駿ケ崎くん今日は私が」
「明日っから新人の面倒見るんですから老体は労わってください」
「老体…俺まだ30代なんだけど」
綾戸の物悲しい声には礼を一つするだけで後は何も言わず駿ケ崎は背を向け奥の部屋に行ってしまった。交番は24時間体制だから必ず誰かは深夜番をする必要がある。本来今日は綾戸の番だったのだが今日は駿ケ崎がするらしい
曽良は閉じられた扉を見つめる。きっと、何かしらの事をするのだろうなと思いながら読んでいた資料を閉じてその場に立ち上がって伸びをする。もう慣れてはいるとはいえ疲れがないわけではない
「今回は残念でしたね」
「今回も、かな。私は時間がかかってしまうからね…対話するまでに一課がきてしまうとね。争うわけにもいかないしな…俵巡査は羨ましいな、私が出来ないことを当たり前にやってのけてしまうのだろうね」
「曽良警部が場を清め邪気を鎮めてこそ彼らは容赦なく飛び込んでこれるんです。少々荒っぽすぎはしますがね…いつか必ず貴方の熱意は報われます」
「…ありがとう。君が細かくこうやって調べてくれてるから私は彼らの少しを一課より多く知れて向き合える。君も殲滅した方が安心だろう」
「…そうじゃないと言えばうそになります。けど、寄り添える事も知ってしまってますからね。どっちかには決められません」
「そうだな」
少し口の悪い部下の言葉に甘えようと互いに目配せして立ち上がり、寮側の扉に向かって並んで歩く
外はもう真夜中になろうというのに車の往来は減ることなく明るさを保っている。ほろ酔いに千鳥足になりつつ帰路につく人達の何人が人間で何人が妖だろうか
妖という存在がいつからいるのかは定かではない
しかしその在り方が昔と今では大きく違う
古い文献を見ると妖は恐怖に結びついた超越的存在・現象だと書かれていることが多い。この世には、人間の想像力が及ばない"不思議"な現象が存在する。その多くが言葉では言い表せない不可解な出来事で、それを立証させる事が出来ないから人々は人智の及ばぬ何かの仕業だと、それが一つや二つではないからそれらを総称して妖と呼んだ
しかし時代が進むに連れ多岐に渡る研究がなされ科学が進み医療が発達し立証できえなかったもの達に根拠が伴い恐ろしいものではなくなった。そうして妖の仕業だと恐れていた気持ちが薄れていった
この宵闇に染まった街のどこかにも妖が潜んでいるかもしれない。けれど人々は昔のようにこの闇を恐れることは少なくなった。煌々と無機質に輝き続ける人口の光、電灯がその闇の暗さを明るく照らし夜でも昼のような明るさを維持してくれる
原因不明の人を死に至らしめる病もそれに病名がつき治せる時代になった
現代の人々にとって妖の存在は昔より希薄なものになっているのだ
しかし、それはこの世から消えたというわけではない
人々の心から恐怖が消えない限り妖はこの世に存在し続ける。そして歴代の恐怖の根源だったものたちは人によって名を付けられその存在を確立し今もどこかで生きている。人を脅かす存在、畏怖の象徴であった彼らは今も尚どこかで生きている...
畏怖の象徴だったもの達はそのまま形を変えず変わりきった世界の闇の部分に根を生やししぶとく生き続け、居場所を失った恐怖だった妖達はその恐怖を人間から得ることができなくなり飢えや渇きを抱き、苦しみ恐怖する人間を求め彷徨い続け恐怖そのものに成り下がるか、廃れ人知れず消滅していく
「名を付けられたらそれはもうそこに在るものだ。それを一つの命と捉えるかただの超越的現象の具現化と捉えるか…示す感情が恐怖だけだったらよかったのだけどね」
「恐怖って感情、なんですかね?」
ギシリと音を立てて車椅子を動かし綾戸は駿ケ崎とは反対方向の扉へと進む。扉前で一度止まり、曽良に背を向けたままぽつりと言葉を漏らす
「あの日、私は妖に恐怖しました…あぁここで死ぬんだ、と。でも、私はまだここにいて、進んで関わろうとしている。馬鹿みたいですね」
「綾戸さ…」
「ま!何が言いたいかって言いますとほっとけないんですよ。哀です。私の感情は恐怖ではなく哀なんです。強いて言うなら。だから私は二課にいるんです」
ちらりと振り返り綾戸は曽良に穏やかな笑みを向けた。笑顔でも皮肉でもない、その笑みが語る感情はきっとひとつではない
「私は曽良警部の思いに賛同してここにいますので、ブレないでくださいね…駿ケ崎くんも同じ気持ちだと思うので」
「……」
では、お先ですと一礼して綾戸は今度こそ立ち止まることなく扉を開けた。パタンと静かに閉まる扉を見つめて曽良は詰めていた息を吐き出して体から力を抜いた。ずりずりと背中が椅子の背を撫でる
「ダメだな、俺は……」
もう簡単に一人道を逸れることなど出来ないのだと曽良は思い直した。元よりそのつもりはなかったが綾戸に釘を刺された気分だった。
だがそれは、鼓舞でありあゆむ道が間違いではないのだろうと思わせてくれるものだった
「……寝るか」
◇
「……すぅぅ!」
枕を涙で濡らし実家に帰りたいと思っていたもののおやすみ3秒で快適な朝を迎えた一結は、カーテンを開け都会でも変わらない爽やかな太陽を眺め、大きく深呼吸をした
実家では毎日5時半には起きてウィルの散歩と庭の自家栽培の野菜達の水やりをしたり母に代わって朝食を作ったりと朝は強い 一結
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前ゥゥ!!!」
だから寝起き一発目の第一声も中々に快活である
「……」
威勢のいい掛け声とは裏腹に、その場は何も代わり映えのない爽やかな朝のままであった。慣れたものなのか呆れているのかウィルの呑気な欠伸がやけに大きく聞こえて、別にからかわれてるわけではないのだが悔しさと悲しさで顔を赤らめぷるぷる震える一結はどうしても成功させたいと再び息を吸った
「臨・ぴょ…バァン!!
「だぁぁっしゃあ!朝っぱらから何叫んどんじゃァわれェ!!!」
「ヒィッ!?」
扉を壊しかねない勢いで知らない男が入ってきて一結は情けない声を上げる。大股でそのまま男は中に入ってきた
スキンヘッド(※断じてハゲと言ってはならぬ)にキリリと整った眉、そのすぐ下に三白眼の蒼い瞳はギラギラと一結を睨みつけていた。ド派手な色の服に鳶職の人がよく履いているニッカポッカ姿のその人は容赦なく無防備(※パジャマ姿)の一結の眼前で止まると顔をこれでもかと近づけ額を突き合わせて睨みつけてきた
「(あ、死んだ……)」
一結は死を悟った。
警察寮の中でこんなヤンキーみたいな人に会うなんて思いもよらなかった。
これから理不尽にボコられて窓からボロ雑巾のように捨てられ大通りの都会の車に容赦なく轢き殺されるのだと未来を想像して顔から血の気が引いた
「……今5:40ぞ?まだ寝とる奴いるからそこよう考えろ。いい大人やろ?な?」
「……は、い。すみまひぇんでした…」
「噛んだな今。舌大丈夫か?」
「大丈夫です……ありがとうございます…」
「どうした?震えてんぞ?」
目の前で首を傾げるヤンキーに更に震えが増す
「ふかひれ、君が怖くて彼は震えてるんだよ。もう少し離れてあげなよ」
「あ?」
天の声(※第三者)が一結の耳に届き、それは目の前のヤンキーにも聞こえたようであっさりと離れていってくれたことで視界が開けて呼吸が出来るようになる
「俺が怖い?マジで言ってる?」
「あー分からないんだ。えー、うそでしょ?」
「お前のその胡散臭い笑顔の方が怖いだろ」
「鏡見た事ないのかな?」
「は?あるわ」
一結に迫っていたふかひれと呼ばれた男は扉前にいた優しげな細目の男を睨みつける。それに負けじと《《優しげ》》なはずなのだが少し凄みのある笑みを返す男
「(え、待って怖い……ていうか……誰?!)」
一結が朝っぱらから大声を上げたのが根本的原因ではあるのだろうが、一結1人ではどうしようもないこの現状に本当の本当に一結は心が折れそうになった
「あーどっちもうるさい、ふかひれ、千秋…」
そうして再びの第三者(四者?)の声。こちらは聞き覚えがあるぞとようやくの助けだと一結は嬉しく思い声のする扉のその向こうに期待の眼差しを向けた
「黙れ」
見えたのは一結の予想した通り曽良警部だったのだが、昨日見た姿より大分邪悪に見えて、そして昨日聞いた声より幾分か低いトーンだった
「アッハ、ソラくん相変わらず寝起き悪いね。めっちゃ怖いよ」
「あーすまん、ソラ。起こしたか」
怖がる様子もなく楽しげに笑みを浮かべる千秋と呼ばれた優しげな青年と謝りそうにないふかひれは申し訳なさそうな顔をするという想像通りにいかない現状に、そして怖すぎる曽良にとうとう一結の瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた
「(もう、朝に叫んだりしない…絶対)」
早くも都会の洗礼を受けたと思う一結
「そうだ、おい新入り。着替えて下りてこい」
「ふぇ…」
ふかひれに声をかけられ締められるんだと勝手に思い込むが、それはかけられた千秋の言葉で杞憂に終わった
「朝ご飯作ったから一緒に食べよ」
「…朝、ごはん?」
「曽良くんも着替えて朝ご飯食べるよー」
「…朝は食えねぇって言ってる…だろ、」
「顔洗って少しスッキリしたら食べれるからねーふかひれ介護してやって」
「いいけど俺に指図すんな?何様だ?」
「ふふ」
きっと治安のよくないだろう笑みは案の定ふかひれの癇に障った様で鬼の形相を気にせず仲良く(?)階下に向かう3人を見送って力尽きたように一結はベットに腰を下ろした
「…東京、怖ぇ…」
__
「あ、一結くんおはよう」
なんとか着替えて恐る恐る階下に下りてふかひれに顎で示されるままに席についてすぐ、鼻腔を擽る匂いに少し絆されそうになった矢先に聞こえてきた声に一結はガタリと椅子を鳴らして立ち上がった
「おはようございます!綾戸巡査部長」
上司の登場プラス今この場で1番の常識人かつ味方になってくれるだろう人の登場に体育会系の序列関係並に勢いよく立ち上がり駆け寄った
「お?……あぁ悪いね」
「いえ!おかまいなく!」
カラカラと音を立てる車椅子に自然と手が伸びてその背を押して一箇所だけ椅子のない場所まで誘導する。やれと言われたわけではないがそうする方がいいだろうとの自然な行動だった
「…なんか、新鮮だな。こうやって優しくしてもらうの」
「え?」
泣き真似をする綾戸の言葉に普段ここの人はしてくれないのか?という少しの疑問
「曽良さん達はともかく妖の2人はそういう気遣いとは無縁だからね」
「…え?」
ついで聞こえた言葉に再び一結の思考は停止した
妖2人…………??
「あ、そういえば勤務外は綾戸でいいからね。堅苦しいのはあんまり好きじゃないから…て、一結くん聞いてる?」
「…」
綾戸の声が遠くの方で聞こえるよう
スキンヘッド(※ハゲではない)に強面のふかひれ
細目で優しげな笑みを浮かべる千秋
どちらもタイプは違うが普通の人の姿のそれなのに
「…妖、なの……?え、誰が?」
「僕とふかひれだよー」
ひらひらと手を振り楽しげに笑みを深める千秋
こんなにも身近に妖はいるものなのだな……
「え?!ていうかここ妖課!?!」
不思議そうに見上げてくる綾戸とぼんやり眠気眼でコーヒーカップを片手の曽良
平穏な朝の一時に
再び一結の叫びが響き渡ったのだった
....
「で、妖と対面して今どんな気持ち?」
「へ?」
とりあえず朝食を取れとふかひれに言われ(怒鳴られ)びくびくしながら着席し、千秋が用意した朝食に恐る恐る手を合わせながら食べ進める。用意されたのはバターを塗ったトーストとヨーグルトにフルーツ、そして湯気をあげるコーンポタージュだ。まだまだ若い成人男性の一結には少し少ないような量だが「足りません」なんてまだいえる訳もなく、ニコニコと終始何が楽しいのか笑顔でこっちを見つめてくる千秋の真意が掴めなくて正直本当に食べたのだろうかと感じる程に味の感覚も満腹感もなかった。
そして、唐突に投げかけられた問いに思わず声が裏がえる
「(どんな、気持ち…?)」
「見て分からんのか、戸惑ってるだろ。主にお前の圧に」
「(そう…ふかひれさんありがとう!)」
「ふふ、知ってる」
「!?」
狐を彷彿とさせる細目が一層細まり千秋の口元は笑みが深まる。クスクスと隠す気もない笑い声が零れ、一体何がそんなに面白いのだろうかと混乱通り越してドン引きである
「はぁー、なんでそんな大層なの連れててそこまで怯えられるのかなー、おっかしー」
「?」
「千秋、あまり揶揄ってやるな。嫌われるぞ」
ようやく目が覚めたのか、コーヒーを飲みながら言葉だけを向ける曽良
「それは困るなぁ…僕大した事ない妖だからさ」
そう話す千秋の声がどこか冷たさを含んだ様に聞こえて背筋が粟立つ
「え…」
「おはようございますー」
しかしそれが何なのか理解する前に爽やかな挨拶と共に駿ケ崎がやってきたために意識がそちらに向いて空気が霧散する
大欠伸を隠しもせず歩いてきた駿ケ崎はそのまま綾戸の隣、一結の向かいの席に腰掛けた
「千秋さんコーヒーお願いしまーす。あと俺ご飯で!卵焼きは甘めで!」
「はいはーい、本当酉ちゃんだけ砂糖派だからめんどいよねー」
「ごめんねー実家がそれで慣れちゃって。しょっぱいのなんか受け付けないんだよねー」
「味噌汁は?」
「お願いします!」
テンポのいい会話を繰り広げめんどくさいと言う割に素直にキッチンに向かう千秋。作業する音が聞こえ始めてようやく駿ケ崎は視線をキッチンから一結の方へ向けた
パチリと目が合う
何故か少し緊張する
歳の近い先輩というのは社会人になって初めてである事に一結は気づいた(地元ではベテランしかいなかった)
「お、おはようございます!駿ケ崎先輩」
「おはよう、よく寝れた?」
「あ、はい…一応」
昨日は不躾にジロジロ見られていい気がしなかったのだが、今は普通に挨拶が返ってきて気遣いの言葉も掛けてもらえ一結は何だいい人じゃんと思い直していた
特に今朝から既に色々ありすぎて人の優しさに触れられたとよく分からないことを思って心がじんわりとあたたかくなった
「そういえば曽良さん。そろそろだと思うんですけどいつ行きます?」
「ん?」
新聞に目を通していた曽良に駿ケ崎がそう声をかけると暫くして思い出したと言わんばかりに小さく声を上げる。目線を新聞から酉に向け、そして次に一結に向けた
「??」
そろそろ何があるのだろうか?
そしてその流れでこっちを見るのは何故なんだろうか?
一結の頭上にハテナが浮かぶ
「ちょうどいい。この後出向こうか、俵くんも一緒に」
「え、」
「妖とは何かを知りたいだろう。千秋ではあまり参考にならないからな」
「えーそれ酷くない?はい、酉ちゃん」
「ありがとう!わーい美味しそう」
「自分の説明もしないくせによく言う。一結の挙動を面白がってるだろ」
「ふふ。だって新鮮じゃん。中々姿明かすって事ないからさ楽しみたくって。それにそれを言うならふかひれもしてなくない?参考にならないよね」
「は?」
「喧嘩するな。ふかひれはこの後説明するから問題ない」
「えーつまんないなぁ。あ、じゃあさ一結くん」
「はい…」
相変わらず楽しそうに千秋は笑みを浮かべ一結を見る。まだ未知のあやかしだからか一結はそれに僅かに恐怖を感じる
「僕が何か当ててみてよ。ちょっとしたゲーム。誰かに聞いてもいいよ」
聞いたらゲームにならないのではないだろうか
「人に聞いたらゲームにならんだろう、アホか。イカレとんのか」
一結の心の声を代弁してくれるふかひれ、ただし一結はそこまで思ってない
「僕からヒント出す気ないからさ。イカレてないよ。あ、でもふかひれは無理。キモイ」
「誰がお前のこと話題にするか」
「俵。今日は制服じゃなくていいから着替えたら交番裏に集合な。15分以内で支度しろ」
「はい!」
2人の言い争いが終わらぬうちに上司である曽良にそう指示され慌てて一結は立ち上がり自室に駆け出す。どこに行くかも聞かされておらず何が正しい服装なのかも分からぬままにとりあえずやる事を頭の中にイメージさせて体内時計をフル稼働させた
その一部始終を胡乱な眼差しで見つめる駿ケ崎がいた事に気付かぬままに
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