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生活安全局妖二課  作者: 真中祢緒。
第一章 始
2/8

東京都新宿 四ツ谷三丁目交番


春、それは別れの季節


散る桜を悲しむように誰かとの別れを惜しむ


そして反対に咲きほこる桜のように


明るく華々しく、淡い期待を胸に新たな境地へ旅立つ季節




「はぁぁぁぁぁあ…」




淡い期待など俵一結の胸の内には1ミリも存在せず、気慣れたはずの制服もとてもとても重く感じる。

東京入りした昨日は東京駅の人の多さに酔い、乗る電車が分からず迷子になり乗り換えもよく分からず再三迷子になり予定より大幅に遅れて寮入りをした

交番の隣にある寮は通勤の心配がないことに喜ぶべきか有事の際には否応なく駆り出されるだろう未来を悲観するべきなのか…疲れ果てた身体は休息を欲し脳は考えることを拒否するのでそのままベッドにダイブして朝を迎えた



「そういえば、昨日から今の今まで誰にも会わなかったな…?」



そんなこと有り得るのだろうか?と内心思いながらも初日から遅刻は許されないので嫌々ながらにも足を踏み入れた







__コンコンッ



「失礼します。本日より四谷三丁目交番勤務となりました、俵一結巡査です。失礼します」

















寮から交番内へ直通する扉を開けると地元で勤務していた交番と似たような造りの内装がまず目に飛び込んできた。気持ち前よりは広々とした室内で、デスクが向かいあわせで3つずつ並べられ仕切りを挟んだ向こう側は訪れる市民に対応するための応接間と受付台がみえた


中をさっと一望して見えていた人に視線を戻す。デスクに座っていたのは2人。

一人はパッと見警察官に見えないような優しそうな雰囲気の初老の男性。うっすら白んだ眉毛は仙人みたいに長くて子供に人気になりそうだなと言うのが第一印象



そうしてもう1人は黒髪短髪が清潔感を出していて柔らかい笑みを浮かべた男性。その人は背の高い印象を抱いたが、目線が上がることはなくそのまま流れるように車椅子でこちらに向かってきた



「ようこそ、俵巡査。今日からよろしくね。俺は綾戸巡査部長。一応君の教育係かな」


「……はっ!よろしくお願いします!」


「そんな堅苦しくしなくていいよ。ラフにいこう。そしてここの所属長の紫江さん」


「よろしくね、俵くん。期待してるよ」


「え、あ……はい!頑張ります!」



和やかな笑顔に背筋が伸びる。

期待される喜びと咄嗟に思った考えに後ろめたさで胸が苦しくなった




__バンッ!



「所属長!私と駿ケ崎くんは昨日の件の検証に行ってきます……お?」


一結が開けたのとは反対の扉を力強く開けて勢いよく入ってきたのは薄水色のショートカットの綺麗な人。女性に見えなくもないその人は真っ直ぐに外に出ようとした歩を一結を見て止める。濃い菫色の切れ長の瞳に見つめられ思わず息を飲む



「ほぉ、…ほぉほぉほぉ」


「…(え、何?!)」



一結を見て立ち止まると声と同じタイミングで上真ん中下というような感じで舐めまわしてくる。見た目は真剣真面目そのものなのに不躾なその態度は違和感でしかなく、自己紹介もしてもなければされてもない。上司にあたるだろう人に何か話しかけられるはずもなく、気圧されてしまって一結は声が出なかった



「曽良警部鍵忘れてますよー……って何でまだこんなとこいるんですか?いつもなら……あー」


「?!」


曽良警部と名前を呼ばれた空色の麗人は視線だけを声のした方に向ける。すぐに扉を開けてもう1人奥からゆったりとした動作で歩いてくる人影。少しだるそうな声、ひょこりと顔を覗かせてやっと見えたその姿は、頭部が黒くなり始めた金髪にタレ目だけどどこか隙がなさそうな男


また彼もその場に立ち止まると最後の言葉を言った後一結を上真ん中下と言うように見つめてきて、そして沈黙した




「(……何か言ってよ!?俺なんか変な格好してる?つーかなんであの2人制服じゃないの!?)」



警察と言えば青い制服


爽やかかつ目立つその装いのはずなのに


2人はシンプルなスーツスタイルであった(所々着崩していてアイデンティティを出している)



「本当に犬を連れてるんだね、君」


「…へ?」



内心色々ツッコミを入れているとやっと目の前の曽良警部が話しかけてくれた。しかしその第一声に、その言葉の意味を理解した一結は慌てて自身の背後を振り返った



「え?!ウィル!?うそ……実家置いてきたはずなのに」


「キョン」



地元の職場に毎回来るのはもう諦めたが、福井から東京までどれくらい離れていると思ってるんだ。



「最初からずっといたよ?」


「え?!本当ですか…わぁっすみません!今すぐ返して……ひとまず寮置いてきますんで」


「あぁ、大丈夫だよ。守り神様なんだろ?話は聞いてるよ」



なんの不思議もないよと言わんばかりの綾戸に初日からこれではまずいと一人慌てていると、紫江の優しい声が聞こえてそちらを見やる。声同様にその表情は菩薩のように穏やかなものだった


「聞いてる……?」


「うん。港交番の所長さんからね。子供たちにも大人気なんだってね。ここも通学路だから見守ってあげてくれると嬉しいよ」


「キョン」


「ははっいい返事だ」


「……」



自分で言うのもなんだが、交番に犬がいるのはどうだろうか。よく駅とか旅館とかに野良猫が住み着いて招き猫的な感じで人気を博し看板犬ならぬ看板猫になったと話題になることはままあるが



「(仮に看板犬になったとしてもこいつ他所の人にはホント愛想ないんだよな…)」



湊交番にいた時も守り神とは言われていたものの子供たちに愛想良くしていたわけではなく少しのお触りはいいがベタベタされるとものすごく嫌な顔をして中に入っていくし、誰がきてもしっぽ一つ振らない愛嬌のあの字もない犬だ。ここに来てそれが変わるとも思えない




「紫江さんにも見えてんだ……」


「え?」



ポソリと聞こえた声に思わずそちらを見やればバッチリ視線が合わさった。一結より少し目線は高めだろうか。曽良警部の後から来た男は目が合って少し驚いたような素振りを見せたが逸らすことなくそのまま一結を見続けた



「(……に、睨まれてる?)」



逸らしたら負けなのかと思うほどに真剣に


ニコリとも笑わない


思わず敵意はありませんと言う意味も込めて引きつった愛想笑いを浮かべてみるものの同じような愛想笑いは返ってこなかった



「君連れてきたわけじゃないってさっき言ってたけどトランクか何か中に潜り込んで東京まできたってことかな?それとも走って追いかけてきたとか?やっぱり…「はいはい、警部後にしてくださいねーこれから調査だって息巻いてたじゃないですか」


「それもそうか!悪いね、俵巡査。詳しい話は帰ってから聞くとするよ」


「……は、はぁ」




男に背を押され、バタバタと出ていく2人。通り過ぎ際に小さな声でお疲れっすと声をかけてきたから無愛想なわけではないのだろうが、男の方(結局名前名乗らないから分からずじまい)の第一印象は少し怖そうな人、だ。そんな事を一結が思ってる間に室内は静かになって元の穏やかな空気感に戻りつつあった



聞きたいことは山ほどあるがとりあえずはあの二人は誰なのだろうという疑問を解消してもらいたい。そういう思いを込めてこの数分で頼れる人と判断した綾戸に目を向ける



「あの二人は君の先輩になる曽良夕紅(そらゆうひ)警部と駿ケ崎酉丸(するがさきとりまる)巡査」


「駿ケ崎…巡査か」


咄嗟に思ったのは駿ケ崎と同級、だが勤続年数的には先輩ということだ。ラフな感じで曽良警部に接していたからもっと上の階級かと思ったのに同じ階級というのは少々敬いにくい…なと感じる一結


「(こう思うのは第一印象を良くしようとしなかった向こうが悪い)」


「駿ケ崎くんは君の1つ上の先輩で歳も近いと思うし色々関わることも多いんじゃないかな」


「1つ上…」


この場合の1つ上は年齢的なものではなく、警察学校を1年早く卒業してるという事だ(警察官になる為には必ず警察学校を卒業しなくてはならなくて、それは高卒大卒、短大卒どこからでも採用試験に合格すれば通うことが出来る)(Ⅰ類Ⅱ類Ⅲ類と区別がある)

近くて嬉しいと思うべきか、どうあっても先輩であり上司であることには変わらず加えてさっきの態度を見ると仲良くなれるのだろうかと少し不安になる


「まあ立ち話もなんだし今日はここの説明と護身術を伝えるね」


「護身術?」




終始穏やかで優しい綾戸巡査部長

その彼が伝えてくれた言葉に引っかかる単語がひとつ


一結の疑問は聞こえてなかったのか今解消する事では無いとの判断なのかささっと手招きされてさっき曽良巡査が開け放った扉の向こうに案内される。紫江は窓口対応の為か表の方に行ってしまい流されるままに奥の部屋へ

さも当然というようにウィルも後ろをついてくるものだから思わずため息がこぼれた




「(大丈夫かな……俺ここでやっていけるんだろうか)」




あの長閑で平和そうな湊交番が懐かしく感じる。あそこはまさにオアシスだったなと現実逃避していると席に案内されそこに腰かける。一結の思いなど知る由もなくその正面に綾戸は立つと一冊の冊子を渡された


その表紙には"猿でもわかる妖一課・二課の書"と書かれていた



「(一課?二課だけじゃないのか)」


「配属先見てえ?何ここ?って思ったよね。妖なんてそんな非現実的なの」


「はぁ、……えっと、はい」



正しくえ?何ここ?と思った事をこんなに素直に言ってもいいのかと思うが綾戸の邪気のなさそうなでも有無を言わせない笑顔に思わず一結は肯定の意を示す。もしかして、一番逆らってはイケナイ人って……という考えが浮かんだがそれは続く綾戸の説明によって隅に追いやられる



「信じられないかもしれないけどこの世界には、というかとりあえず日本国内には妖が存在します。彼らは基本的には見ることの出来ないものだけどそこに存在し時に人に悪影響を及ぼすことがある。それをどうにかするのが妖二課の主な仕事だね」



渡された冊子の1ページ目をめくると、生活安全部妖一課・二課において次に掲げる事務を司ると書かれていた


一、犯罪・事故その他の事案にかかる市民の安全と平穏に関する事


二、地域警察・その他警らに関する事


三、犯罪の予防に関する事


四、上記に妖が関与する全ての事





「…上記に妖が関与する全ての、こと?」


「そうそう、僕たち警察は県民の命と財産を守るために活動するからね。守ると言っても色々あるから細かく細分化されてて妖課なんだから妖に関することはもちろん全て対応するよ。情報が入ったら調査して妖がいるか確認していたら速やかに対処。いなくてもなんらかの事件事故になりそうならその予防のために対応しなくちゃいけない」


「…それって、細分化されてても現場に行ったら全てこなすって、ことですか?」


「担当課が来るまではそうなるね。僕ら以外は誰が来ても同じお巡りさんだしね。違うから退散~はできないかな」



交番勤めは基本24時間交代制だ

そして仕事も実は多岐に渡る。


基本は管轄区域の治安維持の為のパトロール、、地理案内、巡回連絡、留置管理、被疑者の護送、大小関わらず事件・事故の対応を行う。重大な事件の場合は管轄区域外であっても捜査やその他の雑務で応援として駆り出されることもある


「あ、例外としてここ四谷三丁目交番は皇居警備や国会等の警備は免除されてるよ。その代わり妖関連の事件があった場合全国どこへでも補勤されます」


「全国?!」


「まぁ妖課として拠点をもってるのここだけだからね。地方機関は各管区の警備局に1人か2人いたらい方だからね」


「…へ、へぇ……」


「まあそれも非公式に個人的にお願いしてる人たちだから表立っては動けないんだよね。一応妖課って警視庁管轄で、地方機関は警察庁。上は仲悪いからさ」


しょうがないよね的なオーラとリアクションを見せる綾戸巡査部長だが、一結の脳内は大混乱はてなはてなはてなの大ラッシュだった



いや、言ってることは理解しているのだ

ただそれを認めたくない自分がその話を根本から受け入れ拒否を起こしている状態




「(人に悪影響を及ぼす妖?が実在して?それをなんか知らないけど対処するのがここの仕事で?でも通常の交番業務も並行して行って?かつ各地方で妖関連の情報があったら駆り出される?は?)」



隣では暇そうに欠伸をしたウィルが椅子の上で丸まって舟を漕いでいる。室内とはいえ春の暖かさは感じられる。昼寝にはもってこいだよなと現実逃避をして見たいが目の前にある冊子が逃避を許してくれない


そして、目の前の笑顔爽やかな上司も許してくれない




「妖二課は僕たち含めて4人。紫江巡査長は年齢のこともあって基本所内駐在だからね。事務処理業務がメインだよ」


「…お、俺も……今まで見えたことないんですけど…」


「それは大丈夫。ここに配属されたからにはちゃんとこちら側だから」


「しん、新人でいきなり現場は…それに何をどうすればいいかちんぷんかんぷんだし……」



一結自身、一番謎なのがこれなのだ

生まれてこの方一度も妖の類に会ったことがない。だから自分がここに配属されるのは可笑しいことなのだ。きっと他の誰かと勘違いしてるのだ。そう思いそれならそれで今からでも部署を変えてもらい福井に帰られせてもらおうと思ったのだが



「君湊交番で痴呆で放浪していたお婆さんを保護したよね」


「え、あ、はい…しましたけど」



綾戸は手元の書類を見ながら唐突にそんなことを話し出した。身に覚えのある事だからきっと見ているものは職務経歴書か何かなのだろう



「登下校中に喧嘩してた子供たちの仲裁に入った」


「入りました」


「髪飾りを失くしたっていう女性の失せ物をパトロール中に見つけた」


「はい、写真を見せてもらってたので巡回中に気にしてみてたら土手に落ちてるのを見つけました」


「それ全部妖関連の事件ね」


「は?」


「保護したって言うお婆さんは5年前に既に亡くなっていたよ。あと、喧嘩していたって子供達はそこに住む座敷わらしだった。学校が統合されて住処が被っちゃったみたい。そして俵くんが見つけた髪飾り、それは二口女の後頭部の口を隠すための髪飾りだったようだよ」



語られる内容が頭に入ってこなかった



「え、そんなハズ…だって、普通にみんな話して…」


「湊交番の丸谷さんには遺失物届に来たっていう女性は見えてなかったみたいだし、他の人達も巡回連絡簿に記載がない人達だったって」


「そん、な…」



一結の中で信じていた平穏がガラガラと崩れ落ちる音がした気がした。今まで普通になんの違和感もなく過ごして接してきたそれらが全く異様な光景に見えて仕方がなかった。ということは時分は誰もいないところに話しかけ誰かも分からない人に一生懸命になっていたという事だろうか



なんて、愚かしい行動だろう…



「本来なら警察学校時代に見えるか見えないかの選定をしてるんだけど俵巡査はそこには引っかからなかったみたいでね。急遽の異動になったってわけ。何より全くの無自覚で何ともなく妖達と接して対処してこれたんだ、間違いなく優秀だよ。どうやったか教えてほしいくらいさ」


「はは、…そうですね」




こちらが教えて欲しいくらいだと喉まででかかってなんとか抑えた



「対妖はそんなあっさり解決できるものばかりじゃないからね…」


綾戸巡査部長のその言葉はどこか現実味を感じてしまったから。それは、彼が、自身の足を見つめていたからそう思ったのかもしれない。その動かない足の原因が、きっと妖のせいなのだろうなと一結は察してしまったのだ





あまりにも現実離れしすぎた話は、それでも現実味のあるものばかりで急に当たり前な日常に恐怖を感じた。今自分が見ているものは普通の世界なのだろうか、それとも実は目に見えているどれかは妖なのだろうか

そんな不安がなだれ込んできて、目の前の綾戸すら本当は妖なのではないかと疑心暗鬼してしまう



綾戸は別に何も悪くない


知らなかった事実をただ伝えてくれただけ


丁寧で親切ですらある


だがそうだからこそ恐怖に変わる



呼吸が僅かに浅くなる


ここは山の上かと思うほどに酸素が薄く感じる


指先に力が入らない







「キョン」


「__!」



突如聞こえた高い鳴き声と、指先にふわりと感じた柔らかい毛並み


それに一気に現実に引き戻された気分になって視線を横に向けた



「…ウィル」


いつの間に起き上がったのか、椅子の上に綺麗に座りつぶらな瞳を人むすに向けていた

"大丈夫、落ち着きなさい"

そう言ってくれてるようでひどく安心した。なんでここにいるんだとさっきまで怒っていたのに、今は傍に居てくれたことに安堵している。都合のいい飼い主だなと感謝と謝罪を込めて頭を撫でてやれば嬉しそうに擦り寄ってきてくれた。一人っ子で気づいたらいつも傍にはウィルがいてくれて誰よりも家族のようで兄のような妹のような存在で

これから何がどうなるか分からなくて不安は消えないけれど、隣にこいつがいてくれるなら大丈夫なのではないかと根拠も何も無い自信が沸き起こって内心でありがとうと呟いた


「キョン」


それが聞こえたのか伝わったのか、ウィルは一言返事を返してくれた



「…まあ、とりあえずうちの説明はこんな感じで次は護身術の説明をしてもいいかな?」


「え、あ、はい」



百歩譲って妖がいることは認めよう。そしていつかその妖と関わるのならば人ならざるものとの対峙はもちろん危険と隣り合わせなのだろう


護身術とはすなわち身を守る術だ


警察学校で柔道空手等は一通り習ってるがそれが果たして妖相手に役に立つのだろうか



「妖課の人間は全員必ず覚える簡易結界。妖と対峙した時にも使えるし、一般市民を守る時にも突然使える。そして、結界的な使い方とは別にねこだまし的攻撃にも使える。まぁねこだましだから初見少し脅かす程度ね」


綾戸はそう言って両手のひと人差し指と中指だけを伸ばした状態で胸の前で交差させた


「こうやって九字を切る。九字切りって言われる護身法。この状態で呪文を唱える」






臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前








唱え終わった途端、綾戸の周りの空気が研ぎ澄まされたような感覚がした

辺りが浄化されたような、どこか圧迫を感じるそれは一結と綾戸の間に壁ができたような感覚で




「…あれ?なんか透明な壁、あります?」


「そうそう、それが九字切りの結界ね。呪文唱えてる時にどういう結界を作りたいかイメージするといいよ」


ちゃんと見えてるねーと言うのどかな声が聞こえてきてそれに確かに…と自分の順応能力の高さに驚いた。妖がいると言われたらそうなのだと素直に認識できることは凄いことなのか、だがこれで完全にここの配属が間違いでないことを自ら認めてしまった様なものでとほほと涙が出そうになった




「じゃあ俵巡査もやってみようか。習うより慣れろってね」


これが簡易だと綾戸はいっていたからもっとちゃんとした呪文や印の結び方があるのかもしれない。そういう未知のものを学ぶわくわく感が胸の内を燻ってるのをもう認めざるを得ないが、自分に出来るのかという不安も混ざりあってる


ドキドキと胸の鼓動を全身で感じながら、さっき見た通りに胸の前で両指を十字形に合わせる





「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」




緊張した固い声が聞こえてくる


自分の声はこんなんだっただろうかと思いながらも頭の中ではどんな結界がいいかをイメージする


あんまり大きすぎてもいけないから自身の周りだけを覆うカプセルのようなものがいいだろう


そのイメージを強く抱いてゆっくり目を開けた
















...














「…あれ?」



隣でウィルの欠伸の声が聞こえた


目を開けた先には薄青色の膜が覆っているかと思ったが何も変わらない

結界らしい結界はどこにも展開されておらず、何も変わらない現実がそこにあるだけだった




「あれ、おかしいな……」



困った声を上げる綾戸に申し訳ない気持ちでいっぱいになった

優秀だと言ってくれた人を現在進行形で困らせている

優秀のゆの字もないセンスのなさにもう穴があったら入って上から土を被せて窒息したくなった



「す、すいません……」




恥ずかしさと情けなさで目の前が涙で滲んで何も見えなかった



だから、一結は気づかなかった


静かになった綾戸とただの愛犬であるはずのウィルが互いに見つめ合い


何かを探りあっていたことを……
















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