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司祭の務め19

※ お風呂シーンですが全く色気ないのでご安心を。(苦笑)


 ここ、古きみみずく亭のお風呂は、泊まる部屋とは別棟だ。

短い渡り廊下を通ってお風呂のみの建物へ。

食事中に宿の人と交渉も終わっているので、これから一時間ほどは私とイリアスの二人で占有できる。

一度に十人入ろうと思えば入れる広さとの話なので、かなり贅沢な状態だよね。

ちなみに追加料金はかからなかった模様。

……というより、元々時間単位で部屋ごとに貸し切りなんだそうな。

確かに四部屋しかないし、上手くやりくりできるなら理にかなっている気がする。

 入ってすぐのところには、長椅子などのあり寛げる部屋があり、その奥に脱衣室。

そこだけでも私たちの部屋と同じぐらいの広さがあるし、ログハウス風に整えられていて居心地良さげだ。

脱衣所も清潔で大きな鏡など、女性客が欲しいと思う物は全部そろっていた。

やっぱり、この宿、かなりお高いんじゃないかなぁ……。

 見た目の麗しさとのギャップが激しい大雑把さで、さっさと身一つになったイリアスが「お先ー!」と言って浴室に入っていった。

私は脱いだものを畳んだり、出た後に着る物を出したりしているうちに置いていかれていた。

浴室に入れば、柔らかな温かさと湿度が、ふわっと体を包んだ。

その心地よさに、つい表情が緩む。


「早く洗って入りにおいでよ」

「……イリー、早いよ!」


 浴室の奥の方、窓辺の浴槽の方で呑気に手を振っている。

洗ったらしい銀髪を無造作にまとめて、体は全く隠していない。

女の私が見ても綺麗だと思う体のライン。

前線で戦ったりもするのに華奢で、でも折れそうとかそんな不安はない。

すらりとしなやかで、理想的な形で筋肉が付いている。

羨ましいとかを越えて、あぁ、綺麗だな、と。そんな感じだ。

同性なのに一瞬見とれてしまってから、私は洗髪を行い、体を洗った。

鏡に映る自分の体は年相応に緩んでしまっているし、そもそもそんなに華奢でも美しくもない。見苦しくはないだろうが、あー、老けたなぁと鏡の中でつい苦笑いした。

最後に丁寧に洗顔もして、髪をまとめればイリアスの方に行く。


「いらっしゃーい。少しぬるめで気持ちいいよ」


 こいこい、と浴槽の奥の方から手招きされた。

湯に足を付けて温度を確かめ、手すりを掴んでゆっくり入る。

そのまま呼ばれるままに寄っていけば、来た来た、と楽しげなエルフに迎えられた。


「気持ちいいね。こういうのいつ振りだろう」

「グレンダはずっと村だものね。そのうちまた一緒にあちこち行こう。温泉、他にもいいところを知っているよ」

「……そう、だね」


 ぬるめのお湯でもすでにかなり温まっているのか、いつもより頬の赤いイリアスが笑う。

つられて、私も頷いた。それは、かなり難しいって知ってもいるけれども。


「よし、ちょうどいいから今、確認しちゃおう」

「うん、お願い」

「背中、見せてー」


 綺麗に真四角な石を並べて作られた浴槽の縁にまたがるようにして座って、イリアスが、さぁ、おいで、と促す。

私は彼女に背を向け、足は斜めに湯につけたまま縁に座った。


「触るよー」


 少し間延びした声と共に、背に指を這わされる。

正しくは、背に薄く浮き上がる樹の枝に。

旅ガラスで一所に定着しないイリアスが、毎年同じころにモーゲンにやってくる、理由。

村の雰囲気が好きとか、村で採れる黒イチゴが好きとかそういうのも、もちろんあるだろうけれど。

毎年、私のこれを確認しに来てくれているのだ。

 肌の色よりやや白く、木陰にできる影の濃淡を逆にしたような感じだと見た人は言う。

それは、けして見苦しいものではなく、むしろ綺麗だと。

ただ、一目見たら、それが人の体にあっていいものではないと本能的に分かるんだとも言われた。

残念ながら、私自身は場所的に自分の目で見たことはない。

私の背で、ゆっくりと成長を続ける、樹。

それを実際に見て知っているのは、私がこれを背負うことになった時に立ち会った数人と、村では何かと世話を焼いてくれるハンナだけだ。

リドルフィは当時以来見ていない……はず、だ。


「……大きく、なっている、ね。成長している。最近何かやった?」

「少し。必要に迫られて奇跡が一回。場の浄化は二回」

「おばかっ」


 ぺち、と、軽く叩かれた。


「浄化はともかく、奇跡はこうなるってわかってたでしょ」

「うん……、でも、後悔はしていないよ」

「グレンダは後悔しないかもだけど、私は心配するの!」


 背骨を辿って、肩甲骨の間より少し上にイリアスの指が触れる。


「もう、ここまで来ているからね。本当にあと僅かしか残っていないよ」

「うん……」


 首の付け根当たりに触れ、葉はここまで、と。

彼女の指は更に肩甲骨の上を辿り、二の腕の半ばまで確かめるようにいった。


「……枝はここまで。葉も増えている。ここより短い袖は見えてしまうと思う。肩のこの辺も葉があるよ。背中はもう一面、かな……。色は相変わらず肌より少し白いままだから、最後までこの色なのかも」


 ゆっくりと私の背に手を這わせ、丁寧に確認していく。

声はいつもと違い、至極真面目で淡々とはしているけれども。


「……グレンダ。痛くはない、のね?」

「えぇ」

「苦しくもないね?」

「うん」


 頷くのを確認してから、そうと労わるように一度離れた彼女の手が私の前に回り、背から抱きしめられた。

私のうなじ辺りに顔をうずめて、親友が小さく呟く。


「こんなの、やっぱりおかしい。私は嫌だよ」

「ごめん。でも、私はあの時の選択を後悔してないよ、今も」

「あれしかなかったって分かってるけど……! 私は、嫌だよ」

「ごめん」

「首まで来てるの、リドに、言いつける」

「……それは、困るなぁ」


 もっと過保護になってしまう、と、笑う。

もっと雁字搦めにされて甘やかされればいい、と、イリアスが言う。

もうすでに、そうなっている気がしなくもないんだけども。


「まだ、大丈夫。……でも、その時になったら見届けてね。イリー」

「……」


 何百年も生きるエルフのイリアスに見届けて貰えたなら、私たちがやったことを、きっと未来に連れて行ってもらえる。

返事の代わりなのだろう、ぎゅぅと抱きしめられて。

私はその手をぽんぽんと軽く叩く。


「私は先に出るね。お酒が待ってるし! グレンダはちゃんと肩まで入って百数えてから出てくるのよ」

「……子どもじゃあるまいし」

「私からしたら、グレンダも、リドも、子どもみたいなもんだよ」


 ぱっと手を離して、イリアスはぱちゃぱちゃとお湯の中を歩いていく。

八十年生きるかどうかの人間の身では、四桁生きられるエルフにそう言われて敵うわけがない。

はいはい、と素直に頷けば、私はゆっくりとお湯に体を沈めた。



旅なら温泉だよね、と、単に私の温泉入りたい欲から温泉宿です。

露天岩風呂が好きだけど、流石に変かなということでログハウス風になりましたとな。

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― 新着の感想 ―
背中に樹! しかも神聖力を使うと成長する……!? 神話の世界樹と繋がってしまっているのか、何かを肩代わりしてしまったのか。 元からグレンダ様には、明るくて優しくて頼もしい姿なのに、どうしてもぬぐい去れ…
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