司祭の務め18
その後も、特に問題が起きることもなく、余裕を持って日没前に今日の宿泊地に着いた。
まだ、商人などが毎日行き来している街道を、ただひたすら進んできただけだからね。
魔物に出くわしたり、山賊が襲って来たりなどのトラブルもなく、平和で長閑な道行だった。
今日の宿泊は、街道からやや東に外れたところにある小さな宿場町、ポロ。
町自体はとても小さく、宿が十軒ほどと雑貨屋があるだけという。こじんまりさ。
しかし、ここには他にないものが一つある。
それは、温泉だ。
湧いている乳白色のお湯はややぬめりけがあり、比較的温め。
体をじんわり温めてくれるため関節痛などにも良いし、美肌効果もあるとのこと。
王都からの距離も程良いおかげで、南方面へ旅をする時、貴族や裕福な商人をはじめ懐に余裕がある人が選ぶことの多い宿場町だ。
どこの宿にも自慢の浴室があるし、富裕層の利用が多いこともあって部屋も食事もいいらしい。
いいらしい、というのは私も来たのは初めてだから。
泊まる宿はポロの中でも奥の方にある小さな宿で、今日の宿泊客は私たちだけだそうだ。
わざわざ貸し切りになるよう手配してもらったのかとリドルフィにこっそり聞いたら、なんてことはない部屋数が四つしかないのだそうな。
そのうち三つをうちが借りて、残る一つは予約が入っていないので恐らく貸し切りになるだろう、と。
荷物をおいたら食堂に落ち合う約束をし、それぞれ部屋に向かう。
私はイリアスと二人部屋。
男性陣は体格を考慮して騎士二人とリドルフィ。そして、司祭二人とイーブン、魔導士という組み合わせらしい。
確かに騎士部屋は三人ともがっちりと筋肉質で体格がいい。四人部屋に四人だと息苦しそうだ……。
「おぉ~~! いい部屋だ」
「これは、素敵だねぇ」
チェックインを済ませ、割り当てられた部屋。
渡された鍵を使い、扉を開け部屋を覗き込めば、イリアスが嬉しそうに笑った。
二人部屋だけど、そこそこの広さがある。壁は木目がそのままで、斜天井には天窓がついている。
ベッドは大きめでリネンは薄い緑色を基調として品良く揃えられている。
窓からは外の森が見えていて、全体的に爽やかな印象だ。
貴族向けではないと聞いていたし、控えの間などはないようだから実際違うだろうが、それなりにお高い部屋のような気がする。
遠征中の宿泊は全て経費で出るとのことだけど……いや、何も言うまい。
滅多にない機会だから、しっかり堪能させてもらおう。
「あ、そうだ。折角だから浴場も使わせてもらおう。貸し切りさせてもらってさ!」
「……そうねぇ。確かに大きなお風呂は気持ちよさそうだね」
「うんうん。追加料金って言われたらリドに出させよう!」
イリアスが、ちゃっかり何か言っている。
私は人目に肌を晒せないけれど、どうせ女性客は私たちだけだし、頼めそうならありだね。
イリアスなら、こちらの事情を知っているから一緒でも問題ない。
温泉、温泉、とでたらめに歌うイリアスの歌を聞きながら荷物をチェストに置き、ローブを外す。
法衣の上着部分も脱いでしまえば、かなり体が軽くなった。
ハイネックのインナーと、スカート。どちらも法衣の一部なので真っ白だが上着さえなければかなりラフになる。
荷物から薄手のストールを引っ張り出して肩にかければ、私の準備はおしまいだ。
上着をハンガーに掛けながら振り返れば、イリアスも胸元だけの軽鎧と膝当て、肘当てを外し、身軽になっていた。
ほぼ安全だろうって言われている街道でも何かあったら困るからね。
フルプレートは大変過ぎるからライナスは着用していなかったけれど、皆それぞれにいつでも戦おうと思えば戦えるぐらいの恰好ではいた。きっと今頃、男性陣も各自部屋で少し楽な格好になっていることだろう。
「夕飯、なんだろうね」
「お昼が肉だったから、出来たら魚メインとかがいいなぁ」
「グレンダ、おばあちゃんみたいよ?」
「私も歳を取ったの! あなたと違ってもう若くないの!」
エルフは長寿種族。長い者は四桁もの年数生きるそうだ。
イリアスは比較的若いと以前聞いたけど、それでも軽く私の年齢は超えている。
会ったばかりの頃は私より年上に見えたのに、今では逆転して久しい。
あの頃から全く変わらない容姿はちょっと羨ましい。
まぁまぁと笑う相手を軽く小突いて、部屋を出る。
……鍵は、私が持っていた方が良さそうかな。お酒も出るだろうし。
その日の夕食はコース料理だった。
といっても、一人ずつに盛られていたのはオードブルとスープだけで、他は大皿だったけれども。
楕円の大きなテーブルに皆で座り、どんどん出される料理を給仕の人がそれぞれの皿に取り分けてくれる。
取り分けて残った分はおかわりしたい人が自分で取るスタイルだ。
折角だから全種類試したくて、どれも少量ずつ貰っては舌鼓をうつ。贅沢だよね。こういうのも。川魚のソテーや、炒め野菜、小麦粉で作った皮に色々な餡をいれた蒸し物。どれも美味しかった。
私は弱いので食前酒を舐めた程度だったが、他のメンバーは楽しそうに飲んでいて。
お互いに情報交換しつつ交流を深めている様子に、私は目を細める。
デザートの果物も頂いて、お腹いっぱいになった。
「……眠くなってないか?」
「まだ大丈夫。温泉も楽しみだし」
こちらの様子に気が付いたのか、横にいたリドルフィが声をかけてきた。
「どうせみんなまだ飲んでるから、先に行ってもいいぞ」
「そうしようかな。イリー、お風呂いこう」
「えー……もうちょっと飲みたい……」
「お風呂出た後もこの人たちきっと飲んでるから」
「ん。間違いなく飲んでるな」
「ならいっか、……それじゃ、ちょっと行ってくるわ~」
テーブルの逆側にいるイリアスに言えばそんな返事。
見れば、顔が真っ赤になっている。どれだけ飲んだやら。
すくっと立ち上がるのを目で追っていれば、すぐ横までやってきて腕を掴まれた。
そのまま私も強制的に立たされて、連行されるような感じで促される。
多分、早くお風呂を済ませて飲みに戻ろうって算段なのだろう。
「では、お先に。私は寝てしまうかも。おやすみ。良い夜を」
なんとか挨拶の言葉を皆に向ければ、それぞれから、軽く手を振られたり、「おやすみー」なんて返事と共に見送られた。
お高め宿の夕ごはん。
フレンチとは書けないし、懐石料理も違うし、どうしようかなーと思った時に出てきたのは中華でしたとな。
小麦粉は普通に使われている世界だから、飲茶っぽいのもありそうかな、と。




