食堂のおばちゃん8
「あれ、今日は森を見に行くんじゃなかったのかい?」
思わずそんな風に訊くことになったのは、ランチタイムより少しばかり早い頃合いだった。
いつものように昼の準備のついでに夜の仕込みをしていたら、食堂の扉が開いた。半分条件反射で私は顔をそちらに向ける。
「あぁ、見に行ってきた」
そう言いながら入ってきたのは村長のリドルフィだ。
いつものシャツにズボン、サンダルのラフな格好ではなく、探索用に厚手の服の上からしっかり革の胸当てを身に着け、左手にはごつい手甲、腰には帯剣している。その鍛え上げた大柄な体躯もあってやたらと存在感がある。無精髭や男臭さも相まってやっぱり村長というより山賊……それもその頭領か何かのようだが……、多分、そこは指摘してはいけない。
「おばちゃんー、先にお水一杯ちょうだいー、疲れたー……」
「あ、俺も欲しい!」
「俺のも!」
「すみません、僕も……」
壮年マッチョの後ろから入ってきたのは栗毛に焼けた肌、そばかすまで妹のリンにそっくりなジョイスだ。彼もリドルフィ同様武装している。獲物は剣ではなく短剣と弓。
しかも、さらにその後ろから駆け出し冒険者三人組もついてきていた。
「あなたたちはカエルはどうしたの」
「しばらく休みっす」
「……え?」
五人分のコップに水を注いだものを盆に用意しつつ問えばそんな言葉が返ってきて。
なんとなく不穏なものを感じた私は視線をリドルフィに向ける。
コップがのった盆を差し出せば男は一つ取り、それを一気に飲み干した。
「森に、ちとまずいのが居る」
他の四人もそれぞれにコップを受け取って飲む様子を視界に入れつつ、私は続く言葉を待った。
難しい顔をしている村長の言葉を継いで、次期村長候補のジョイスが説明を続ける。
「えーっと、柵を壊したのは小物の魔物だったよ。イノシシが変化したやつ。そいつは問題なく討伐したんだけど、どうやら他のやつに森の奥から追いやられて出てきてたみたいなんだ」
これぐらいの魔物だった、と、倒した魔物の大きさを手で示してくれる。
牛よりは小さいが、羊よりは大きい。
ジョイスはなんてことはないという風に話しているが、普通は村人が倒せるサイズではない。冒険者に討伐を頼むような話だ。うちは下手な冒険者よりも腕が立つ村長がいるから、冒険者ギルドに依頼も出さずに自分たちで片付けてしまうけれどもね。
「森の奥に、少なくとも全長四メルテ以上の何かが通った痕跡が残ってた。師匠がいくら強くても俺らだけじゃ手が足らないんで、とりあえずこの後ギルドに人借りに行ってくるよ」
「……ひよっこどもは危ないから回収してきた。カエル沼からは少し距離があったが、万一があっても良くないしな」
「……ひよっこじゃねぇよ………」
リドルフィにひよこ扱いされたバーンが下唇を突き出してる。
その様子に気が付いたアレフが横から小突いていた。
やい、ひよっこ!とか揶揄っているけど、そのひよっこには彼自身も含まれているの分かってるのかね。
「……前のビッグホーンより大きそうだね」
「あぁ。一頭だけなら俺だけでもやれなくはないだろうが」
「安全にやるなら中堅より上が数人欲しいところかねぇ」
「イリアスのやつが居れば楽なんだがなぁ」
「そろそろ来そうな時期だけど、今年はまだ便りも来てない、どうしたかしらね」
「あいつのことだから、くたばってはいないだろうが……」
中年二人が話しているのをうんうんとジョイスが頷きながら聞いている。
クリスが、一頭なら村長さん一人で狩れるんだ……と恐々とリドルフィを見ていた。うん、その人は見た目通りにちょっと規格外なんだよ。
「すまん、少し早いが飯を出してくれると助かる」
「はいはい。……あぁ、あなたたちは後で休みの間の仕事を斡旋してあげるよ。魔物が片付くまで暇だろう?」
「あ、グレンダさん、僕、配膳手伝います」
「ありがとう。そしたらこっちにおいで」
手伝いを名乗り出てくれたクリスに手招きした。カウンターで待っていてもらえば、私は厨房へと戻る。
話し込み始めたリドルフィとジョイスに、大型の魔物の話に興味があるのかアルフとバーンが食いついている。その様子をちらりと見てからクリスが、もう一度、私の方を見た。
「……あの、グレンダさんもビッグホーンと戦ったんですか?」
「……ん? あぁ、最近はここで留守番してるけどね。大昔になら何度か」
苦笑を浮かべ肯定すれば、そうなんですね、としみじみと頷かれた。
どうやらこの少年はビッグホーンを知っているらしい。
ビックホーンは、その名の通り大きな角をもった鹿型の魔物。大型としては割と出現が確認されている種類だ。
クリスは魔法学校出身だって話だから、授業で習ったのかもしれない。
「そう言えばダグラスさんが、グレンダさんはすごい冒険者だったって……」
「……あの人は何を喋ってるんだか」
目をキラキラさせる少年に、冒険者ではあったがすごくはない、と、私は肩を竦めた。