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司祭の務め14


 アメリアの店を出て、広場の方へとのんびり戻る。

途中でなんとなく覗いた雑貨屋で小さなタオルや、食料品を多く扱う商店で小さな缶に入った飴、一回分ずつに分けられた茶葉を購入した。

どれも遠征中の自分へのご褒美みたいなものだ。

村に帰った後に使いたいものは、旅から戻ってからまた買えばいい。

 若かった頃は随分旅もしたけれど、ここ二十年はさっぱりだ。

あの頃を思い出して、あったら嬉しいものをちょこっとずつ用意する。こんな風に自分を甘やかすのはきっと歳をとったからこそ。

 旅程の途中までは馬車での移動で、街道沿いの街や村で宿泊だ。

最後の方、まだ復興していない旧ヴェルデアリアの地域に入ってからは、馬車を途中の街に預け、馬での移動になるらしい。

当然、その辺りには宿なんてあるわけがないから、野宿が予定されている。

……昔なら、野宿なんて言われると貞操の心配などもしたけれど、この年になるとそんな乙女な心配事なんて考える必要もなくなってしまった。そんなことより同行者のいびきで眠れないんじゃないかとかそっちの方が気になる。

あぁ、そうか、ついでだから耳栓用に綿も買っておくのはありかもしれない。


 王都の中は、平和だ。

冒険者が足らないほどに魔物が増えているなんて様子は、みじんもない。

歩いている人たちは、今ここに魔物が出てくるなんて思いつきもしていないし、広場は笑顔で溢れている。

モーゲンの村もだけど、人の住む場所として安全で心配は必要ない。

守られている現状を当たり前として生活している人も多い。

その裏で、今も魔物と戦っている人たちもいるし、その後の対応に追われている人もいる。

リドルフィなんかは典型的な後者だ。

 では、私は?と、問われると困ってしまう。

本来はリドルフィと同じように後者のはずなのに、現状は守られる側にいることの方が多い。

そのことを甘受していていいのか、時々自分でも悩みこんでしまう。

しかも、悩むことで自分に言い訳をしているようで……そんな風なところまで思考が行ってしまうと、しばらくぐるぐると考え込んでしまって抜け出せなくなってしまう。

そんなだから、あの人は過保護にあれこれ私の世話を焼いたりするのかもしれないね。

古い約束なんてもうとうの昔に時効だっていうのに、今も当たり前のように常に一歩手前で私を庇う様子に、申し訳なくもあり、時々腹立たしくもある。

自分の人生をもっと大事にして欲しい。

確かに私は人と違うものを背負ったけれど、それは私自身の問題でリドルフィの問題ではないのだから。何もこちらに付き合って得られたはずの幸せを手放さなくても良かったはずだ。

……あぁ、良くないね、なんだかイライラしてきた。


「……っと」


 手芸屋を通り過ぎていて、慌てて引き返す。

アメリアの店と同じぐらいのこじんまりした手芸用品店は、入ってみたら布地や毛糸がこまごまと飾られていて中々に可愛らしいお店だった。

綺麗なボタンや色とりどりの縫い糸、裁縫のための道具がところ狭しと並んでいるのに、散らかっている感はまったくない。テーブルにはビーズの小瓶が大量に並べてあるし、様々な色のリボンが並んでいるのも可愛い。

そんなお店に負けず劣らず可愛い雰囲気の小柄なおばあちゃんが、どうやら店主さんのようだ。


「いらっしゃい」

「すみません、綿とかってありますか? 少量でいいのだけども」

「何に使うんかい?」


 こてっと横に首を倒しておばあちゃんが訊く。

よく見たらクリーム色の髪に紛れて小さな角がある。羊……の獣人さんかな。

グラーシア王国は人が作った王国だから他の人種はあまり多くはないけれど、差別や迫害もないので王都や大きな街ではドワーフやホビット、獣人なんかもそれなりの数いる。

イリアスみたいなエルフは元々の人数が多くないので珍しいけれども。


「……実は、物を作るためじゃなくて、耳栓用にしたいのだけども……」


 こんな可愛いお店のものなのに、耳栓用なんて言わなきゃならないのが少し恥ずかしくて私はちょっと小さな声になってしまった。


「まあ、耳栓! ふむふむなるほど。……そうねぇ、普通の真っ白な綿とか羊毛でもいいけど、そしたら、えーっとどこにあったかしら……」


 奥の方から出てきて、店の中を歩きながらおばあちゃんがいくつかの棚を覗き込む。

やがて探し物が見つかったのか、小箱を持って私の方へとやってきた。


「こんなのはどう? 耳栓用ってわけではないのだけども、お耳にも入るんじゃないかしら」


ぱかっと箱を開けて見せてくれたのは指ほどのサイズの羊毛で作られた玉。

同じ色がないぐらいカラフルで、どれも、もふもふと柔らかそうだ。


「これは?」

「余りの羊毛でつくったぽんぽんなの。どうしても半端で残るのが出るからそれをまとめて、ちょっと固くなるように細工してね。飾りにしたら可愛いかなってとっておいたものなのだけども」


ほら、こんな風に、と同系色のそれをいくつかまとめて作ったらしいコサージュを見せてくれた。

ミモザの花を模していて胸元や帽子などに付けたら良さそうだ。


「……かわいい!」


 つい声が零れれば、そうでしょうそうでしょうと嬉しげなおばあちゃん。

ちょっと待っていてね、と言われて何を始めるのかと見ていれば、淡い青色の組紐を出してきて両端に同じ系統の毛玉を三つずつくっつけた。それをはい、と私に差し出す。


「これなら普段は髪紐にもできるし、耳栓が欲しい時には両端をお耳に入れちゃえばいいわ~」

「え、あの、おいくらでしょう?」

「いいのいいの、あげるわ。元々売り物じゃなかったし、面白いものを作らせてもらったもの。これ、売れるかしらねぇ。たくさん作って並べてみようかしら」


いきなりその場で作り始めたこともびっくりだし、楽しげにいうことにもびっくりだし。

驚いて目を丸くしていれば、ぽんぽんと肩を叩かれる。


「あなた、ちょっと疲れた顔してたからね。おばあからプレゼントよ」

「……あ、ありがとうございます」

「あなたに光のご加護がありますように」


ごく自然に祈りの言葉を贈られて、うっかり涙ぐみそうになった。

私は何度も何度もお礼を言って、おばあちゃんの手芸店を後にした。


現世でいうところのフェルト羊毛ですね。

書き始めるまでまったく頭になかったエピソードが気が付いたら出来上がってました。

羊なおばあ、どこから出てきた……!?

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