司祭の務め9
「おかえり」
「お疲れ様です」
カイルたちのところに戻ってくれば、労うような眼差しで迎えられた。
すでに四人診た後だからか、私の護衛殿は微妙に心配しているような気配を漂わせている。
だから、過保護だって……。
介助して貰ったようで、カイルは枕をクッションにしてヘッドレストに背を預けて座っていた。
バーンとアレフはその隣のベッドに並んで座り、リドルフィはカイルのベッドの足の方に座っている。
私と一緒に移動してきた看護職員に、ここは大丈夫だと頷いて見せれば、彼女は先に治癒した司祭たちの様子を見に行った。
私は置かれていた丸椅子を引き寄せ、カイルのベッドの隣に腰を下ろすと、はい、と手を差し出す。
「カイル、浄化してしまおう。手を借りるよ」
「はい、お願いします」
……と、返事はしたものの手は自由に動かないらしい。
こうなると予想していたらしいリドルフィが腰を浮かせて手伝い、カイルの手を私が届きやすい位置に動かしてくれた。
「……すみません」
「気にするな」
「これぐらいならすぐ治るよ」
診たところ、カイルの汚染量はシエルと同じぐらいのようだ。
先ほどと同じように呪文を唱えれば、淡い光が長身の剣士を包んだ。
「おぉぉぉ……」
「おばちゃん、すげぇ……」
若い二人が、いまいち語彙力が足らなそうな感嘆の声を上げる。
私は思わず苦笑を浮かべる。
「はい、これで大丈夫かな。動くね?」
光が治まればカイルの手を離して、確認してみて、と促す。
ふぅぅと息を吐いたカイルが、ゆっくり手を握ってみたり開いてみたりするのを見て、バーンがまた、おぉぉ、と声を上げていた。
もしかして。気のせいじゃなかったら、この子たちは治癒魔法を間近で見るのは初めてなのかもしれないね。
王都などで普通に生活していたら、治癒魔法や浄化魔法のお世話になることはあまりない。冒険者ではあるが、彼らはまだ、うちの村での依頼が初めての依頼だったぐらいの駆け出しだ。冒険者の訓練校にいた頃だって、それほど大きな怪我はしないで済むようにされていたはずだ。
「ありがとうございます。動きます」
カイルが、にっこり微笑んだ。
「それじゃぁ、そっちの2人も手をお出し」
「はい」「はーい」
目がキラキラしている。そんなに期待されても困るのだけども。
確認してみると二人とも指先が少し黒く染まっているだけだ。
すこぶる元気に見えるし、一緒に汚染されたのだろうカイルに比べると随分差がある。
わくわくしている少年たちの手をそれぞれに左右重ねさせて、更にその上に私の左右の手をそれぞれに重ねる。
これぐらい軽度なら二人いっぺんに浄化できるので、まとめて、だ。
先ほどルカに施したのと同じ簡易呪文を唱えれば、ふわっと彼らの手先だけに軽く光が舞った。
「はい、おしまい。黒くなくなったね?」
確認するように言えば、あまりに簡単だったからか、不満ありげな顔をされた。
いや、だから、期待し過ぎだよ。
ベッドの間に置かれた椅子に腰を下ろし、三人の顔を順に見て。確認する。
「症状からして、回収用の手袋と魔封じの瓶を支給されて、浄化された場に残っていたあれの回収に行き、カイルが瓶に回収、三人で交代に持って帰ってくるよう指示されたけど、ほとんどカイルが持っていた……で、認識はあっている?」
「おばちゃんすげぇ、あってる!」
「当たり!!」
「はい。すみません。その通りです。この依頼を見つけてちょうどいい機会だと思って受けたのですが、黒化のキツさまで味わわせたかったわけじゃないので。私なら多少は耐性もありますし」
「ゲンコツは、すでに落とした」
「えぇ。リドさんに叱られました」
説明するカイル。それに続けて厳かに宣言するリドルフィ。
バーンとアレフの手前、真面目な顔はしてみせているが、リドルフィは先ほどまでと違って怒っている風ではなくて。叱られたと言うカイルの方も苦笑している。
「無茶しないように。……本当に、このタイミングで私が来ていて良かった」
「はい、ありがとうございます。……少し、懐かしいですね。このやり取り」
「そうね。カイルと初めて会った時もこんなだったね」
「もう十五年ぐらい前になるのか」
「えぇ」
昔のことを思い出してしまったのは私だけではなかったらしい。
「カイル師匠とおばちゃんたちが出会った頃……?」
「うわっ、気になる!」
冒険譚でも聞けると思ったのか、バーンとアレフが食いついた。
……というか、いつの間にカイルを師匠って呼ぶようになったんだか。
「昔、私が君たちぐらいだった頃に、やっぱり汚染されてしまったことがあるんだよ。……って、話し始めてしまうと長くなってしまいそうですね。グレンダさん、このお礼はまた後日。リドさん、まだこの後用事があるんでしょう? 行ってください」
「あぁ、来てすぐにあれの浄化をして、ここに来たからな」
「えぇぇぇ……。オアズケかよ!」
「二人が行った後に話してあげますよ。まず見送りましょう」
「はーい」
リドルフィが、カイルのベッドから立ち上がる。
私も椅子から立ち上がれば、三人に向き直る。
「話ぐらいはしていてもいいけど、三人とも今日はまだ安静だよ。カイル、あなたは一か月は魔素溜まりには近づかないように」
「……はい。リドさんたちの遠征についていけないのは悔しいですが」
「次の時は頼む」
リドルフィが、浄化の旅に出ることを先に話していたらしい。
確かによく知っているカイルが同行者なら随分と助かったのだけど、この状態では連れていけない。
「おばちゃん、またな。リドのおっさんも!」
「おぅ、カイルからしっかり教わっとけよ」
「治してくれてありがとう!」
「ん。しっかり休むんだよ」
人懐っこくにぱっと笑う少年の頭をリドルフィが乱暴に撫でている。
明るい彼らの様子に、私はちょっと救われた気分になった。




