司祭の務め8
マルティンにも、ウィリアムと同じように浄化と治癒を施した。
こちらも、後は本人の生命力次第だ。
ちゃんと戻っておいで、と、祈りを込めて、術のために出した彼の手を上掛けの下にしまう。
意識のない二人への処置が終わり、少しほっとする。
まだ予断は許さない状態ではあるが、最悪の状態は免れたはずだ。
本当に手遅れの場合は私の術でも効かないが、二人とも目に見えて回復している。
意識さえ戻れば後は何とでもなるはずだ。
衝立を一つ戻って、寝たきりになっているものの意識ははっきりしている司祭の元へ行く。
そこでまた顔見知りを見つけて、私は眉を寄せた。
「……シエル。あなたもなの」
「グレンダさん、手間かけてすみません。私はまだ大丈夫なので隣のルカを先に診てやって貰えますか?」
「いや、どっちにしても全員診るのだけども」
「あ、ここの衝立退かします。ちょっと待っていてくださいね」
看護職員がシエルの言葉を受けてぱたぱたと動き、隣のベッドに居る人と少し話してから、間にあった衝立を退かした。
彼女が退かしてくれた衝立の向こうには、バーンたちと同じぐらいの年頃の少年がベッドの縁に背を預けて座っていた。シエルの言うルカという名の見習い司祭だろう。
「……シエル司祭、ダメです! 僕の方が軽症なんだから先に浄化してもらってください!」
「いや、しかしだね」
「しかしもなにもありません! すみません、シエル司祭を先にお願いします!」
「二人ともお静かに。とりあえず順番通りやるよ。シエル、あなたから」
埒が明かなそうなので、二人の会話に割り込んで勝手に決める。
起き上がることも出来ないシエルの方が、見習い司祭君より重症なのは間違いない。
何か言いたげなシエルにダメ、と私は首を振って、上掛けをめくる。
確認すれば、顔はまだ普通の肌の色だったのに対し、手は腕の半ばまで黒く染まっていた。おそらく足も膝より上まで黒化しているのだろう。これでは動かすことも出来ないはずだ。
先ほどウィリアムとマルティンにしたのと同じようにその手をシエルの胸の上におき私の手を重ねて、呪文を唱える。
その様子をルカと呼ばれた見習い司祭がじっと見つめている。
「あぁ…………」
術の光に包まれた状態で、シエルが息を吐きだした。
光が治まるのを確認して私が自分の手を退ければ、シエルは自由になったその手をゆっくりと握り開きする。腕を持ち上げて顔の前へと手を翳せば、くしゃりと整った顔を歪ませた。
「……ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして。さて、そっちの見習い君もやるよ」
「はいっ!」
シエルの表情を少年から隠すように、私はさっさと向き直る。座って待っていた見習い司祭の状態を確認する。
こちらの彼は片手が手首まで黒化するだけで済んでいるようだ。
私は黒化している方の手を自分の両手で包み、先ほどよりも省略した呪文を唱える。
少年をふわりと先ほどよりも淡い光が包み、霧散する。
「……知らない呪文ですね。シエル司祭に掛けたものと違う?」
「あぁ。私の呪文は勝手にアレンジをしているからね。シエルより軽症のようだから簡略化させてもらったよ」
「……なるほど。勉強になります」
「指は動くね?」
「はい! ありがとうございます!」
「……ルカの治癒も、本当にありがとうございました」
背を向けていたシエルからも、礼を言われた。
振り返ると、起き上がりルカと同じように縁を背に座っている。微笑む中世的な整った顔立ちはどこか申し訳なさそうにも見えた。
「二人は何をして黒化を?」
「奥に居る二人をご覧になりましたね。あの二人が帰還した時に預かって聖杯の間に安置したのが私です。その際に私が所用で彼らの到着に間に合わず、ルカが受け取ってしまい……」
「シエル司祭のせいじゃありません!」
「いや、私が間に合っていたら君までここに居なくて済んだはずだからね」
「……」
「ちなみに、冒険者さんたちが持ち込んだ魔封じの瓶に入ったあれを受け取り、聖杯の間にもって行ったのも私です。その時点ではまだ起き上がれましたから。黒化すると分かっているのに他の人に任せる気にもなれなくて」
「……シエル、無茶をし過ぎだよ」
「えぇ、分かってはいます。ただ、私がやらなかった場合、ルカや他の若い子がやるしかなかったので」
私は、隠しもせずにため息を吐き出した。
「とりあえず、二人とも今日一日はまだ安静だよ。無理は厳禁。あと、念のため一か月は魔素溜まりに近づかないように。浄化はしたけれど抵抗力は恐らく落ちている。下手に近づくとすると、呑まれる、よ」
「……肝に銘じます」
「わかりました」
言いたくなった言葉は飲みこんで、注意事項だけを言う。
「私は残る三人を診に行くからね。いいね? 無理は厳禁だよ? ルカ、シエルが無理しそうな時は何としてでも止めなさい」
「わかりました!」
ん、いい返事、と頷いてみせる。
ルカの横から立ち上がり、一度シエルの方へと行くともう一度顔色を確認して。
「よく耐えたね。間に合って良かった」
ぽそっと相手にだけ聞こえる音量で囁けば、ちょっとびっくりしたような顔で見上げられた。
笑んで見せれば、青年が一度は取り繕った表情が、またくしゃりと歪む。
ルカほどではないにしてもまだ二十代半ば。若い。責任感と正義感だけで耐えていたのだろう。
ぽんぽんとその肩を労うように叩いて、私は残る三人を診に行くことにした。
どんどん長くなっていくー……
どうしましょう。第3話、旅立つ前に10を確実に越える流れに……(汗)




