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司祭の務め1


 いってらっしゃい、と、皆に見送られ、私はダグラスの馬車に乗って、村を後にした。

小さめの幌付き馬車には、村で出来た農作物や加工品などの入った木箱がいくつか。

御者席で手綱を預かるダグラス以外は、私しか乗っていない。

 荷馬車の横を、黒毛の立派な馬に乗ったリドルフィがのんびり並走している。

なんでも、嵐の中を帰ってくる時に騎士団から乗ってきた馬なのだそうな。

あの大風、大雨の中を走って村に帰ってくるのには、確かにこれぐらいの強い馬じゃなかったら難しかっただろう。

選り抜きの軍馬にふさわしい体格、毛艶で……嵐の間預かっていたノトスがため息をついていた。

村に普段いるのは、ずんぐりした農耕馬がほとんどだからね。

騎乗用の馬も何頭かいるにはいるが、ここまで綺麗で立派な馬は残念ながらいない。

 ぱん、と張られた幌の一部は捲し上げてあって、私はその横に座り外を眺めていた。

ちょうどいい高さの縁に腕を突き、頬杖をつく。

今日は天気も良くて気持ちがいい。

広がっている草原を、さやさやと涼しげな音を立てて風が渡っていく。

その向こう見える森、そして山脈。緑がきれいだ。

空は青くて、所々に、ぷかりと浮かぶ雲がゆっくり流れていく。

 ここのところ、いつもより早く起きて作り置きなどに勤しんでいたこともあり、とても眠い。時折欠伸をかみ殺す。

この馬車はそこそこ良い馬車で、揺れが少なくなるよう加工されているし、この道自体も人の往来が多いこともあって手入れがされている。

心地よい揺れについウトウトしてしまうのは、仕方ないことだと思うんだ。

それが分かっているのか、ダグラスも声をかけてはこない。

馬車と並走しているリドルフィも話しかけてくることはなく、ほっといてくれている。

私はお尻の下にあるクッションの具合を確かめ、もう一段階深く腰掛ける。

どうせ王都についたらあちこち行かねばならない。

今のうちに少し休ませてもらおう……。


 嵐の最中にリドルフィに告げられた案件。

「少し王都などについてきてもらうぞ」と言われた件だ。

急ぎの案件ではないのかとも思ったのだが、嵐の後の村の片付けが終わって落ち着くまで声をかけられることはなかった。

オアズケを食らっていた詳細について知ることになったのは、昨夜である。

その時点でリドルフィはすでにリンに話を付けていて、今朝の仕事からリンが私の不在中の食堂を預かってくれることになっていた。

……できれば、私に先に話を通して欲しいんだけどね。

昔から、先に勝手に段取りをつけてしまうのがリドルフィって男だ。

長い付き合いでそれが分かっていたから、私も事前に作り置きに勤しんでも居たのだけども。

 リドルフィの教えてくれた話を要約すると、先日のような魔素溜まりがいくつか発見されていてその浄化の手伝いと、……また、あれが見つかっていたらしい。

 もともと、神聖魔法の使い手は多くない。

しかも浄化は個人差がかなりあり、同じ司祭だとしても処理できる魔素溜まりの濃度はまちまちだ。

更に言えば、あれを扱える司祭はほんの一握り。

私を指名されている時点で大体予想はついていたが、せいぜい濃い魔素溜まりが一つあって、それの処理を頼みたいとかその程度かと思ってもいた。

複数あると言われた時点で、私が思わず顔を顰めてしまったのは仕方のない話だと思う。

浄化は、疲れるんだ。とても。

あれを扱うこと自体に疲労はしないが、今まで年に一つも見つかるかどうかのあれが最低でも二つ出てきていることになる。そのことが悩ましい。

しかも、私レベルの使い手をわざわざ用意しないと浄化できない魔素溜まりがまだ残っているということは、下手をするとそこにもあれがある可能性がある。

リドルフィがギリギリまで話さなかったのは、その事実に私が必要以上に考えこまないためだ。

……その判断は、正解だったというしかない。


 そんなわけで、私は、普段の着慣れたブラウスにロングスカートという楽な姿で王都に向かうわけにもいかず、司祭の旅装である。

具体的には、刺繍の入った白い法衣に宵闇色のローブを羽織り、編み上げのブーツを履いている。

一応、法衣はさらりとした特殊な生地で出来ているため、真夏でも暑くはないはずなのだが、村でなら半袖一枚で過ごすような陽気だ。気分的に暑い。

同じように騎士服を着ていてもおかしくないはずのリドルフィは、着ているシャツやズボンこそ専用のものではあれど、上着は荷物と一緒に荷馬車の中だし、シャツは肩近くまで捲り上げているせいで普段とあまり違わない。

この辺は司祭と騎士の違い、いや、男女の違いなのだろうが……ずるい。


「グレンダ、そろそろ王都だよ。起きて下さい」

「ん……」

「少しは眠れたか?」


 御者席の方から声をかけられた。

うとうとしていた私は、その声で顔を上げる。

気が付けば私が座っているすぐ横に、馬に乗ったリドルフィもいた。

こちらが寝てしまったのを見て、落ちないように気にかけてくれていたのかもしれない。

馬車の縁はそれなりの高さがあるから、乗り出さなきゃ落ちはしないだけどね。

私は出てきた欠伸を手で隠しながらし、ぱちぱちと目を瞬く。

欠伸と共に出てきた涙を指先で拭い、体を軽く伸ばした。


「……少しは。寝かせておいてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「そうか、よかったな」


 二人からの返事に、ん、と相槌を返す。

見れば王都の城壁はもうすぐそこだった。本当にギリギリまで寝かせておいてくれたらしい。

私は胸元から首に下げてあるコインほどのサイズの物を引っ張り出す。

かつてこの地にあったという神なる樹を模したモチーフのそれは、司祭にだけ持つことを許された身分証明書だ。

透明度のある薄青い鉱石に細かな細工が施してあるそれは、そのままでも美術品や装飾品として通用しそうなものだが、見た目に反して固く傷もつきづらい。

日の光の下に出したそれはきらきらと輝いている。

……その様子に私は目を細め、伏せた。


「リドさん、ちゃんと身分証出してくださいよ!」

「いや、出さなくても俺だってわかってるじゃないか」

「そうですが、一応確認しないと」


 先に門を潜った男が顔見知りの衛兵といつものやり取りをしていた。

その様子をダグラスが苦笑しながら見ている。


「リド、あまり周りを困らせるんじゃないよ。……ごめんなさいね、後で言い聞かせておくから」

「助かります……! 司祭様ですね。ダグラスさんもお疲れ様です。王都へようこそ」

「お勤めご苦労様です」


 無事確認も終われば、馬車はのんびりとまた走り出す。

ダグラスは出荷と買い付け、リドルフィと私はまずは冒険者ギルドだ。

数日村に帰れないのは少し寂しいが、人も多く色々なものがある王都はいつも賑やかで眺めているだけでこの年でも少しワクワクする。


「さて、頑張りますかね」


 私はギルドで頼まれるだろう仕事を思い、こっそりと自分を鼓舞するのだった。





そんなわけで3話目です。

舞台はモーゲンの村を離れ、王都から他の地域になっていきます。

それに伴い新しい登場人物もちらほら出てくる予定ですし、1、2話より若干長めになりそうです。

この先もお付き合いいただけると嬉しいです。

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