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神なる樹



神なる樹は恵みをもたらす。


望みある者には、望みを叶える力を。

疲れ傷ついた者には、癒しと生きる力を。

悲しみに暮れる者には、前を向く力を。


願う者には願っただけ。

恵みをもたらした。


大地を潤し、風を清め、空を宥める。

植物はすくすくと育ち、人も動物も皆飢えることはない。

諍いは起こらない。競う必要もない。

神なる樹のある場所は豊かであり、穏やかだ。


神なる樹に抱かれ、人々は静かに平和に暮らした。

求めれば大抵のものは手に入る。

幸せで満ち足りている。

だから、人々は何もしなくてよかった。


ある時、神なる樹の地に住んでいた男は不思議に思った。

なぜ、この樹にはそんな力があるのだろう、と。

人々は、この樹は神なのだから力を持っていて当たり前だと、

そんな疑問をもつことの方が不思議だと、男に言う。

だけど、男は知りたかった。

ならば、神とは何なのか。


男は調べた。神なる樹を。

大きなその根に登り、皮をはがし、枝を折り、葉をむしった。

この樹のどこにそんな力があるのかが知りたかった。

この樹のもつ力は絶大だ。その力はなぜ生まれたのか。

人々は男を止めようとした。

しかし、男は誰の声にも耳を貸さなかった。


調べれば調べるほど、神なる樹の力はとてつもないと男は知った。

……そうして、男はとうとう思ってしまった。

その力が欲しい、と。


男は神なる樹に願った。

強く、固い鉱石が欲しいと。

神なる樹は男の願いをきき、大地を割って一つの鉱石を男に見つけさせた。


男は神なる樹に願った。

この鉱石を鍛え、刃物にする力が欲しいと。

神なる樹は男の願いをきき、鍛冶の知識を与えた。


何年も、何年も、かけて

男は一本の斧を作った。


斧を作る間、人々は、男がしていることを見守った。

何度もやめるようにと説得はしたが、

争いを知らぬ人々は、男を力づくに止めることを思いつけなかった。


やがて、時が来た。


男は神なる樹に願った。

この大きな斧を振るう力が欲しいと。

神なる樹は男の願いを叶えた。


男は斧を振るった。

神なる樹の大きな幹に。

この世の全てのものより固い鉱石で作られた斧は、

あっけなく神なる樹を切り倒してしまった。


男のほんの数振りで、傷つき切り倒されて行く神なる樹は……

倒れながら大きな身を揺らし、その葉を、世界中へとばらまいた。


その葉は、小さな恵みとなって大地に宿った。

その葉は、清らかな湧き水となって川となった。

その葉は、祝福となって人々に降り注いだ。


……男は、悲しかった。

知りたくて、欲しくて、神なる樹を切り倒したのに、

神なる樹の力そのものを手に入れることはできなかった。

神なる樹がどうしてその力を持つのか知ることはできなかった。

男が得たのは、神をも切り倒せてしまった斧と、手に残った数枚の葉だけ。

男は斧を切り株に突き刺したまま、悲しみのあまりに何日も泣き叫んだ。

憎しみを知らぬ人々は悲しむ男を慰め、

切株を奉り、男をその番人にした。


神なる樹は、もうない。


神なる樹がなくなって、人は飢えるようになった。

働かねば食べられぬようになった。

考えねば生きていけぬようになった。

神なる樹がもたらした最後の恵みは、祝福となって人々を助けた。

人々は、働くようになった。

人々は、考え、工夫するようになった。


そうして、人々は気が付いた。

……神なる樹は、人々からたくさんのものを奪っても、いたのだと。









 神なる樹の話は、神話の一つとして王国の民に伝わる、馴染み深い物語だ。

子どもたちは必ず身近な大人から教わるし、神なる樹と聖斧の男の話は今でも吟遊詩人が歌い、演劇として演じられもする。

その話が作り話なのか、それとも本当にあったことなのかは、定かではない。

しかし、人々が今も何かから祝福を受けて力を得ていることだけは確かだ。


 グラーシア王国の歴史は長く、建国は五千年以上前。

切り倒されてしまった神なる樹の切株を奉り、その地が悪用されぬよう守るために人が住み着いた。

切株を囲んだ壁の、唯一、中に入れる門を守っていた者たちが、グラーシアの王族の祖とされている。

聖斧の男と王族との関係については明確に伝えられておらず、男が初代王だという文献もあれば、別人であるとしている文献もある。

 今も王城の北の一角にその壁が残されており、王族が管理しているが、切株そのものはもう何千年も前から無い。

現在、切株のなくなったそこには、静かに湧き続ける小さな泉があるのだという。

しかし、その地には王族と高位の司祭以外入ることは許されず、民はその真偽を確かめることはできない。

ただ、その湧き水は聖水として扱われ、歴史の中で何度も人々を救ってきたこともあり、グラーシア王国の者たちからすると王城の泉は本当にあり、特別で守らなければならないものとして認識されている。




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― 新着の感想 ―
神話が語られたということは、聖女としての過去に近づくことができるのでしょうか。 神の樹の神話、ラストの二行でハッとしました。 たしかに、幸せな安寧は、創意工夫を失うかもしれませんね。 世界中にあるテー…
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