少年たちの時間
モーゲンの村を出た幌付きの馬車は、満員御礼状態だった。
人を乗せる他に、村の農作物などを王都に卸しに行ったり、逆に村の人たちに頼まれたものを買い出して来たりで、いつも荷物をたくさん載せる、そこそこ大きな馬車が、だ。
今回は、荷物は少しだけど、その代わりに九人も乗っている。
一応十二人乗れるはずなんだけどね、と、ダグラスさんは言うけれど、男性が多いからかこれでいっぱいだ。
御者席に座って手綱をにぎるダグラスさん。その隣でのんびり口笛を吹いているイーブンさん。
前の方に少し荷物が乗っていて、左右向かい合わせの席に僕ら三人……前からバーン、アレフ、僕、向かいにリリスさん、シェリーさん、カイルさん。
そして、馬車の一番後ろに、でーんとリドさんが座っている。
体格的にそうせざる得なかったというか……そんな席配置だ。
僕らみたいな駆け出し冒険者は、目的地まで行く荷馬車とかに便乗させてもらうことが多いけれど、カイルさんたちのようなベテラン勢は自分で馬を借りて移動することも多いらしい。
その方が自分のペースで動けるし、小回りもきいていいんだよ、とのこと。
そう考えると、こんな風に冒険者がぎっしり詰まっている状態の馬車はかなり珍しいのかも。
王都の門をくぐったところで馬車を下りることを考えて、僕は早めに馬車の中で挨拶をすることにした。
他の人たちは広場の方まで乗っているそうだが、僕とシェリーさんは行き先が違う。
向かう予定の魔法学校は王都の中心部にある広場よりも、門入ってすぐの大通りを行った先だ。
入場の受付をしてすぐに馬車を降りることになるし、門の辺りは大抵人通りが多い。
あまり長居できる場所じゃないから、落ち着いて挨拶するなら今のうち。
「それでは、カイルさん、バーンとアレフのこと、お願いします。」
「はい、任されました。」
僕の前に居るカイルさんが、にこやかに頷く。
役者さんみたいに整った顔立ちで、今日も爽やかな笑顔だ。
だけど、先日の熊退治の様子を見ていたら、彼は鬼のように強かった。
僕らみたいな駆け出し冒険者からすると、まさに憧れを絵にかいたような人だと思う。
それでもって、優しげな見た目に反して、怒らせたらいけない人なのだとも知った。
バーンとアレフはしばらくちょっと大変そうだけども……頑張って欲しいな。
「リドさん、ダグラスさんお世話になりました。すごく勉強になりました。」
「おぅ、またいつでも遊びに来い。」
ぺこりと頭を下げたら、伸びてきたリドさんの大きな手が、わしわしと僕の頭を撫でてくれた。
馬車の御者席でダグラスさんが優しく笑っている。
まだまだ半人前もいいところの僕らに、面倒くさがらずに色々なことを教えてくれた。
まさか討伐後の浄化まで見せて貰えると思わなかったし、ダグラスさんには手伝いを通して薬草なんかのこともたくさん教えて貰った。
村長のリドさんと、村の商人のダグラスさん。タイプは正反対だけど、どちらも面倒見がよくて優しい人たちだった。
「イーブンさん、リリスさんも……」
「……クリス、二週間後だからな!」
続けて冒険者の先輩方にも挨拶をしようとしたら、横からアレフが割り込んだ。
挨拶をしようと御者席のイーブンさんやその後ろのリリスさんの方を向いていた僕は、隣の席にいるアレフを見て、それから少し困った顔でリリスさんの方を見る。
リリスさんが、いいよいいよと言う風に笑ってくれたから、とりあえずアレフに返事をする。
「……わかってるよ。多少ずれてもギルドで待ってるし」
「勝手にどっか行っちゃうなよ。絶対だからな」
不貞腐れたような声でアレフが言う。
不貞腐れたようなじゃなく、実際不貞腐れてるんだな、これは。
なんかこのやり取り、魔法学校に入った時にも似たようなことをやった気がする。ちょっと懐かしい。
そんな想いが顔に出ていたのか、なんで笑ってるんだと文句を言われた。
バーンに至ってはそっぽを向いていて目も合わせてくれない。
……その様子をリリスさんが見て笑っている。シェリーさんはちょっと心配そうだ。
「仲いいねぇ。たった二週間でしょ?」
「たったじゃないっ」
「私なんて友達に一年ぐらい会ってないよ」
「リリス、若いんだからほっといてやれ。俺らと時間の流れがまだ違うんだよ。」
「……イーブンさん、私もまだ若いよ!」
微妙に反応に困って僕が苦笑いしていると、ぬっとアレフの向こうからバーンの手が伸びてきた。
わしっと僕の頭を鷲掴みにする。乱暴にそのまま揺すられた。
「……いじめられたら絶対言うんだぞ。」
「いじめられないよ。もう。」
「絶対に言うんだぞ。俺らが仕返しに行くから。」
「だから、もういじめられないって。」
魔法学校に入りたての頃に、僕は少々目立ってしまって先輩などにしめられた。バーンはその時のことを言っているらしい。
確かに当時はかなり困って手紙に書いちゃったりしたけれど、それももう随分昔の話だ。
それでも僕の兄貴分たちはしっかり覚えていて、心配してくれている。
「大丈夫だよ。もう一方的にやられたりなんてしないさ。」
「だとしても、だよ!」
「はいはい。……それより、バーンたちこそ頑張ってね。カイルさん、手加減なしでお願いします。」
バーンの手を外しながら言った僕の言葉に、アレフがビクってなった。
確かにカイルさんの手加減なしは怖そうだけど、頑張って欲しいところ。
カイルさんは分かっています、と、にこやかなままだ。
「ほら、そろそろ門ですよ。身分証出しておいてくださいね。」
御者席からダグラスさんが声をかけてくれた。
気が付いたらそんなところまで来ていたらしい。
「クリス、確認で馬車が止まった時についでに下りちゃいましょうか。」
「はい、わかりました!」
魔法学校に帰るシェリーさんの提案に頷く。
僕は彼女と一緒に行く。バーンたちが稽古つけて貰っている間、シェリーさんの手伝いをしながら母校の図書館で調べ物をする予定だ。結構勉強したはずなのに、全く知らない呪文を聞いてしまったから、ちょっと調べてみたくなったのだ。
「検問ですー。身分証提示してください。」
馬車が止まって、門の衛兵が前の方から馬車に乗ってきた。
それに合わせて乗っていた皆が冒険者ギルド発行の身分証等を出した。
ダグラスさんは商人ギルドの方の身分証、シェリーさんは学校発行の職員証だった。
なぜかリドさんだけは、よぉ、とか片手を上げて挨拶をしていて何も見せていない。顔パスってやつなのかな。
馬車に乗りこんで一人ずつ身分証を確認した衛兵が頷く。
「全員問題なしですね。リドさんはちゃんと身分証出して下さいよ!」
「ははは、俺は俺の顔が身分証でいいだろ。」
「リドさん、衛兵さんを困らせちゃダメですよ。グレンダに言い付けますよ。」
ダグラスさんに窘められている。
衛兵が馬車降りていったタイミングで、シェリーさんが立ち上がる。
それに合わせて僕も立ち上がった。自分の荷物の入った肩掛け鞄を背負い直す。
「それじゃ、私たちはここで降りますね。またよろしくお願いします。何かあったら学校の方に連絡をください。」
シェリーさんが挨拶をして、僕も一緒に頭を下げた。
「ありがとうございました……! バーン、アレフ、行ってくるね!」
「うん。またな。」
「二週間後に冒険者ギルドだからな。」
「わかってるって! またね。」
馬車を降りる時に二人に拳を出されたから、僕も拳を作って軽く合わせる。
過保護な兄貴分たちとまたこんな風に別行動になるなんて、合流した直後は思いつきもしなかった。おかげで今は少し寂しい気もする。
ま、でも、二週間だし、きっとあっという間だ。
門の前で、シェリーさんと並んで馬車を見送る。
御者席のイーブンさんと最後尾のリドさんが軽い仕草で手を振ってくれた。
僕も、それに手を振り返す。
「それでは、行きましょうか。……学校に入っちゃうと学食しかないから、少し早めのお昼食べていっちゃいましょう。クリスは何が食べたいです?」
「いいですね。……んー、そしたらこの通り沿いの、野ばらベーカリーとかどうですか。あそこのホットドッグが久しぶりに食べたいです。チーズたっぷりかけて貰って。」
「あ、いいわね。私、あそこの胡桃パンが好きなの。」
それじゃあ行きましょう、と、歩き出そうとするシェリーさんの荷物を預かってみた。
これでも僕も一応男だからね。
これからどんな日々になるんだろう。
行先は母校で慣れた場所だけど、以前と違って今度はシェリーさんの臨時助手としての滞在だ。
ちょっとわくわくする。
僕の、僕自身を強くする道はここがはじめの一歩。
この道がどこまで続いているのか。それはまださっぱり分からない。
それでも、歩いて行こうと思う。僕自身が少しは強くなったって満足できる日が来るまで……。
裏主人公(笑)クリス君視点でした。
ちなみに自信家の上級生に成績で勝ってしまったせいで何度か難癖をつけられた過去があります。
その上級生も既に卒業して冒険者になっている模様。
第2話はここまでとなります。
次からは第2話。切りよく10月投稿分から第3話です。
書く内容はなんとなく決まったのですが、困ったことにタイトルが浮かびません。どうしましょう。(汗)




