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夏の嵐29


 広場の一番東側。

広場の一角でも、やや奥まったところにある石造りの建物。そこが、この村の教会だ。

けして大きくはないが、三角形の屋根の礼拝堂に、尖塔のある伝統的な形。

普通の建物で考えると四階ぐらいの高さになる塔の上に、二つの鐘がついている。

建てる際に建物全体に施した特殊な結界のおかげで、教会内部から手続き通りの操作をしないと鐘はならない。

教会全体が小さな聖域として外界と切り離されているため、大風が吹こうが豪雨が降ろうが内部は影響を受けないのだ。当然、魔物も入れない。

ある意味、この教会は村の最後の砦……村の避難場所である。


 身支度を整え、朝食をとった私は、リドルフィと一緒に食堂の扉を開けて外に出た。

久しぶりの外は、やや湿り気はあるものの心地の良い風が吹いていた。

扉を開けたところで、二人揃って思わず深呼吸をしていた。


「……あぁ、派手に散らばってるねぇ」

「そうだな。今日明日は皆で片付けだな」


 いつもならしっかり手入れが行き届いた心地の良い空間になっている広場は、あちこちに風で飛ばされてきた大きな木の枝やら草の塊やら、その他諸々で、かなり散らかっている。

どうしてそうなったのか、固定されていたはずのベンチもひっくり返っているし、真ん中の花壇もかなり荒れていた。

周りを見渡せば、少なくとも広場を囲んでいる家屋に被害はなさそうだが、暴風雨で散った葉が壁に貼り付いていたり、屋根の上など普通ならありえないところに干し草が引っ掛かっていたりしている。


「中々大変そう、だね……」

「まぁ、人数いるし大丈夫だろ。とりあえずは安全確認だな」

「鐘を鳴らそう。きっとみんな首を長くして待っているよ」

「あぁ。そうだな」


 人のいない広場を、二人で歩いて教会へと向かう。

普段なら躓く心配もないような広場だが、今は色々落ちているし、あちこち水が残っている。

水溜まりを避けようとした結果、逆にぬかるみに滑りそうになり、慌てる。

そのまま前に倒れる前に、横からひょいと支えられた。


「……あぶない。背負っていいか?」

「……村の中ぐらい自分で歩かせてちょうだい」


 転びそうになった手前、過保護だとは言えなくて、私はぷいと横を向いた。


「滑りそうなところも、どうにかしないとな」


 土魔法や水魔法の得意な人に対策してもらうのと、とりあえず藁か何かをばらまいて対策するの、どっちが楽だろうかと考え始める村長をおいて、私は教会の扉の前にきた。

真正面に立って扉に右手をかざす。

目を閉じて、吐息に混ぜるようにして言う。


「開けてちょうだい。グレンダだよ。」


 その声に呼応して、聖なる力で施錠されていた扉がゆっくりと開いた。

王都などにある教会や神殿は、もっと厳粛な合言葉で開くのだが、モーゲンの教会はあえて日常使う言葉で作動するように結界を施した。

小さな子供であっても、村人であれば名を告げれば開くようにしてある。

村全体が家族のようなここ、モーゲンだからこそ、だ。


 開いた扉に私は瞼を上げ、一度体を軽く払ってから足を踏み入れる。

そんなことをしなくても、教会に入ればブーツを汚した泥なども勝手にはがれ穢れを持ち込めないようになっているのだが、なんとなく毎回やってしまう。

 入ってすぐは、礼拝堂。

両脇に礼拝用のベンチの並ぶそこを、確かめるように辺りを見渡しながら進む。

教会といっても絵画も彫刻もなく、装飾らしい装飾はまったくない建物だが、真正面の大きな窓とステンドグラスから入る光のおかげで貧相には見えず、むしろ清らかさが際立っている。

簡素な祭壇の向こうに、大きな一枚ガラスのはめごろし窓。

そして、その上部に施されたステンドグラス。

大窓の向こうには湖が広がっている。

建物……特にその窓ガラスに異常がないことを確認して、私は一つ頷く。

念のため、目を閉じて、この場に満ちる神聖な気を確かめたが、特に問題がなさそうだ。


「リド、鐘を鳴らすよ。一回でいいね?」


 開けたままの扉から遅れて入ってきた男に、振り返り、言う。


「あぁ。一回だ」


 返ってきた返事に頷きを返して、私は中央の通路から曲がり、正面に向かって右手にある尖塔の方へと向かう。

一番上から遮るものがなく吹き抜け状態で、見た目は外にそのまま繋がっている尖塔部分までくれば、見上げる。

真上にある二つの鐘は、今日も教会を作った時と同じ鈍い金色で光っていた。

その真下にある石板に片手を置いて、もう片方の手は鐘から下がっている鎖に掛ける。


「さぁ、鳴っておくれ。村の皆に聞こえるようにね」


 そう言って、鎖を引っ張る。

鳴らすのは片方を一回だから、引っ張るのも一回だけだ。


 カーーーン


 澄んだ音が響き渡った。

長く余韻が残るそれを浴びるように、自然と顔が上を向く。

自然と、背筋が伸びた。

昔、この村をつくる時に、あるところの瓦礫から掘り起こしてきた鐘。

王国の歴史と同じぐらいの古さの鐘は、作られた時と同じように優しい音を響かせる。

まるで、その音そのものが辺りを浄化する力を持っているかのような、そんな音だ。


 余韻が感じられなくなるまでそうしていて。

顔を元に戻せば、ゆっくりと目を開ける。


「さて、頑張りますかね」


 きっと、今日の昼にはお腹を減らした人たちが、食堂にやって来る。

司祭としての仕事は今のところない。食堂のおばちゃんの仕事は多そうだ。


「リド、教会は問題なし。私は食堂に戻るよ」

「おうよ。俺は出てきた連中と見回りを始める。……また、あとでな」


 教会を出れば、広場に近い建物からちらほらと何人か出てき始めている。

村長が、それを呼び寄せるように片手を上げながら広場の真ん中に歩いていく。

嵐がくれた短い休暇はこれでおしまい。また、日常が戻ってくる。

その大きな背中を見送り、私は食堂へと向かうのだった。







どこにあった鐘なのかは、察しのいい人ならこれだけでバレてしまいそうですね。(苦笑)

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