食堂のおばちゃん6
夕方になれば、多少は気温も下がり過ごしやすい。
日暮れと共に仕事を終え帰ってきた村人や、村に滞在している冒険者たちが食堂を賑わせていた。
元はたった十人ほどだった村人も、今では五十人近い。
あの戦いの初期に被害を受けて廃墟になっていたこの場所に新しく村を興すと決め、壊れた建物の解体や修繕と増築、村の周りの開墾などを行っていた間、ここ、モーゲンにいる全員分の食事を賄っていたのがこの食堂だ。
今でこそ、ごく普通の食堂としての体裁も整えて通貨でのやりとりもし外部者も受け入れているが、そんな経緯なので今でも毎日三回食べにくる村人も少なくない。食堂で食べなくとも、ここの料理を自宅に持って帰って自宅で食べる人も多い。
村人相手は月単位での精算だし、通貨ではなく物々交換なども成り立っている。気心知れた仲だから成り立つ中々緩い感じではあるが、今のところ、この状態を私は気に入っている。
「これいいですねぇ。夏って感じだ」
しみじみ言いながらまたカウンターで食べているのは雑貨屋店主のダグラスだ。
そこが彼の定位置なので、彼が来る時間帯はその椅子には誰も座らない。
彼が王都への買い出し等以外でいないと、風邪でも引いたかと周りから体調不良を疑われるような有様だ。
「だな。……グレンダ、このとうもろこしのスープ、おかわりあるか?」
「……昨日、腹周りが、なんて言ってたのは誰だったかしらね」
「……」
おかわりなんて言っているのは、村長のリドルフィだ。
色んな人と話す必要があるからか、彼はその日の気分で座る席を変えている。今日はダグラスと食べることにしたらしい。
リドルフィの年は、私より少し上。元は赤茶だった髪も随分白くなった壮年男だ。
ひょろ長いダグラスと並ぶと倍近い質量を感じる鍛えた分厚い体つきに無精髭。不潔ではないのだが格好に頓着しないので時々髭も髪も整えてやりたくなる。村長というより山賊の長でもやっていた方がよっぽど似合いそうな風貌をしている。
実際、この村を興すと決めてから今日の日までずっと守ってきたのはこの男だ。
村がここまで大きくなるまでには、何度も野良魔物が村に入り込んだり、盗賊団などに狙われたりなど外部からの脅威もあった。
そのたびに自ら剣を振るい、村人たちを率いて戦ったのがリドルフィだ。
今でも生半可な冒険者や騎士より腕が立ち、おまけに頭も回れば各所へのコネも持っている。
中々に頼りがいのある男なのだが……、木のジョッキを片手に自分の腹を見下ろし、料理をおかわりするかしまいか迷っている様子はさっぱり威厳がない。
「二杯目を飲まないならスープを半分足してあげる。……で、明日はバーンたちと一緒に沼地までハイキングでもしたらいいよ」
「そうですねぇ。今年はどうもいつもよりカエルが多そうですし」
「……んー、ついでに森の見回りもするから、せめてスープ一杯分にしないか?」
「そういや、畑の柵が壊されたとか言ってたね」
「あぁ、昼間に見に行ったが大きいのがいそうだ。柵も直すがあれは見つけて討伐した方がいいだろう」
「……イノシシかい?」
「どうだろうな。もしかしたら魔物の類かもしれん」
「ふむ」
昼間、リンに聞いた話を出せば、やっぱり柵の下に掘られた穴はウサギサイズではないらしい。
魔物を疑っているということはもしかしてイノシシよりも大きいかもしれない。
だが、まぁ、この人が把握しているなら大丈夫だろう。
村に大きな被害が出る前に何とかしてくれるはずだ。
残りを飲み干してカウンターに置かれたジョッキを、私は確認もせずに片付けて、ついでに男のスープ皿も回収する。
思案している顔をちらりと見た後、私はその皿に一杯分肉多めにしっかり盛ってやった。
何も言わずにリドルフィの前においてやると、すごく嬉しそうに笑って低く太い良い声でありがとうなんて言ってきた。
「ここ暫く魔物は出てなかったのにね。……もう若くないんだから誰かつれてお行きよ?」
「ですね。……とは言え、あの三人組じゃまだ魔物相手は危ない」
「……たまにはお前がくるか? グレンダ」
ふとそんな誘いがくれば、私は思いっきり顔をしかめた。
「やだよ。いくつになったと思ってるの。未だに筋肉だるまのあなたと違って獣道かきわけて何時間も歩く体力なんてとうにないわよ」
「お前が一緒なら大概のやつは対処できるんだがなぁ……」
残念そうに言う相手に、無理、ともう一度私は言い切った。
きっちり釘を刺しておかないと勝手についていくことにされてしまう。
「……あなた相手に怪我しないようにとはもう言わないけど、歩いてここまで帰ってこれる程度にしてちょうだい。……それに、ちょうどそろそろイリアスが帰ってくる頃合いだから、連れて行くなら彼女にしたらいいよ」
「……あぁ、そういやそんな時期だな」
「ですねぇ」
意外と噂をすればなんてタイミングで来たりしないかね、と、扉の方を見てみたが、流石にそれはないようで。
そこに聞こえたやっぱりもう一杯エールも飲みたい、なんて呟きに、私は村長の手をぺしと叩いたのだった。
グレンダとリドルフィは村の立ち上げ時からのメンバー。
ミリムばあちゃんの一家は元々このあたりで農家を営んでいた一族の生き残りで、ある程度安全になってから戻ってきました。
ダグラスの雑貨店が出来たのは、村が少しは村らしくなった後になります。