夏の嵐28
翌朝。
目が覚めると、まず耳を澄ました。
この数日、ずっと聞こえていた雨音は、しない。
強い風の音も特には聞こえない。静かだ。
横でまだ寝ている男を揺すって起こす。
寝ぼけたまま私を抱き込んでもうひと眠りしようとするところを、容赦なくその脇腹をつついて起こした。
「……朝、か」
「早いけど、もう日が昇っている時間だね」
大欠伸をする男の腕から抜け出して起き上がり、室内履きを履く。
一度伸びをしてから振り返る。
「静かになってるよ。窓を開けてみよう」
「あぁ、そうだな」
もう一度欠伸をしたリドルフィが、のっそりと起き上がった。
目元をこすっている様子に私は笑う。まだ眠そうだ。
念のため、もう一度、二人で外の音を伺って。頷き合う。
あれだけ酷かった雨の音も風の音もしない。もちろん雷の音もしない。
「大丈夫そうだな」
そう言うと、男は窓の前に立つ。
風がまだ強くて何か飛んできたりなどした場合に備えてか、私を庇うような立ち位置だ。
彼らしいいつも通りの様子に、もうちょっと笑う。
「……過保護だね」
「俺がそうしたいんだから気にするな」
カーテンを開け、タッセルで止めると、ガラス戸に手を掛ける。
ガラス戸を開ければ少し湿った風が入ってきた。
そこで一度振り返って私を見た男に、私もこくりと頷いて見せる。
男の大きな手が、そうと窓の観音開きの鎧戸を開ける。
すっと入ってきた風はまだ幾分湿り気を含んでいるけれど、ここ数日とは違い、優しく心地の良いものだった。
視界に入ってきたのは、白い雲がたくさん浮かぶ、青空。
「……晴れたねぇ」
「あぁ、いい天気になりそうだ」
後ろに庇われた位置にいた私は、男の脇の下から覗き込んだ。
いつものことながら、分厚い壁みたいな体だ。しっかり鍛え上げられていて、ごつく存在感がある。
「鐘を鳴らしに行く?」
「まずは一回、だな」
「うん」
村に響く鐘の鳴らし方で状況を知らせるのだ。
一回は、確認要員だけ出てこい。
三回で、問題なし、全員出て大丈夫。
聞き間違いをなくすために二回は合図にしていない。
普段は祝い事の時に鳴らすぐらいの鐘だ。
本当は時報として毎日定時に鳴らしてもいいのだが、生憎この村の教会は普段無人だ。
そのうち私が食堂のおばちゃんをやめたら、教会の鐘係になってもいいかもしれないね。
あぁ、そうだ、食堂の手伝いを募集しなければ。
「まずは着替えて朝飯だな。グレンダ、お前も確認に参加するか?」
「そうねぇ。鐘を鳴らすのは一緒に行くよ。教会の状態確認もあるし。でも、村の見回りは任せた。食堂開ける準備をしなくちゃ」
「わかった」
よし、動くか、と壮年マッチョが大きく伸びをする。
その伸びに巻き込まれないようにと避けたら、手が伸びてきて、ぎゅむりと抱きつかれた。
「リド、なに? 苦しいって……っ!」
「いや、名残惜しいな、と」
「はいはい、ほら、朝ごはんを用意してくるよ。この後忙しいんだから、あなたは荷物まとめて。今夜は帰ってもらうよ!」
「つれないなぁ」
言いつつも、すんなり放してくれた。
「グレンダ」
自室の窓も開けようと歩き出していた私は、呼ばれて振り返る。
窓からの逆光を背負った男がこちらを向いて、柔らかく笑んでいた。
「愛して…… うおっ!!?」
何か言いかけた男めがけて、近くにあったクッションを投げつけ、私はバタバタと客間を出る。
まったく油断も隙もあったもんじゃない。
自室に駆け込めば、勢いよく扉を閉めた。
バタンと大きな音がしたけど知るもんか。
こんな真っ赤になった顔は、絶対見せられない……。




