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夏の嵐27


 雨雲は、二日半、村に居座った。

外から聞こえる雷鳴や、吹き荒れる風の音、強い雨音。

聞こえるそれらが時に恐ろしかったりもしたが、頑強に作られた家に守られていて危険を感じる必要はなかった。

それに一人ではなかったのも大きい。

多分、自分一人だけだったら、安全な家の中にいても、外の音が気になって眠れなかったかもしれない。

だが、頼れる相方とたわいもない話をして過ごし、眠気が来れば寄り添って眠る。そんな時間は、まるで安全な繭の中でまどろんでいるようで幸せだった。

素直に認めるのは少し悔しいが、リドルフィに泊まり込んで貰って良かった。

彼が初日に話した通りに、存分に心まで含めて休むことのできた休暇となった。

こんなに安らいで過ごしたのはいつ振りだろうか。

こんな時がずっと続けばいいと思ってしまったのは、きっと私だけではない。


 とは言え、閉じこもっていると段々不安にもなるのが人なのだろう。

三日目の夕方、雨音が小さくなった時には外を確認したくて、私の方からリドルフィをせっついた。

念のため、最も危なくないだろう軒下にある窓の一つを選び、リドルフィが内側から鎧戸を開ける。

私もその横から覗きこめば、風で折れた枝やら葉っぱ等が散乱した広場が見えた。

かなり大きめの水たまりなども見えるが、見える範囲はどの家屋も無事そうだ。

雷はもう鳴っていない。風はまだいつもより強そうだ。雨もまだばらばらと降ってはいる。


「明日の朝には鐘を鳴らせそうだな」


 今回のような悪天候などの時は、安全確認が出来た後、村の教会にある鐘を鳴らすことになっている。

それまでは各自、自宅で待機だ。

基本は村長のリドルフィかジョイス辺りが安全確認を担当している。

今回はリドルフィがここに居るから、彼と私が確認になりそうだ。

 ちなみに、モーゲンの教会は基本無人だ。

普通なら駐在する司祭の一人でもいたりするものなのだが……この村の場合は、本来あそこにいるはずの私が食堂にいるからね。


「……片付け作業もそれなりにかかりそうだね」

「かもしれないな。まぁ、なんとかなるだろ。皆もここぞとばかりにしっかり休んだだろうしな」

「それは、どうだろうねぇ……」


 確か、ダグラスはちょうどいいから調薬の研究をするなんて言っていた。

ハンナとノーラは、縫い物が捗りそう、なんて話をしていたのも聞いた気がする。他も、道具の手入れやら、普段できないちょっとしたことを片付けていそうだ。私が保存食を作りまくっていたように。


「……まぁ、なんとかなるだろ」


 こちらの微妙な返事に、男がもう一度言った。

確かになんとかしないと困るのは自分たちだからみんな、なんとかするだろうけれどね。


「そんなわけで、休暇は今夜までだな。……なんか、して欲しいことはあるか?」


 また明日からは食堂のおばちゃん再開だ。リドルフィも村長として動き回ることになる。

こんな風にのんびりと一緒に居られる時間はなくなる。


「……んー、なんだろうね」


 言われてもすぐに思いつかない、と、首を横に倒す。


「逆に、私にして欲しいことはある?」

「そうだなぁ。一緒に風呂に……」

「入らないよ!!」


 まったく油断も隙もない。

ダメか、と笑う男を、ぺしりと軽く叩いて。


「……この数日。ありがとうね」


 ぽそ、と言う。

聞こえるか聞こえないかの音量で言ったのに、しっかり拾ったらしい。

ぬっと伸びてきた手がいつものように頭を撫で……そのまま引き寄せられた。

他に見る人もいないから、私はそのまま素直に腕の中に納まった。


「真面目に……そろそろ俺の家の方に移ってこい。毎晩一緒に眠り、毎朝一緒に起きよう」


 前から言われている言葉に、私は緩く首を横に振る。

確かにそうできたらもっと安心できて、幸せだなと思う。


「……私は、このままここにいるよ」


 厚く頼もしい胸板に頬をくっつけたまま、私は拒否の言葉を吐く。


「それは、しちゃダメよ。……私は弱いから、きっと間違えてしまう」

「…………」

「大丈夫よ。リド。この家に…… この村に居れば、私はあなたの腕の中で、大抵の望みは叶えられているわ。十分すぎるぐらいに」


 緩く首を横に振る。

 計画的に作られ、王都にも似たレベルで頑強な守りを誇る小さな村。

優しい人ばかりで静かな暮らしができる、豊かで穏やかな村。

己のもてる全てで、それを作り上げたのはこの男だ。

可能な限り堅牢に建てられた村の家屋。しっかりと整えられた土地。治水。

村人も希望者がどんなに多くても、村に必要な人数を何度もの面接を経てからしか受け入れなかった。

受け入れた後でもこの村に合わないと判断した者は、追い出すことを躊躇わなかった。

男が、何故そんなことをしたのか分からないほど私は馬鹿ではない。


 すべては、私を、守るため、だ。


 私という存在が、壊れてしまわないため。


「…………」


 何も言えなくなってしまった相手の背中に手を回し、抱き返した手でゆっくりと大きな背をさする。

頭一つ分以上ある体格差。

こうしているとすっぽり包まれているようで、温かくて安心する。

私にとってこの世界の中で一番安らげる場所、だ。

何もかもから守ってくれる、そう信じられるような……。


 しばらく、そうやって目を閉じていて……。


「……ねえ、リド。この数日で太ったんじゃない?」


ここ、つまめるわ、と、男の横腹をむにっとつまむ。

筋肉の上についたほんの少しの肉を遠慮なく指でつまめば、うお、と声が上がった。


「……いたっ、それ無理矢理つまんでるだろ!?」

「あははは 明日からしっかり体を動かすんだね」

「容赦ねぇなぁ……」

「その方がいいでしょ?」

「あぁ、そうだな」


 敢えてやったことの意図に気づいた男は、いつもと同じようにわしゃわしゃと私の頭を撫でる。

今日はエール一杯でやめとくか、と、少し切なげなため息が頭上から降ってきた。




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