見習いの少女のある日
見習いとして神殿に居るようになってしばらくして……。
少女は、それまでは一人で受けていた授業を、年上の何人かと一緒に受けるようになっていた。
見てくれていた教官たちが言うには、少女は理解が早いらしい。
領主付きの文官の父と、教師の母のおかげで早いうちから文字を覚え、幼いながらに読書が好きだったことも良かったのだろう。
学ぶことに向いていたらしく、与えられた知識はするすると頭に入り、しっかりと整理されて身についていった。
一方、一緒に学ぶことになった年上の少年たちはというと、変に拗ねることもなく自分たちよりかなり年下の少女を受け入れた。
元々適正が違い、目指すものが違っていたのも良かったのだろう。
光属性と共に身体能力などの祝福を受けた少年たちが目指すのは、聖騎士。
神聖魔法のみに特化した祝福を受けた少女が目指すのは、上位の司祭。それも可能であれば聖女、だ。
学舎で何年か学ぶうちに司祭候補へと進路を変更した少年もいたが、年齢が離れすぎていることもあってうまい具合に少女と比較されることもなかった。
どうしても座学より体を動かす方に気が行ってしまう比較的年の近い少年たちは、むしろ少女に課題を手伝って貰ったり分からないところを教えて貰ったり。少女の方は少女の方で、何かと助けて貰ったり構ってもらったり、なんて具合に上手く付き合っている。
そんなある日。
今日から、今までとは違う授業をすると言われて指定された部屋の、前。
「ほら、入ろう。大丈夫だから」
「…………」
少年たちの一人にしがみついて動かない少女。
しがみつかれた少年が宥め、他の二人も、ほらほらと少女を後ろから押す。
少女の方はというと、嫌だ、こわい、と首を横にふるふる振って足を突っ張っていた。
先日の雷のおかげで見習い仲間と打ち解けて以来、少女は変に入っていた力も抜けて、素直に怖いものは怖い、嫌なものは嫌だと主張するようになっていた。
実家と違い、ここでは自分が最年少であることもあって、おねえちゃんだからと虚勢を張る必要もない。泣いたり怖がったりしても、まだチビだからなぁと許され、素直な感情を認めて貰える。背伸びをしなくてもいいのだ。
そんな甘い対応になるのは、少女自身が根は真面目でわがままを言わないからこそなのだが、本人は気が付いていない。
ただ、なんだかんだと甘やかしてくれる兄のような先輩たちがいつもそばにいる。少女たちを取り巻く大人たちにも余裕があるおかげで、少女は素直に泣いたり笑ったりしながら過ごすようになった。
神殿にいる皆に年相応に懐き、特にあの雷の時に迎えに来てくれた少年にはよく頼るようになった。
「あれ作り物だろ、すごいなぁ」
「本物だったりして……」
「ひっ」
「バカ、これ以上怖がらせるなよ!」
「あー、ごめんごめん」
開けた扉の向こう、部屋の中の見える位置にあるのは、骨格標本と、人体模型。
その横で今日の授業を担当する教官が苦笑している。
「本物じゃないですよ。作りものです。安心してください。勝手に動いたりもしませんよ」
「ほら、やっぱり作り物じゃん!」
「先生、ちと可哀そうだよ。本気で怖がってるもん」
「――には、流石に早かったかなぁ。でも、人体をしっかり学ばないと治癒の魔法を使いこなせるようになれないんですよねぇ」
「……これ、ちゃんと勉強したら治癒の魔法使えるの?」
「えぇ、あなたの祝福だったら、しっかり学べば類稀なレベルでの治癒能力を会得できるでしょうね」
教官の言葉に、少女が反応出した。
少年の後ろからそうっと出した顔は目にはいっぱい涙が溜まっているし、鼻も赤い。
養成校に入ってから誕生日は来ていないから、まだ六歳。
年齢的には幼児から片足抜けだしてはいるが、小柄なのと、今は半べそかいているのもあって、印象はまだまだ幼い。
「おっ、頑張る?」
背にしがみつかれ、脇の下から顔を出された少年が感心したように言う。
半べそ顔のままこくりと頷く様子に、他の少年たちが少女に「えらいぞ!」と頭をくしゃくしゃ撫でてやったり、背中をぽんぽんと叩いてやったりして褒めた。
頑張る、と頷いたものの、視界に白い骸骨が入れば、ひっと喉を鳴らしてまた少年のシャツに顔をうずめる。
「……先生、せめて今日は膝乗せといてやってもいい? まだぶるぶるしてるし」
「そうですねぇ。それじゃ、今日はノートをとったりもなしで、まずは私の話を聞いて貰いましょうか。あぁ、その前に半身君は片付けますかね。今日は骨紳士だけにしましょ。そっちの二人、ちょっと手伝ってください」
「はーい」「はい!」
仲間の二人が教官を手伝い人体模型を片付けている間に、しがみつかれていた少年は少女を宥めて器用に腰からひっぺがし、抱き上げる。
「よし、一緒に頑張ろうな。……――は、怖いのに頑張るって決められるのすごいな。俺なら逃げるぜ、きっと」
「……だって」
「だって?」
「……勉強したら、治してあげられるんでしょ?」
少年の頬についたひっかき傷を、小さな指がなぞった。
騎士見習いの少年たちは訓練で怪我をすることも多く、会うとよくどこかに擦り傷やら青あざがある。
あまりにも日常茶飯事だから、本人たちは気にもしてなさそうではあるけれども。
「そうだな。治せるようになったら頼むな」
「うん」
「代わりに、骨とかおばけが襲ってきたら俺が守ってやるよ」
途端に少女の顔がくしゃっと歪む。言われたことを想像してしまったらしい。
やっと引っ込み始めていた涙がまたじわりとわいてきた。
「あ、あぁぁ、ごめんっ」
「うわー、泣かすなよー!」
「いじめたらダメだぞ」
「いじめてない!」
「ほら、授業始めますよ。席について」
その日からしばらく、骨やら半身なおばけやらに怯えた少女が一人で寝られなくなってしまい、毎晩男子部屋にきては少年にしがみついて寝ることになったが、教官たちはそっと黙認することにした。
小学校の理科準備室。ちょっと薄暗くて不気味なものが多い所。
大人になった今なら骨格標本とかもそんなに怖いと思わないけれど、娘が少し前に骸骨マークを怖がっていたのを見て、あぁ、そうだったなぁって思い出しました。
怖がっていいのよ、って言ってもらえる。それって多分とても大事なこと。




