夏の嵐23
リドルフィの飲む蒸留酒と、私の飲む果実酒の瓶。グラスとナッツなどの入った木皿を持って二階に上がる。二人揃って室内履きを脱ぎ、毛足の長いラグの上に座って飲むことになった。
クッションを置いてもたれかかり、酒などはトレイにのせてベッドがテーブル替わりだ。
別行動していた数日分の話を、互いにする。
私はリドルフィが居なかった間の村の話。
ノーラが、嵐が来るのに気が付いてくれて、皆で準備をしたこと。
イーブンとリリスがきていること。
子どもたちも手伝いを頑張っていたこと。
そして、トゥーレを探しに行った時にあった大きな狼のこと……。
村長として報告を受け取る感じで話を聞いていたリドルフィだったが、トゥーレを探しに行った辺りの事になると、少し考えこむ顔になった。
川を渡ろうとした辺りの話については、ゴツ、とゲンコツを落とされた。
痛くないように拳を置かれた程度だが、その件については、もう一度お説教を食らうことになった。
一方、リドルフィは王都に居た間の話をしてくれた。
先日の双頭の熊の討伐と規格外の魔素溜まりの浄化について、冒険者ギルドを介して報告を行ったところ、王城に呼び出されて古馴染みたちと情報交換するに至ったこと。
各地にあの熊と同じレベルの魔物が出現しており、実は話していた大鷲以外にももう二体ほど片付けてきたなんて聞けば、私は思わず顔を顰めるしかなかった。
天候が回復し次第また呼ばれる可能性があるらしい。
出掛ける前にもあまり良くないと言っていたのである程度は予測していたが、そんなに魔物がでているのかと少し心配になる。
そんな気持ちが思いっきり顔に出てしまっていたのか、大丈夫だ、あんまり心配するな、と笑われた。
だから、どうして口に出していないのにこちらの考えを読むのか。
「とりあえず、嵐が去るまではのんびりだな」
そう言うとそれまで飲んでいた酒のグラスをトレイにおいて、座ったままリドルフィが手招きした。
「うん?」
何?と身を乗り出せば、持っていたグラスを奪われ、それもトレイに置かれて。
ついでのように、手首をつかまれる。
いまいち、彼の意図が分からずに居れば、くいと手を引かれて、あれよあれよという間に男の膝に座らされていた。
「ちょっ、いきなり、何を……」
「今は俺しかいない。少しぐらい甘えとけ」
そう言って、ゆっくり私の頭を撫でる。
「食堂のおばちゃん役も、頼れる村の相談役も、奇跡を起こす凄腕司祭役も、少しの間、休みだ。一番肝心なやつからは解放してやれないのが口惜しいが。……だから、今は泣き虫グレンダに戻っていいぞ」
「……私をいくつだと思ってるの。もう泣き虫じゃないわよ」
「なら、こわがりグレンダ、だな。さっきから雷が鳴るたびにビクついてるだろ」
「……っ!! そ、それは近いと家が揺れたりするからで……」
うんうん、分かってるという風に頷かれて、私はなんだか負けた気になる。
立ち上がろうとしたら、緩く後ろから抱きしめられた。
子どもが父親の膝に座るような、そんな姿勢ですっぽり包み込まれている。
全然力を入れている様子はないのに、腕を押してもびくともしない。
「大丈夫だ。この村の家はどれも丈夫に作ってあるから多少のことじゃ壊れないさ。……ほら、大人しく座っとけ。こんな時ぐらいしか甘やかしてやれないんだから」
苦笑交じりに言われ、子供の寝かしつけみたいにゆっくり腕をとんとんと叩かれる。
「……別に、甘やかして欲しいなんて……」
「それじゃあ、俺が甘えてることにしとけ」
「……その言い方は、ずるい」
「惚れ直すだろ? ……いてててっ」
調子に乗る男の腕を軽くつねってから、私は諦めて腕の中で力を抜く。
さして痛くもしてないのに大げさに痛がってみせる様子に、はいはいと返事をすれば。
背後から、柔らかく満足げに笑んでいる気配が降ってきた。
「生涯を捧げるって誓った相手のためなら、男はいくらだってずるくもなれるもんさ」
「……もういいから、黙って」
本当に、この人はどうしてこう、恥ずかしい言葉をぽんぽんと吐くんだろうね。
「……それに、その言い方だと誤解をするじゃないの」
結婚なんて、していない。
……というか、出来ない。私は。
リドルフィが誓ったのは、その剣を私に捧げるということ。騎士の誓いだ。
「大して変わらないだろ。俺にとっては同じだしな」
「心までくれなんて言った覚えはないんだけども……! 剣だっていつでも返すと言ったし。ちゃんと嫁を貰えとも何度も言ったし!」
「諦めろ。たとえお前が逃げたいって言っても、俺は逃がす気はない」
まるで追いかけっこか何かみたいな言い方をする。
素直じゃないなぁと苦笑交じりのため息が聞こえれば、私は唇を尖らせた。
「もうお互いこんな年だし、最後までこの腕の中に居ればいい」
そんなことを言いながら、リドルフィは笑う。
「……あぁ、でも、そうだな。来世はごく普通に添い遂げられたら嬉しいかもな」
「ん?」
「……今世は延々据え膳を我慢だからなぁ。口づけの一つすらも貰えないのは、俺じゃないと耐えられんぞ」
「……ばかっ」
我慢しているのはあなただけじゃない、とぽそりと言えば、することのできない何かの代わりなのか、これでもかというほどたくさん頭を撫でられた。
書いててこっぱずかしく……(汗)
多分、この人たちは若い頃から延々こういうやり取りをしてたんじゃないかなと思います。




