夏の嵐8
困ったことに、明日に備えてよく寝なければと思っていたのに、私は寝付けなかった。
天候が変化する時には、よく頭痛がする。
その頭痛のせいもあるのだが、どうにも落ち着かないのだ。
それでもなんとか寝ようと、布団の中で何度も寝がえりを打ったりしながら目を瞑っていたのだが、あまりにも寝付けないものだから諦めて体を起こしてしまった。
これでは明日きついかもしれない。
「……困った、ねぇ」
そういえば、誰かが寝るのにも体力がいるなんて言っていたっけ。
疲れすぎていると上手く寝付けないし、寝ても正しく眠れてなくて気絶しているような状態になってしまう。気絶せずに済んでも、悪夢を見たりもする。
だから、しっかり疲れを取りたいなら、完全に疲れ切る前に休まないといけない。
私は、そこまで今日疲れ切るようなことをしていたかなぁと考える。
……確かに、いつもよりは働いてはいたか。
ベッドから足を下ろし、スリッパを履く。
体が少し火照っているような感じはするが、窓を開けたいので肩にストールをかけた。
小さく口の中で呪文を唱えて机のランプに明かりを灯す。
ふんわりと柔らかな光が部屋を照らして……それで、少しだけほっとした。
多分、寝る前にあれやこれやと考えていたのが良くなかったのだろう。
少し夜風にでも当たって気持ちを落ち着ければ、きっと眠れるはずだ。
窓の方へと歩き、軽くカーテンを横に寄せて窓を開ける。
村の教会と、その向こうにある湖を望む、見慣れた風景。
「……あれ、グレンダさん、どうしました?」
窓の外から、声をかけられた。
流石にこんなタイミングで声をかけられると思っていなかった私の体は、びくっと揺れる。
慌てて窓の外を覗き込めば、明かりが見えた。
「……ちょっと寝付けなかっただけだよ。……セアン、見回りかい?」
「えぇ、今夜はノトスさんと僕です」
「そう。お疲れ様だよ。いつもありがとう」
昼間に子守をしていたノーラの夫、小麦農家のセアンがいた。
天候にもよるが、毎晩、村の男衆が当番制で夜の見回りを引き受けてくれている。
今日はセアンの番だったらしい。
「あぁ、そうそう。昼間のお菓子、ありがとうございました。ノーラが持って帰ってきたのを、トゥーレがすごく嬉しそうに食べてました」
広場で遊んでいた双子たちだけじゃ可哀そうだとノーラに持たせた分は、無事に頑張り屋のお兄ちゃんにも届いたらしい。
きっと双子の妹たちは、みんなでおやつを食べたことを家で話してしまうだろうからね。美味しいおやつの話だけで、自分は食べられなかったなんてことになるのは可哀そうだったから。
「トゥーレ、とても頑張ってたみたいだからね。リンがすごく褒めてたよ」
小さな子に手伝いをさせるのは、実を言うと結構大変ではあるのだけども。
それでも村の大人たちは邪魔扱いせずに、出来そうな仕事を子供たちに任せる。
そうすることで自主性や考える力を育てるのだ。
村の子どもたちも、もしかしたら親とは違う祝福を受けて、将来は村でやったようなこととは無縁の仕事に就くかもしれない。
そうなったとしても、村で経験したことはきっとどこかで何かしらの役に立つはずだ。
「本人も皆に頼って貰えたって、誇らしかったみたいです」
父親の顔でセアンが笑いながら言う。
トゥーレは午前中に畑での収穫をした後、お昼過ぎからは果樹園の方で手伝いをしていた。
身軽に、するするとハシゴや木に登って、さくらんぼの収穫で活躍していたらしい。
家族でテーブルを囲んだ夕食の席で、トゥーレは自分の活躍を両親に報告していたのだろう。
何となくその様子が目に浮かぶようで、こちらまで笑顔になっていた。
「明日はあんずの収穫があるって言っていたから、また大活躍しそうだね」
「付き合ってくれてる皆さんに迷惑かけてないと良いのですが」
「大丈夫だよ。みんな承知で連れて行ってるし、リンたちもそうやって育ったからね」
子供たちは村の宝だから。
そう思える人しかここにはいない。
それでも、と、礼を言うセアンに、こちらも頷いてみせる。
「……よし、あっちの方も見回ってきます。グレンダさんもほどほどに」
「えぇ、話したことでちょっと気分転換になったよ。眠れそうだ。ありがとう」
「それは良かった。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
明かりを揺らして見せた相手に、こちらも緩く手を振って。
広場の方へと歩いていくのを見送り、窓を閉める。
ほどよく体の火照りもとれたようだった。
これなら眠れそうだ。
ふわりと出た欠伸に手を口に当てる。
ゆるゆると首を左右に倒したりしながらベッドへと戻り、ストールを横の椅子にかけた。
無意識に近い仕草で、真っ白なストールを一度撫でてから、ベッドに潜り込む。何度かごそごそ身じろぎして、身を落ち着ける。
口の中で小さく呪文を唱えれば、ランプの明かりが消えた。
「……おやすみ」
誰に言うでもなく呟いて。
私は今度こそ、眠りに落ちるのだった。




