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夏の嵐7


 疲れたーと言って、そのままカウンターテーブルに懐きそうな勢いのダグラスや、まだ飲みたがっている村の連中を食堂から追い出したのは、いつもより少し早めの時間だった。

ここで寝られてもしまっても困るし、何よりみんな、明日もやることがいっぱいだ。

少しでも多く自宅の布団で眠って、明日も元気に働いて貰わねば。


 食堂の中をざっと軽く掃除した後、私は、先ほど持ち込まれた箱の中身を確認し始めた。

村全体の食事用にと頼んでおいた明日食べるための柔らかいパンや、嵐の間のための日持ちする焼きしめた固いパン。

それから、香辛料が入ったソーセージと、燻製肉の塊。村では作っていない種類の酢漬け野菜。加工した食品を詰めるための瓶や容器。塩や砂糖。おまけに、ナッツなどが入っていた。

どれもそれなりに量がある。

 そして、酒……。

先日の宴会の時に近い量がある。引き籠る間の楽しみってことなのだろうが、少し多過ぎやしないかね。種類も豊富だ。私が知らない銘柄もいくつも混ざっている。

まぁいいや、お酒は後に置いておこう。

そうしたら、これとこれを組み合わせて明日の昼のサンドウィッチにして……と、献立を考えていく。

なにせ作らなければならない量が多い。

計画的にやらないと時間も材料も足らなくなってしまう。

明日、村の中で収穫されるだろう食材もしっかり使って、皆に栄養のあるものを食べさせねば。


「風は明後日ぐらいから……だったか。明日中にどこまでやれるかねぇ……」


地図を広げたテーブルの隣で、対策用のメモ用紙と筆記用具を使って、献立のメモを作る。

……書いておかないと折角考えたのに忘れたりするからね。

遅くとも明後日の昼には、各自自宅に引き籠らっている期間の食料も配ってしまった方が安心だろう。

配るタイミングも、明日の朝ぐらいには皆に告知しておいた方が良いかもしれない。

カリカリとペンを走らせ、食事の計画を立ててしまえば、椅子の背もたれに背を預けて天井を仰ぎ見た。

先ほど話に出ていた魔物云々の話を思い出して、ふるりと頭を横に振る。

今考えても仕方ない。

困っているところもあるだろうし、助けたい気持ちも、もちろん、ある。

けれど、体は一つしかない。

リドルフィやジョイスが留守な以上、私がここを離れるわけにいかない。


「……そういえば、イリーがまだ来ないのも、このせいだったりするのかしらね」


 あの頃、ずっと一緒に行動していた古馴染みの一人。

イリアス、という名のエルフ。

エルフという種族の御多分にもれず整った顔立ちをしていて、黙っていれば大変麗しい人なのだが、その言動のせいか彼女を美形だと意識したことはあまりなかった。

むしろマイペースかつ、そのすっとぼけた性格のせいで困った人という印象の方が強い。

でも、その呑気さにはずいぶんと救われた。

彼女にかかるとドラゴンもトカゲ扱いだし、悪意ある呪歌も音痴の歌声だ。

深刻な顔をしていても容赦なくボケられ、場に居た皆の不必要な力が抜けた。

彼女自身が深刻な顔をしていたのは、私が知る限りたった一度だけ。

 村を興したばかりの頃は、彼女もしばらくこの村に居て開墾の手伝いをしてくれた。

その後も、毎年夏の始まりには村に来てしばらく羽を休めていくこの村の黒イチゴが大好きで、他の人にはあげないと毎年大量に食べていく。……なのに、今年はまだ便りすらこない。

先日、ジョイス達が収穫してきてくれた黒イチゴの茂みを村で一番初めに見つけて、毎年全滅させそうな勢いで食い散らかしたほどなのに、だ。

夏はここ美味しいものが多いから、と言って、毎年、帰ってきていたのだけれども。


「……」


 まさか死んではいまい。彼女だから。

リドルフィも死にそうにない顔をしているが、イリアスもそう簡単にくたばりそうにない。


「……そろそろ来ないと、黒イチゴの季節が終わってしまうよ」


 いつもいる存在感たっぷりな男が村に居ないのと、嵐が近づいているのとで気弱になっているのかもしれない。

なんとなく今、彼女の呑気な顔が見たかった。


「本当、皆、早く帰っておいで……」


 ついついこぼれた言葉に、私は自分で苦笑する。

自覚したくはないがやっぱり少し不安なんだろう。

普段なら三日と開けず見ている無精ひげが村にいないせいではない、と、思いたいけれども。


「言ったら調子に乗りそうだからね」


 居なくて寂しかったなんて絶対言ってやるものか。

脳裏に浮かんだ男の顔を振り払うように首を横に振れば、立ち上がる。

明日もたくさんやることがある。

私も夜更かしなんてせずに早く寝なければ、ね。



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