夏の嵐6
夕方。
村のあちこちで嵐対策に勤しんでいた村人たちが戻ってきて、そのうちの何人かは自分の家庭用の鍋やバスケットを持って帰って行った。
普段から食堂で食べる人たちは、今夜もここで食事だ。
芋とソーセージのオーブン焼きとラタトゥイユを、エール片手に食べたりしている。
普段と違うことをしたせいで疲れている人たちもいるが、概ねいつもと同じ光景だ。
私も、鍋を取りに来た人たちを相手しているぐらいまでは忙しかったが、その後はほぼいつも通り。
やがて、食事の時間から晩酌の時間へと移ったぐらいの頃。
王都まで行っていたダグラスが帰ってきた。
自宅に寄らず、真直ぐに食堂にきたらしい。
まずは納品ね、と、頼んでいたパンや食材の箱を持ってきてくれた。
気のいい村人たちが箱を運ぶのを手伝ってくれる。若干酔っぱらっている所為で酒臭いのはご愛敬だ。
……って、納品物に酒瓶の入っている箱が三つも見えるのは気のせいかね。ちょっと多過ぎると思うのだけども。
「ついでだから、少し情報を集めてきましたよ」
品物の搬入を済ませれば、ダグラスはカウンターのいつもの席に腰を下ろし、話し始めた。
「ふむ。街の方も嵐の対策を始めていたかい?」
「始まってましたねぇ。うちよりは少し遅れて始めたみたいでしたが。……まぁ、あそこは頑強な塀や、いざとなれば大結界もありますし、建物も石造りが多いから多少ゆっくりでも」
箱運びを手伝っていた何人かから、王都はいいなぁ、とか、しみじみした声がこぼれている。
確かに、あれやこれやといつもの倍以上働いていた人たちからしたら、嵐対策をあまりしなくても良いのは、羨ましいことかもしれない。
「今のところ特に混乱も起きてないのですが、物価が少し上がっていますね」
「パンとかも予定より高かった?」
「そこは予算内でいけました。大丈夫ですよ。……ただ、この先、嵐と関係なく、もうしばらくは物価が上がりそうですよ」
少し声を潜めて言うダグラスに、なぜ?と、視線で続きを促す。
「先日イーブンたちも話していましたが、思った以上に魔物が出ているみたいです。うちは村長たちが早々に見つけて倒してくれましたが、討伐が遅れて被害が出ているところもあるみたいで」
「……」
重めの内容に周りも少し静かになった。
気にしてこちらを見ている者もいる。
小型の野良魔物なら、戦乱期が終わってかなり経った今でも時々出現している。それこそ先日、双頭の熊の前にリドルフィたちがさっさと倒していた、イノシシの魔物などだ。普段からその辺にいる獣が変化した、元の獣そのままのサイズの魔物の出没はよくあること、だ。
それぐらいなら出てきても、冒険者やちょっと腕の立つ村人たちが早々に狩ってしまう。
確かに不意を突かれたり、元々戦う術がない女性や子どもが出くわしてしまったりして、悲しいことが起きることもある。それでも、大概の場合は村に入り込む前に退治できるよう、どこの村もそれなりに対策をしている。
それなのに被害が出ているなんて話になっているのなら、大型だったり厄介な性質だったりする魔物が現われているということだ。
「実は冒険者ギルドにも行ってきたのですが、リドさんもジョイスも他の応援に行っているそうで会えず……。嵐が来るから一度帰ってこいって言おうと思ったのですが……」
二人とも帰ってこないと思ったら、会議が長引いているのではなくて、討伐の応援に駆り出されていたらしい。
リドルフィもジョイスも、予備役みたいな扱いではあるが一応冒険者登録している。
その方が何かと動きやすく便利だから。
普段は村での仕事もあるので、積極的に討伐依頼などを受けたりはしないのだが、緊急時や人出が足らない時には手伝いに行く。いざという時に自分たちも助けてもらうために、持ちつ持たれつというやつだ。
今回もそんな感じなのだろう。
ジョイスも冒険者としては中堅クラスの一歩手前ぐらいまでは実力があるし、リドルフィに至ってはやらせれば大概のことは解決してくる。
もしかしたら、先日、熊退治でカイルたちを連れてくる時に、後で手伝う云々言ってゴリ押ししてきたのかもしれない。
「ギルドの窓口で聞いたら、逆にグレンダさんも来られないかって聞かれたので、今は無理って答えてきましたよ。……人手不足、かなりきついみたいです」
「それは手間かけたね。……ほら、とりあえず食べて。この勢いで話してると夜中になってしまう」
ダグラスの分の食事を皿に盛り、カウンター越しに出してやる。ダグラスは笑顔で受け取って、あぁ、お腹が減ってたんです、と、笑った。
彼が食べている間に、私は言われたことについて考える。
神聖魔法の使い手が足りていないのはいつものこと。
だが、ほぼ引退同然で村に引っ込んでいる私にまで声がかかるのは中々ない。
ギルドの方も司祭を管理している神殿も、私がもう他の冒険者のようには活動できないことは重々承知だ。
それでも名指しで言ってきたということは、それほど困窮しているか、あるいは……。
「……よく、ないねぇ」
つい、ぽそっとこぼれてしまった独り言に、ダグラスが頷く。
「えぇ、良くないですね。……とは言え、今はまずは嵐をどうにかする方が先ですが」
そうだね、と頷く。
まずは目の前の問題を乗り越えねば。
人助けするにも、まずは自分たちが無事でなければ何もできない。
「あぁ、そうそう。リドさんは分からないけれど、ジョイスは明日辺り帰ってくるはずだって言っていました。そのままこっちに戻るよう伝言を頼んであります。多分、イーブンとリリスさんも一緒に来ますよ」
嵐が来てしまえば討伐云々なんて言っていられない。
冒険者たちも流石に嵐の最中は安全なところへ避難だ。
イーブンは村の立ち上げ時にはこの村に住んでいたぐらいだし、リリスも先日の一件で知った仲だ。どちらも信頼できる。
ダグラスが買い出ししてきてくれたおかげで、村全体で嵐の間数日引き籠る生活になったとしても、食料はしっかりある。宿に渡す食料を二人分増やしておこう。
到着が明日なら、村の嵐対策も手伝ってもらえるかもしれない。
「それは助かるね。あの三人がいるなら屋根の確認もやれるかも」
あんまりこき使っちゃダメですよ、なんてダグラスの言葉に私は聞こえないふりをした。




