気になる人たち。
私、リンは、この村で育った。
正確には生まれは王都で、赤ん坊の頃は王都に居たらしいのだけど、物心がつくころには家族でこの村モーゲンに移住していた。
移住前のことなんて覚えてない。
ミリムばあちゃんが言うには、モーゲンは一度滅んだ村なんだそうな。
今から三十年ほど前、大きな戦いが始まった。
王国中のあちこちで戦いが起こって、元々もそんなに大きくなかったモーゲンの村も壊滅的な被害を受けた。
当時住んでいたばあちゃんたちは、大好きだった家も、大事に育ててた畑も家畜も、何もかも失って、王都に逃げるしかなかった。
ばあちゃんや兄さん、お腹に私がいた母さんを守るために、じいちゃんと父さんは戦って。
そうして、戻らぬ人になった。
だから、私はじいちゃんと父さんの顔を知らない。
……でも、間違いなく愛されてたんだと思ってる。だって命懸けで守ってくれたんだもの。
戦いが終わって落ち着いた頃、モーゲンの村を復興しようと動き出した人が居た。
それがこの村の村長のリドルフィさん。
元々は王都の人だけど、色々あってモーゲンの村長になった人。
彼を手伝い村を文字通り建て直すために、何人かが集まった。
初めの頃は本当に数人だけしかこの村には住んでなかったらしい。
必要な建物が建ち、村を守る柵が出来たところで、ミリムばあちゃんも村に戻った。
同じぐらいの頃に酪農家のノトスさんや、炭焼きのダダンじいちゃんも村にきた。
村の人たちの力を借りて、ばあちゃんは畑を作り、なんとか作物が採れるようになったところで、私たち親子を村に呼んでくれた。
村には他に子供はいなかった。
でも、村に居たみんなが、私や兄さんと遊んだりいろんなことを教えてくれた。
血は繋がっていないけど、みんな家族だった。
毎日グレンダさんの作ってくれたごはんをみんなで食べて、ばあちゃんや母さんを手伝って畑の世話をした。
次第に建物が増え、人が増えていくのをみながら、私はこの村で育った。
「ねぇ、母さん。グレンダさんってリドおじさんの奥さんじゃないの?」
建物が増えてきて、それぞれの家が出来た時、私は訊いた。
グレンダさんは食堂の上に住んでて、リドさんはそのすぐ裏の別に家に住んでいる。
長年連れ添った夫婦みたいに見えるのに、一緒の家に住まないことが不思議だった。
「違うんだって。……人には色々あるからね、本人に聞いちゃダメよー?」
「んー、あんなに仲良いのに?」
「そうねぇ」
「あ、でも、奥さんじゃなくてもちゅーとかするのかな! ちゅーとか!」
「うわー、始まった! リンのおませ!!」
「ジョイス兄ちゃんだって気になる癖に!」
「こら、二人ともやめなさい!」
その後も兄さんとあれこれ言ってたらゲンコツが落ちてきた。
多分、母さんに止められなかったら、あの頃の私は直接二人に訊きに行ってたと思う。
魔物の討伐が終わった後、リドさんが、意識のないグレンダさんを背負って帰ってきた。
グレンダさんがクリスを連れて走って行ってしまってから、私はそわそわしながら外を見ていた。ついてっても私ができることなんてない。
それに、グレンダさんはここを任せた、と、私に言っていたから。
他の人たちより先に帰ってきたリドさんは、その背にグレンダさんを背負っていた。
びっくりした私は慌てて食堂の扉を開けて、そこでグレンダさんに意識がないことを知った。
二階に上がるというリドさんを一度止めて、代わりに私が先に二階に駆け上がった。
さっき、すごく慌ただしくグレンダさんが出ていったのを見ていたからだ。
その時彼女が着替えていたのを知っているから。
……よく知った仲でも、散らかった部屋なんて男の人に見られたくないよね。
グレンダさんの私室に行ってみたら、やっぱり食堂で着ていた服は畳んでなかった。
申し訳程度にベッドの上にまとめられていた衣服を、私はささっと畳んで近くにあった籠にいれる。
後で持って帰って、洗濯しておいてあげよう。
だって、あの様子だとグレンダさんは、きっと物凄く大変なことをしてきたに違いないから。
ぱぱっと辺りを見渡して問題ないか確認してから呼べば、グレンダさんをお姫様抱っこしたリドさんが狭い階段を上がってきた。
ベッドの掛布を退けて、抱っこされたままのグレンダさんの足からブーツを脱がせる。
ついでに靴下とローブを外したりしていたら、リドさんがこんな時なのに、ありがとうって私にお礼を言ってくれた。
ベッドに寝かされたグレンダさんの顔は真っ白で、それを見た私は泣きたくなった。
その真っ白な顔をじぃっと見つめているリドさんの横顔を見ていたら、鼻の奥がツーンと痛くなった。
「か、母さん呼んできます! 着替えさせたりとか手伝ってもらうのに!」
涙が滲みそうになったのをごまかすように言えば、頼む、と低くて優しい声が返ってきた。
任せて、と、ごもるように言い、私は洗濯物の入った籠をもって、そっとグレンダさんの寝室を出た。
扉を閉じる時に振り返ったら、リドさんがグレンダさんの手を握っていた。
いつも豪快で、弱っているところなんて見たことのないリドさんが、静かに、静かに祈っていた。
数日後。
討伐後の宴会の時に、食堂前のベンチに仲良く座って寄り添ってる二人を見かけた。
グレンダさんが目を覚ました時にはリドさんはいつも通りだったし、グレンダさんもいつも通りだった。
その姿を見て私は思う。
過去にもグレンダさんが寝込んだことはあったし、多分その時も、リドさんはあんな風に祈ってたんだろうなってなんて。
人には人の事情がある。
夫婦じゃないの、なんて聞こうとしたあの頃と違い、今の私にはそういうのも分かるけども。
一緒になればいいのに。
そう思ってしまう。
時々、見ているのが切ないほどに、互いを大事にしているのが、私にも分かるのに……。
……少し、羨ましい、なんて思うのは、私も年頃だからかな。
ちびりとお酒を舐めながらそんな風に考えたりもする。
村には人も増えて、昔の私や兄さんみたいな子どもたちも増えた。
でも、残念ながら私たちの世代はいない。
戦乱期の生まれは本当に少ないから、仕方ないんだけどさ。
ちょっと年上だけどカイルさんとかカッコいいと思ったんだけどなぁ。
あんなに怒らせると怖い人だったとは。
本当、どこかにいい人いないかな。
グレンダさんにとってのリドさんみたいに、私にとっての特別な人。
いつか出逢えるといいんだけども。
農家の娘さんリンの視点での話になります。
年頃の女の子から見た、二人の関係を書いてみたくて。
これで一話目のオマケも書き切ったので、一度設定の見直しやら文章の調整に入る予定です。
そんなにお待たせせずに二話目も書き始められたらいいな。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いします。




