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食堂のおばちゃん35



 村へと帰還した後は穏やかなものだった。

村長であるリドルフィから村全体へ、今回の件が落着したことが発表された。

そして、先日私が寝込んだことでオアズケになっていたらしい討伐後の宴会も、明日の晩に開かれることになった。

今夜ではなかった理由は……なんてことはなく、単なるお疲れ休みだ。私の。

私は大丈夫だと言ったのだけど……リドルフィ曰く、グレンダの料理が山盛りない集まりは宴会じゃない。

どんな定義なんだと思ったが、周りがみんなで頷いてるものだから反論し損ねた。

まぁいい。明日はリンと一緒に沢山料理しよう。

そして、頷いてた連中が参ったというまで、たらふく食べさせてやろうじゃないか。


 今回の件できてくれていた中堅冒険者四名は、明後日で王都に帰ることになった。

もちろん成功報酬の一部でもある宴会まで参加してからだ。

その際にリドルフィは冒険者たちに同行し、王都で今回の件について報告などをしてくるらしい。ご苦労なことだね。

たしかに今回の件は討伐したから終わった! おしまい! では、済まない。

あれが見つかってしまった以上、魔素溜まりの自然発生でしたとは出来ない。

そもそも書面だけでギルドへの報告を済ませるには魔素の濃度が高過ぎた。

倒した熊の魔物も近年では稀にみる大きさだった。

討伐を依頼する時に王都で聞いたという、最近魔物が増えているという話と合わせても、恐らく対策会議などが開かれることになる。

そんな諸々のことから、リドルフィは数日あちらに引き止められることだろう。

……下手をすると浄化役として私まで引っ張り出されそうな話だが、そこはリドルフィがなんとかしてくれるはずだ。偉い人たちと飲み友たちなコネをめいいっぱい使ってもらおう。

私は村でのんびりしてる方が良いよ。

王都のお偉いさんたち相手に気を遣うのはごめんだね。


 宴会の当日。

私がリンと二人で料理の仕込みをしている横で、食堂のテーブルを使ってカイルが、駆け出し前衛二人に授業を行っていた。

優し過ぎる先生を選んでしまったかと思ったが、その認識は大間違いだった。

カイルは始終物腰柔らかな口調で、表情も優しく笑顔を絶やさなかったが、言っている内容は容赦がなく実に徹底的だった。

密かにカイルに憧れていたリンが、後で、カイルさんは本当は怖い人だった、とか呟いてたが、……まぁ聞かなかったことにしよう。憧れているうちに分かって良かったんじゃないかな。

魔物を勝手に見に行ってしまった件も含めて、しっかり多方面に渡り教育的指導が入ってる。

それを眺めながら、私はこっそりとバーンとアレフの好物を宴会料理に追加してやった。

飴と鞭、だね。


 その授業に横から補足をいれていたりしたのはシェリーだ。

カイルにこってり絞られているバーンたちの隣のテーブルで、先輩魔法使いとしてクリスにあれこれ教えながら、時々バーンたちのテーブルにも口を挟んでた感じだ。

ちなみにシェリーたちのテーブルは穏やかなもので、魔法使い二人でのんびりお茶を飲みながらだ。

後になって知ったのだがシェリーの本職は魔法学校所属の研究員だった。

互いに面識はなかったが、シェリーはクリスにとって先輩になるらしい。

ここ最近の魔物の増加に従い冒険者ギルドの討伐要員が足らず、普段はデスクワークのシェリーまで冒険者として駆り出されていたのだ。討伐支援を一つ片づけてギルドに報告にいったところを、リドルフィに捕まったんだそうな。

リドルフィがシェリーを馬に乗せてきたのは、研究員として働くうえでは乗馬の技能は必要なかったから。

シェリーが冒険者の必須技能にも近い乗馬をできなかったのも、本職が違うのなら納得だ。冒険者だと移動手段によく馬を使うけど、研究員なら必要ないからね。

 ……って、元冒険者なのだから私も乗れるのかって?

馬を歩かせるぐらいならなんとかなるが、走らせるのは無理だね。

元より運動神経は良くないんだ。しかも乗馬もあれはあれで体力がいる。

急ぎの時はいつも、どこかの壮年マッチョが後生大事に抱えて乗せてくれていたから、自分で乗れないことに困りはしなかったけれども。

……過保護だって? うるさいよ。私じゃなくリドに言っておくれ。


 昨日リドルフィが終結宣言を出した後。

村には日常が戻ってきていた。

ジョイスとリリスの二人は、村の子どもたちを連れて森へと行った。

子どもたちと一緒に、黒イチゴやら山菜やら、ついでに魚やカエルやら、あれこれたくさん採ってきてくれた。

あの二人は年が近いからか意気投合したようだ。

二人仲良くおしゃべりしながら、宴会用の食材としてどっさり持ち込んでくれた。

いっそ、これで次期村長のジョイスの嫁問題が解決してくれたら助かるんだが……まあ、野暮は言うものじゃないね。


 イーブンは一度王都に戻って、宴会の直前に帰ってきた。

今回の件は厄介な討伐だったため、リドルフィが報告に行く前触れを出す必要があったらしい。

朝から買い付けにいくダグラスの馬車に便乗して王都に行き、冒険者ギルドやら騎士団に報告を入れたりして、夕方少し前、行き同様にダグラスの馬車で帰ってきた。

帰ってきた二人はなぜか微妙に酒臭かったし、馬車を覗いたら普段よりも大量に酒が仕入れられていたが……宴会に遠慮なく出させてもらおう。



 そんなわけで宴会が始まった。

日が落ち薄暗くなった村を、あちこちに置かれたランプや、誰かの出した明かりの魔法が優しく照らしている。

幸い天気も良く雨の心配はなかった。

村の広場にテーブルを置き、その上には私やリン、それに村の女たちが作り持ち寄った料理が所狭しと並ぶ。

あちこちで酒樽が開けられ、子どもにはジュースが振舞われた。

あちこちで何度も乾杯の声が上がる。

いつの間にか楽器をもってきて演奏し始めたのもいるし、空いた一角ではその音楽に合わせて踊り出しているのもいる。調子外れに気持ちよく歌を歌ってるのもいるし、よく分からない芸を披露してるのもいる。

 モーゲンは小さな村だ。娯楽なんてあまりない。

だからこそ、こんな宴会の時には皆、男も女も年寄りも子供も全力で楽しむ。

あちこちに笑い声が響き、夜が更けても今夜だけは賑やかだ。

冒険者も村人たちも、宴会と聞きつけて村に立ち寄った馴染みの連中も、みんな笑っている。



「お疲れさん」


 私自身もそれなりに食べしばらくした頃。

食堂の前に置いたベンチに腰掛けてのんびりと宴会を眺めていれば、ふらりと壮年マッチョがやってきた。ひょいとグラスが差し出される。

受け取り、確認したら、黒イチゴの果実酒だった。

香りからすると長期熟成された……それなりにお高い酒だろう。


「……飲むと寝てしまいそうなんだけども」

「弱いからな、お前は。……いいんじゃないか? 今日ぐらいは飲んで寝ても」

「まぁ、確かに」

「寝たら姫抱きで運んでおいてやるから好きなだけ飲め」


 とりあえずの懸念事項は片付いたわけだし。

何か言っている男を軽く足先で蹴飛ばして、一度グラスを広場の明かりに翳す。

濃い赤紫色だが透き通っている。中々美味しそうだ。


「ほら、乾杯」

「乾杯」


 でっかいジョッキにグラスを軽く合わせる。

リドルフィの方はいつも通りのエールらしい。

一気に飲み干す横で、ちびりちびりとグラスを傾ける。

うん、美味しい。そしてアルコールの度数も結構ありそう。

ほんの数口飲んだだけで体がふわふわする。いい気分だ。自然と笑顔になった。

美味しい料理同様、美味しい酒もいいものだね。


 空けたジョッキにさっさともう一杯注いできて、リドルフィは良いかも聞かずに私の横に座った。

私もそれに対しては特に何も言わない。

彼が隣にいるのは、私にとってごく当たり前のことだから。


「今日、見かけなかったけど何してたの?」

「……んー、仕事だな。外回りの柵の点検したり提出用の書類を書いたり。……書類はジョイスにやらせれば良かった」

「……そう。お疲れ」

「そっちも、な。あれだけ作るの大変だっただろう」

「慣れてるからね。リンも居たし。……それに」

「それに?」


 賑やかな広場に目を細める。


「……この光景が見られるなら、ね」


 みんな、本当に安心した表情で楽しそうに食べ、飲み、話をし、笑っている。

あの頃にはなかった、光景。

あの頃、心から願った、光景。


「そうか」


 そんな言葉と共に、大きな手に頭を撫でられた。

……昔から変わらないその仕草に苦笑する。


「明日王都に行ってくる。数日留守にする」

「うん」

「……イーブンから聞いたが、思ったよりも良くない、みたいだ」

「……そう」


 ベンチに座り、膝に肘を置いた姿勢で広場を眺める男に小さく頷く。

元々体格に恵まれ、それに驕ることなく鍛え続け、五十を過ぎても衰えていない体。

それでも私と同じように髪には白いものが混ざっているし、顔には皺も出てきた。

ふざけて茶化す発言も多いが、根は誰よりも真摯で真面目。そして誠実だ。

いざという時には誰よりも頼りになる。

そんな彼がわざわざ言うのだから、本当に、良くない、のだろう。


「あなたの心の赴くままに。いつものように」

「……あぁ。そうさせてもらう」



 翌日。

いつものように私の食堂で朝食を食べた後、駆け出し三人組を含めた七人の冒険者たちとリドルフィは王都に向かった。

カエルはシェリーが沼地を凍らせる時に必要数倒してしまったからね。

今、村には冒険者に依頼することも特にないので、バーンたちも一度王都の冒険者ギルドに帰還だ。

なんでも、バーンとアレフはしばらくカイルの元で修行することになったらしい。

先日の教育的指導の続きだそうだ。しばらく絞られた後には、きっとあの二人もカイルのような頼れる冒険者になるのだろう。

 クリスは調べたいことがあるとのことで、二人とは分かれてシェリーと一度魔法学校に戻る。

シェリーの話によると、クリスは昨年度の卒業生の中でも上から三本指に入る優等生だったんだそうな。

助手に欲しいなんて言っていたがどうなることやら。

 イーブンは早くも次の依頼が待っているそうだが……村を出る時には二日酔いがとか言っていたけど大丈夫なのかね。

 リリスは特に次の予定はないと言っていたけど、イーブンが次の依頼に誘っていたので多分ついていくのだろう。

人数が多かったこともあって、ダグラスが馬車でまとめて送って行った。

宴会翌日で寝坊したり二日酔いがなんて言っている村人たちに見送られて、冒険者たちは、また来るなんて言って手を振っていた。

……過去の経験上、きっと本当にまた来るに違いない。



 ……そして、見送り終わってから、気が付いたんだ。

食堂の調理人見習いの募集を、私はまた頼み忘れた。



これにて第一話目、完であります。

この後におばちゃん目線以外のオマケ的なシーン二つほどを予定していますが、もし何かのミラクルが起きて本になるならそこまでで1冊かな。

ここまでお付き合いのほどありがとうございました。


次の話も一応降りてきている(笑)ので、おばちゃんの話は続きます。

少し前に書いていた通り、登場人物の整理やここまでの話の辻褄合わせのための調整などを少しする為、オマケ以降暫く投稿に間が開く予定です。

お待たせすることになりますが、もし良ければこの先もよろしくお願いいたします。


※調整期間中、ぽそぽそと活動報告で呟いているかもです。

 キャラ設定の話などご興味がある方は良ければ覗いてみてください。


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― 新着の感想 ―
おばちゃんお疲れ様じゃ!カイルの勉強会は厳しかったようじゃな。そしてお酒の宴会で、この光景を見られてよかったというおばちゃんにほっこりしたのじゃ。じゃが、魔素溜りについて、何か大きな問題があるようじゃ…
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