食堂のおばちゃん34
その後のリリスとの会話は、村でのことに切り替わっていって。
はぐらかされてくれたリリスに感謝しながら遠目に向こう側を眺めていれば、辺りを確認していた面々がこちらから少し離れたところに集まりだした。
概ねの確認が終わってリドルフィに指示を仰ぎに行ったようにも見えなくはないが……。
なんとなく嫌な予感がして、私は目を細める。
「グレンダ、ちょっといいか」
振り返った壮年マッチョが手招きしている。
私はリリスと顔を見合わせると、立ち上がった。
お茶の水筒はごく自然にリリスが受け取ってくれた。
その上、私が立ち上がる時にさりげなく手を貸してくれた。
そんな心遣いにありがとう、と礼を言う。全然違うように見えて、どうやらこの子も、リンに負けないぐらい相当な気遣いさんのようだ。
倒木の向こう、魔素溜まりの中心になっていた辺りに行けば、先に居た皆が真面目な顔をしている。
いや、駆け出し三人組のうちの二人はイマイチわかってなさそうかな。
それでも分からないなりに周りの雰囲気からか神妙な顔はしていた。
「なんだい?」
壮年マッチョの横から覗けば、言葉の代わりに指差された。
皆の視線の先、倒木に隠れかけている地面の上。
先ほど子熊の遺骸があったところの近くに。
「…………」
この場に、在ってはいけないものが、在った。
「クリスが見つけてくれた」
「……よく、見つけたね」
「たまたま、きらっと光ったように見えて」
名を出された小柄な少年が言う。
「触ってないね?」
「はい。リドさんが触るなって言ってくれていたので」
「うん。他で見つけても触ってはダメだよ」
視線を上げ、駆け出し三人と、ついでにジョイスにも念を押すように言う。
その全員がわかったと頷くのを確認して。
私は、皆が数歩分距離をとっているそれに近づく。
口の中で唱えるのは短い呪文。
ふわり、と呪文に応じて両の手に光が集まる。
その光を手に纏わせたまま、それを、そうっと摘まみ上げた。
私の親指ほどの大きさの、黒く暗い硬質な光を宿すもの。
鉱石のような質感だが、形は植物の種のような、それ。
摘まみ上げたそれを両手で包むように持って、私は目を閉じる。
意識を手に集中して、それを、静かに掌の光の中に閉じ込める。
そうして、ゆっくり、ゆっくり、と、息を吹きかけた。
びりびりと手の中で暴れるような振動があったが、両手に力を籠めて抑え込む。
やがて振動が小さくなり、完全に動かなくなるまで、手に力を籠め続けて。
ふぅ、と息を吐いた。
そうっと、合わせた両手を開いてみる。
「これで大丈夫」
宿っていた黒い光がなくなり、色もなく透き通ったそれを皆に見せる。
「リド、瓶はあるかい?」
「あぁ、ここに」
「ありがとう」
男が念のため用意していたらしい魔封じの小瓶にそれを入れると、固く蓋をしてもらった。
小瓶を持っていたということは、もしかしたらリドルフィはここであれを見つけることも想定していたのかもしれない。彼は、私に知らせずにたくさんの情報を抱え、ひっそりと問題を解決していることも多いから。
どうやら緊張していたらしいクリス、それに年長組が少し体から力を抜いたのが分かった。
うん、それでいい。ここに在ったのは、それぐらい緊張した方が良い代物だ。
そしてまだよく分かってない顔をしている二人には……。
「バーンとアレフは帰ったら勉強の時間だね。……カイル、頼んで良いかい?」
「えぇ。引き受けましょう」
「……勉強かぁ」
「えぇぇぇ……」
嫌そうな顔をするバーンを、クリスが小突いた。
本当、ここの三人組はクリスが居て良かった。クリスには少し同情するが。
大事なことだよ、と、カイルが諭してる。
もしかして、もっと怖そうな先生を用意するべきだっただろうか。
「よし、それじゃ撤収しよう」
リドルフィのその言葉で皆は動き出し、私はまた彼の背中で揺られることになったのだった。




