食堂のおばちゃん33
「グレンダさん、お疲れ様!」
座っていたらリリスが寄ってきた。
はい、と、水筒のお茶を差し出される。
そんな気遣いをして貰えると思っていなかったのでびっくりし、彼女の顔を見れば、にこにこと人懐っこい笑顔が返ってきた。
「ありがとう。頂くね」
「グレンダさんは絶対疲れるだろうからって、リンちゃんが持たせてくれたの」
「あぁ、なるほど。リンのお茶なのね」
「うん。病み上がりだから水分しっかり摂って、だって」
リンが持たせたという言葉に納得する。
あの子はなんだかんだと心配性だから。
受け取った水筒を開ければ、ふわりと優しい香りがした。
村で採れるハーブを使ったお茶だ。よく知った香り。
ほどよい温かさのそれをちびちびと飲む。
リリスは、そんな私の横に座って、私が飲んでいる様子を見守っていた。
「……グレンダさん、すごいね」
「うん?」
少しずつ飲んで、一息ついたところに、ぽそっとリリスが呟いた。
「他でも浄化に立ち合ったことあるけど……あの規模の魔素溜まりの浄化を一度でやる人なんて、初めて見た」
魔素溜まり以外に異常がないか確認のために歩き回っている男性陣たちを眺めながら、リリスはそんなことを言う。
「……年の功、ってやつだね」
私は笑ってから、もう一口お茶を飲んだ。
「……いや、でも」
「それにこんな山奥にまた担がれてくるのはごめんだからね。」
言いかけた言葉を遮るように言えば、苦笑された。
「それは確かに。……でも、背負われてるのなんか可愛かった」
「……」
私はそんな可愛さは求めてないのだけど。
思わず嫌な顔になれば、楽しげにリリスが笑う。
「……一昨日のも、すごかった。あんな風にできる司祭さん初めて見た」
「そうかね。……確かに、あんな風に空を飛ぶ羽目になる司祭はあまりいなさそうだけどねぇ」
「それもだけど……! あのレベルの守護盾をあんな使い方できるなんて……!」
リリスの言わんとすることは分かる。
リドルフィが、お前じゃなきゃ無理だ、と言った通り、今回の規模の魔素溜まりは普通は一回で浄化しきれない。
複数回に分けるか、都合がつくなら神聖魔法使い複数人であたる。
戦乱の頃、能力以上の浄化をしようとして、呑まれてしまった司祭がたくさんいた。
そのことを皆知っており後悔しているから、浄化では絶対に術者に無理をさせない。
討伐以上に安全係数を高くとる。
それでも。
今回の指揮を執っていたリドルフィは、浄化を私一人に割り振った。
それは、私の能力ならこの魔素溜まりを一人で任せても問題ないと判断できたから。
守護盾もそうだ。
神聖魔法での防御の一つとして、いわば基礎中の基礎のような術だが、それゆえに術者の能力で出せる盾の大きさも強度も変わる。
詠唱を省略することも可能だが、普通はその分強度が落ちる。
何枚も展開すればその分だけ術者への負担も跳ね上がる。守護盾が攻撃されれば少なからず反動が術者にもくる。
術者自身は出来るだけ安全なところで詠唱し、対象を前衛とするのが守護盾の一般的な使い方だ。
一昨日私がしたような、自分に展開して自ら盾となり誰かを守るなんて使い方は、普通はしない。できない。
リリスの言う通り、私のやっていることはイレギュラーの塊だ。
「そっちも年の功、かね」
なんて笑えば……
ふっと真顔で見つめられた。
「……グレンダさん、何者?」
真直ぐな視線が眩しくて、私は少し目を細めた。
水筒を持たない方の手で人差し指を立て、唇にあてる。
しぃーと、分かりやすいジェスチャー。
それを見たリリスが何とも言えない表情になって。
私は笑う。
「食堂のおばちゃん、さ」
リリスはしばらく困ったような顔になったものの、やがては分かったという風に頷いた。
そんなリリスに、こちらも頷いてみせた。
やっと書きたかった決め台詞(笑)を出す事が出来ました。




