食堂のおばちゃん29
着替えて階段を下りていけば、ちょうどリンが食堂へとやってきたところだった。
朝食の準備をしに来てくれたらしい。
彼女が表からの扉を開けたところに、私もまた階段を下りてきて食堂部分への扉を開いての、示し合わせたみたいなタイミングだった。
リンはこちらの顔を見るなり駆け寄ってきた。
「良かった……!! 起きた……っ!!」
勢いよく飛びついてきたリンにちょっと驚きながら、私はなんとか受け止めた。
「うん、おはよう。世話かけたね」
「リドおじさんが背負って帰ってきた時は、本当にびっくりしたんだよ! 顔真っ白だし、全然起きないし……! 無茶しちゃダメだよ、グレンダさん……っ」
抱き着いたまま本当に心配したんだからと言い募るリン。
その背中を撫でながら、すまなかったねぇと、彼女には素直に謝りの言葉を言うことが出来た。どこかの壮年マッチョにはいつも上手く言えないけども。
「もう大丈夫だよ。心配させたね。……食堂のこととか、ありがとうね」
「ううん。……頼んだって言ってくれたから。頼って貰えたって嬉しかった」
本当、この子はなんて優しい子なんだろう。
つい言葉を失って、せめて代わりにと何度も何度も彼女の背中を撫でていれば、横からふっと笑う息音が聞こえた。
そちらを向けば案の定リドルフィがカウンターの椅子の一つに座り、微笑ましそうに目元を緩めている。
「……」
思わず、じとりとした視線を向ければ、その様子すら可笑しそうに笑われた。
これ以上鑑賞物になるのは腹が立つので、涙ぐんでるリンをゆっくり引き離し、厨房へと促す。
「ほらほら、顔を拭いて。そこの飢えた熊が朝ごはんを待ってるから、支度を始めようか」
「……飢えた熊って!」
「おい、流石にひどくないか?」
リンがぷっと吹き出す。
熊と言われて文句を言っている壮年マッチョの声は聞こえなかったことにした。
リンと一緒に厨房に入ろうとすれば、今日はまだ休んでて、と追い出された。
しかたなくカウンターの、成り行きからリドルフィの隣に腰を下ろす。
ちょっと待っててね、と言われて手持ち無沙汰にその席で大人しく待つ。
厨房の中でくるくると働くリンを眺めていれば、本当にちょっとの間で料理が出てきた。
あらかじめ昨晩のうちに仕込んでおいたらしい刻み野菜のスープに、私にはポリッジ。
隣の男には黒パン、ボイルソーセージとスクランブルエッグ。
二人一緒に食事の祈りを捧げ、頂きますと挨拶してからスープをスプーンで口に運んだ。
消化に良いように小さめに刻まれた野菜はよく煮込まれていて、どれも柔らかくなっている。
良い塩加減で、ハーブの香りも優しい。
私が作っているレシピと同じなのだろうが、作ってもらったものだからか、いつもより優しく体にしみこむような味がした。
「グレンダさん、黒いちごも食べられそう? あと、ポリッジに蜂蜜かける?」
「んー、そしたらどっちも少しだけ貰おうかな」
「はーい」
艶やかで美味しそうな黒イチゴがのった小皿と、蜂蜜の小さなピッチャーが出てきた。
ありがとう、と、礼を言って柔らかく煮てあるポリッジに蜂蜜をかける。
黒イチゴもポリッジにかけても良いのだが、別に食べたくてそちらはそのままにしておく。
そうしたら横から手が伸びてきて二粒ほどとられた。
「……リド?」
「今年もいい味だなぁ。今日の終わったらチビたちに採りに行かせよう」
「……そうね」
何か言ったら負けな気がして、相手の言葉に適当な相槌だけ返して、私はいつもより少し時間をかけながら用意してもらった朝食をしっかり残さず食べ切った。
よく好き嫌いが分かれる物ですが、私(作者)はポリッジって結構好きです。
昔、旅先で朝食に出てきてハマり、一時期週に5回ぐらいのペースで食べていました。
おばちゃんは蜂蜜をかけていますが、バターやチーズをちょっとだけ溶かして食べるのも好きでした。




