食堂のおばちゃん28
リドルフィに背負われて村に帰った私は、どうやらそのまま自室まで運んでもらったらしい。
あの脱ぎ散らかした部屋を見られたと思うと恥ずかしいことこの上ないが、その状況を作り出したのはあの壮年マッチョである。
一応あれで紳士なところもある男なので、脱ぎ散らかした物を見てたとしても何も言わないだろう。ただ、見られたと思い出すたびに私自身が恥ずかしいだけだ。
考えてもどうにもならないことはさっさと忘れる。
年をとるにつれて、なかったことにするのが上手くなったなと自分でも思う。
それでいいかは、ともかく。
明日、と言われたのに、私は丸一日眠りこけた。
一度目が覚めた時に力も入らずぼーっとしたまま、リンに手伝ってもらい着替えたのは覚えているのだが、それ以降は全く記憶にない。
その間にリンやハンナ、それにリドルフィが何度か様子を見に来ては世話を焼いてくれたと知ったのは、起きた後、朝食の準備に来たリンに会った時だ。
私が寝込んでいる間、食堂の仕事はリンをはじめとした村の女性たちが空き時間を使ってやってくれていた。
……そうしないと飢えてしまう人がうちの村には多いからね。
何はともあれ、本当にありがたいことだ。
そうして、討伐した翌々日の早朝、目が覚めた。
視界に色が戻っていたし、寝込んだ後特有のだるさはあるが、力の入らない感じはなくなっている。本調子とは言えないが、もう横になっている必要はなさそうだ。
いつだか分からず暫くぼんやりしてしまったが、カーテンから差し込む光の向きからして朝だとは察せた。
ベッドでゆっくりと上体を起こし、なまっている体を確かめるように緩く伸びをする。
大丈夫だ、まだ動く。
まだ、大丈夫。
ふと視線を巡らせた先、まだ薄暗い部屋の中。
書き物机の前の椅子に大きな影があって、私はびくりと体を震わせた。
目を凝らしてみれば、椅子に腰かけ足を組み、腕組みした姿勢でリドルフィが寝ていた。
私にはちょうどいいサイズの椅子だが、体格がかなり違う彼にはかなり窮屈そうだ。
さっきから低く聞こえてた音はこの男のいびきだったのか。
どうせこの男のことだ。夜は自分が看るからと一晩中ついててくれたのだろう。
よっこらしょと小さく掛け声をかけ、姿勢を変えればベッドから足を下ろしスリッパを履く。
ベッドの横にあった薄手のショールを肩にかけ、立ち上がり男の方へと歩けば、遠慮なく彼の肩をゆさゆさと揺さぶった。
「……リド。起きてちょうだい」
「……んー」
「ほら、朝よ。起きて」
寝起きのいい男はそれで目が覚めたらしい。
本当に丈夫な人だ。私が今の彼と同じような寝方をしたら、間違いなく体のあちこちが痛くなりそうだが、目の前の彼は全然そんな様子もない。
彼は、ふあぁ、と欠伸交じりに伸びをして目を開ければ、こちらを見てふわっと笑った。
「おはよう。……起きれたな」
よかったよかったと手を伸ばして人の頭を撫でる。
その手を、ぺしと払って私は言う。
「なんでレディの部屋で寝てるの」
「……一応、看病、だな。……レディか、ふむ」
「何か言った?」
「……いや」
そんなやりとりに満足したのか楽しそうに笑っている。
その様子にこちらは小さく肩を竦めた。
机の前のカーテンを開けようとしたら、男が先に手を伸ばして開けてくれた。
「その分なら体は動きそうだな。……とはいえ、森に遠足はまだ厳しいか」
「おかげさまで。……いや、さっさとやってしまった方がいいでしょう。今日行こう」
「……そうか。わかった」
大丈夫か、とは訊かない。
その辺も長年の付き合いだからこそ。
「……ところで思うんだが」
「うん?」
「いい加減一緒に住んだ方が楽じゃないか?」
「……はいはい、着替えるから出てってちょうだい」
また振られたかーと笑う相手の背をぐいぐいと押して一階への扉へと押しやる。
振られたも何も、そもそも今のは甘い言葉の一つも囁いてないじゃないか。
若い頃から互いに世話は焼いてきたが、よくある男女のような関係は一切ない。
気が付けば、家族じみた距離を保ったままの腐れ縁だ。
付き合いは四十年になる。
早くに死に別れてしまった親姉妹よりも付き合いは長い。
もう互いに不必要な遠慮は、ない。
それこそ、長年連れ添った夫婦にも近いほど、長く、本当に長く、一緒にいた。
部屋から追い出してから私は気づく。
看病のお礼を、言いそびれた。
書くか迷ったシーンなのですが、リドのおっちゃんが書けと私(作者)に囁くので。
多分20年ぐらいこんなやり取りをずっと続けていたんだろうなぁと思うのです。




