食堂のおばちゃん27
魔物の……異形になってしまっていた熊の亡骸がなくなったのを確認し、私はふぅと息を吐く。
「お疲れ様。討伐はこれでおしまい、だね」
「あぁ、お疲れ様。とりあえずは、な」
返事をしたのはリドルフィ。
その横でジョイスがうんうんと頷いている。
イーブンやシェリー、カイルの顔も確認し、ついでに全員に目立つ怪我がないのも確認し。
ん、と私は頷いた。
目を閉じ、錫杖を改めて両手で斜めに持つと、ゆっくりと手を錫杖の柄に滑らせ、合わせる。
その仕草にあわせて錫杖は実体を失い、淡く纏っていた光が私の掌へと消えていった。
そして……
どっと、疲れが来た。
体が重い。視界が色を失う。
走り出す時にかけた奇跡も、杖がなくなったことで解けた。
あの術は、効果だけでみたら非常に優秀だが、その後の反動がきついのだ。
「グレンダさん……っ!?」
ふらついた私に、シェリーがびっくりして悲鳴をあげる。
他の、古馴染みの二人は予測していたらしく、大丈夫だと彼女に緩く首を横に振る。
「ジョイス、後は任せた」
分かっていた大剣使いが言う。分かっていたその弟子も頷いた。
「うっす。……シェリー、とりあえず、凍ってる沼を戻すの、お願い」
「……あ、はい。解除するわ」
「イーブンとカイルさんは、念のため周りの見回りお願いします」
「了解」「分かった」
「リリス! こっち片付けてから行くから、三人を連れて先に村戻っといてー」
「はーーい!」
任されたジョイスがてきぱきと後処理の指示を出し始める。
崖上のリリスにも声をかけている。その言葉に明るい声が返事をした。
私は、朦朧とし始めてる頭で、あぁ、こっちはもう大丈夫だなと少し満足する。
戦場についてきたのは久しぶりだけど、ジョイスもしっかり育っていたのだね。
いつの間にか私のすぐ横にきてたリドルフィが、ほら、と背を出した。
私は遠慮なくその背に体を預ける。
大きな背中にもたれかかれば力を抜く。両方の肩に腕を乗せるぐらいはできるが、自力でしがみついているのは無理だ。
それでも何の問題もない様子でリドルフィは私を背に乗せゆっくりと立ち上がる。
……お姫様抱っこじゃないのか、って?
されてたまりますか。
「……リド」
「……ん?」
広い背に負ぶわれて揺られつつ、私は相方の名をぽそりと呼んだ。
この分だと今日は二階の寝室まで運んでもらわないと自力では上がれないかもしれない。
「あなた、分かっててあの子たちを放っておいたね?」
問いに、ふっと苦笑が返ってきた。
私は目の前にあった男の髪を引っ張る。
いたた、とわざとらしく情けない声で悲鳴があがった。
「あの手の元気なのは実体験が一番効くからなぁ」
「それは分かるけど……っ! 間に合わなかったらどうするのっ」
「お前なら、必ず間に合わせるだろう?」
何の衒いもなく言われて、私は、ふん、と鼻を鳴らす。
それが可笑しかったのか、男は少し笑っていた。
「大丈夫なように保険はかけてあったがね」
「それはそうだろうけどね……!」
「ただ、まぁ。」
「何?」
「……流石に空から降ってくるのは予想外だったな」
「……っ」
私はもう一度男の髪を引っ張る。
わははっと笑う壮年マッチョは、私を背負っても重さなどないかのような足取りで沼地の横を周り、ぐるりと回って崖上へと出る坂を上り始める。
崖を飛び降りるなんて荒業をしなかった場合の正規ルートで村へと向かう道だ。
雨で濡れた木々の緑が濃く眩しい。
保険とやらを確認すれば、実はリリスとジョイスは駆け出し三人組が見に来ていても大丈夫なようにいくつか仕掛けをして待機していたらしい。
考えてみればこの人がそれぐらいの対策をしてないわけがないのだ。
なのに慌てて走ってきてしまった私はいったい。
……今回のは完全に私の早とちりによる骨折り損のくたびれ儲けだったらしい。
それを愚痴れば、お前が空まで飛んだおかげで、あいつらも身に染みただろう、なんて慰められた。
「……グレンダ、明日、悪いがもう一度働いてくれ」
「うん?」
「魔物化の原因が見つかった」
「……王都から若いの連れてこれないの?」
「あれは、お前じゃないと無理だ」
不意に真面目な声になった男に、ふむ、と私は考える。
「それは、良くない、ね」
「……あぁ」
「仕方ない。明日も背負われてあげるよ」
「姫抱きでもいいぞ?」
「……髪の毛との別れは済んだ?」
「いや、待て! 本気で引っ張るなっ!!」
余計なことを言う相手の髪を数本むしって満足した私は、相手の肩に頭を預ける。
「寝てていいぞ。落とさないから」
「……ごめん。おやすみ」
「あぁ、おやすみ。しっかり休め」
……だから、あの呪文は好きじゃないんだ。
昔ならもう少し体力もあったから反動もここまで酷くはなかったけども。
今は使うと、本当にその後動けなくなる。
過去に何回ぐらいこんな風に背負われたかな、この先後何度背負われるのか、そんなことを考えつつ私は意識を手放した。




