食堂のおばちゃん24
助走をつけて崖の上から踏み切り、背に追い風を受けた私は、放物線を描いて落下する。
高低差、十メルテはあるだろうか。
自らやったこととはいえ、一気に地表が迫る様子は怖い。
落下の感覚はぞっとする。
それでも、
目は、閉じなかった。
両手で握りしめた錫杖は絶対に放さない。
風圧にばたつく法衣。ローブのフードが煽られて外れた。
ばさばさと髪が風圧に舞う。
口の中でぶつぶつと唱える呪文に合わせて、周りの大気が濃度を増す。
ダーーーンっっ!!!
そんな、衝突音が響いた。
勢いを殺しきれなかった私は、そのまま前へと無様に転がった。
防御魔法のおかげでどこにもケガはないが、軽い脳震盪のように上下感覚は消え失せている。
この状態ですぐに立てるわけがない。
しかも雨に濡れた氷の上は大変よく滑った。
こういう時は華麗に着地を決めるものじゃないのか、って?
そんなの出来るわけがないだろう。
一時的に身体能力を大いに上げる奇跡を使っているとはいえ、私はどこかの壮年マッチョとは違う。
普段から鍛えたり、筋力を維持していたわけではないのだから。
それにそもそも若い頃だって、そんなに運動能力はいい方ではなかった。
いや、いい方ではないどころではなく、運動は苦手もいいところだった。
そんな私にカッコいい着地なんて出来るわけがない。
それでも、私は、笑う。
着地して、勢いに翻弄されて何回転も転げ、
止まった場所は、思惑通り――……。
「………光よ、我らを守れ、守護盾っ!!!」
目の前の地面に錫杖を突き立てる。
じゃらん、と、飾り輪が鳴った。
音に合わせるようにして落下中も唱えていた呪文を完成させる。
目の前にステンドグラスのように光が凝り、展開され――……。
そうして、二回目の衝突音が響いた……!!
「……え」
背後で間の抜けた声がする。
それはそうだろうね。
こんな展開を想像しろなんて無理だろうから。
神聖魔法で生成された光の盾が、私の対面方向から追突された衝撃で真っ白に輝いている。
その向こうには小屋ほどもある大きな黒い体。
今回の討伐対象、双頭の大熊。
大熊は、獲物との間に突如現れた壁に走ってきた勢いのまま激突し、状況を把握しきれないまま体勢を崩していた。
私もまた体勢を崩し、未だ這いつくばるような姿勢だ。
目の前の大地に突き刺した錫杖にすがるような姿勢のまま、私は挑むように大きな魔物を睨む。
背後で、どさっと音がした。
「へたり込むのはまだ早いよ! 立ちなさいっ!」
そう言いながら私自身も錫杖を頼りに、ゆっくりと体を起こす。
立ち上がろうとすれば足や腰が戦慄いて、もう一度転びそうになるのを錫杖をもつ手に力を籠め、止まった。
目の前で同様に身を起こし、こちらへと二つの顔を向けた熊と目が合った。
私を認識した魔物に、強い雨の中、挑発するように笑みを浮かべる。
「この子たちは、あげないよ」
その言葉の意味が分かったのか、分からなかったのか。
双頭の熊は四つん這いの姿勢から。ぐいと上体を起こし、立ち上がる。
凍り付いた沼地に、低く立ち込める雨雲を震わすような咆哮が響き渡った。
空から降ってきたおばちゃん(注:飛行石なし) (笑)
呪文、魔法、術、などなど、どうも私の中でまだ整理しきれていないのでその場のノリになってしまっています(汗)
後日もう少し頭の中で分類が進んだらあちこち手直しするかもしれません。ご容赦を。




