食堂のおばちゃん23
野生の生き物は、己の生存本能に抗わない。
子連れの親が自分より子を生かすことを選んだりなどの例外はあるが、人のように駆け引きや感情から生き残る手段を手放すことは基本ない。
選べる中でもっとも自分が生き残る可能性がある方法をとる。
逃走が最も生存確率が高いなら逃走を。
戦った方が生き残れる可能性がある、もしくは戦うしか選択肢がない状況なら、己の力の全てで抗い戦うことを。
敵に弱点があるなら容赦なく弱点を攻撃する。
弱い個体がいるなら弱い個体から攻撃する。
……それは、魔物化した獣も、同じ。
沼地の崖側は葦などの水辺の草が残っている。
その茂みに隠れていた剣士の少年は。
魔物が自分たちの方へと一直線に走ってくるのを見て、動けなかった。
剣を構えよう、いや、逃げよう……!
そう、思うのに、見たこともない大きさの相手に動けなかった。
恐怖にガクガクと足が震え、ただただ迫ってくる姿を瞬きもできずに見つめているしかできなかった。
どんどん強くなる雨の中、現実が遠くなっていく。
聞き覚えのある声が、逃げろと叫んでいる。
キラキラと光る氷の塊が、熊の背中に打ち込まれるのが見えた。
頭が二つある熊の後ろから二人、こちらへ走ってくるのが見えた。
でも。
間に合わない。
あの距離では無理だ。
自分たちは、死ぬ。
そう、本能的に分かった。
「……バーン」
掠れた、声が少年をよんだ。
すぐ横にいる短剣使いの少年だ。
彼も自分と同じように動けなくなっている。
剣士の少年は、ぐっと歯を食いしばって。
一歩、前に出た。
ほんの一瞬でも、仲間を守るために。
自分を庇うように前に出た剣士の少年に、彼の名を呼んだ少年は目を見開いた。
元はと言えば、自分が魔物退治を見に行こうなんて言ったのに。
今のこの状況は自分が引き起こしたのに。
……せめて、魔法使いの少年を置いてきて良かった、なんて思う。
言えば反対するだろうし、足の速さなどを考えたら連れて行くと大変だから。
そんな理由で村に置いてけぼりにした。
でも、そのおかげで、今の状況に道連れにしないで済む――……。
バーンとアレフ、そしてクリスの三人は幼馴染だ。
王都の職人街で育ち、バーンとアレフはそれぞれに力や素早さの祝福を受けた。
鍛冶職人や細工職人の親とはまったく違う祝福。
元々の性格もあって親の後を継ぐ気はあまりなかった。
二人一緒に冒険に出よう、そう決めたのは祝福を受けたばかりの頃。
兄弟が多かったこともあり、家族に心配はされたが止められはしなかった。
クリスはそんな二人より一つ年下。
年が近かったこともあり、よく二人と一緒にいた。
運動神経はあまりよくなくて、身軽な二人に置いていかれてしまうことも多かったが、それでもめげずにいつも二人を追いかけていた。
そんなクリスが受けた祝福は、火と土。
珍しい二属性持ちであると分かったことで、クリスは魔法を専門とする学校に入ることになった。
「絶対に魔法使いになるから、僕も連れて行って」。
そう言って寮のある学校に入り、出てきたころには同年代としてはかなり優秀な魔法使いになっていた。
一方、バーンとアレフも遊んでいたわけではない。
家の手伝いをしつつも二人で冒険者の養成所に通い、体を鍛えながら剣術や短剣術を学んだ。
噂で聞こえるクリスの話に負けてたまるものかとハードな訓練も頑張った。
養成所でもそこそこ頑張った部類だろう。
そして、クリスの卒業を待って、三人で一緒に冒険者登録をした。
初めての依頼は三人で一緒に受けた。
魔物退治や、目的地に行くのに何日もかかる遠方へのお使い、商人の護衛、そんな冒険のような依頼を受けたかったが、冒険者ギルドのお姉さんが斡旋してくれたのは、王都すぐ近くの村でのカエル退治だった。
魔物ではなく、毎年季節になれば沸く、大きくて数が多いだけのカエル。
聞けば毎年同じ時期に出される依頼で、新人冒険者に割り振るのがお約束らしい。
なんとなく馬鹿にされたような気がしてあまり乗り気にはなれなかったが、街のすぐ外での採取依頼などに比べれば報酬や条件も良く、一応は討伐依頼だから受けた。
でも、来てみれば村は思いのほか居心地がよく、村の大人たちは色々教えてくれる。
問題のカエル退治もやってみたら工夫が必要で、それなりに大変だった。
どうしてここを初めて請け負う依頼にと勧められたのか、やっとわかってきた。
わかってきた、のに――……。
「アレフっ!! バーンっ!!!」
空から、声が降ってきた。
いや、上から。
崖の上から。
雨と一緒に、降ってきた。
まるで泣きそうな、声。
聞き慣れた、仲間の、声。
迷ったのですが、ひよっこ3人組のうちの二人の視点になりました。
次はまたおばちゃん視点にもどります。




