この世界のその後の話
おや、おにいさん、久し振りだね。
しばらく見なかったけれど、元気だったかい?
え、一度しか来たことがないのによく覚えるなって?
そりゃ、この世界のことを教えてくれ、なんて言う人はなかなかいないからね。今度は何を聞きたいんだい?
あぁ、先に料理は出させてもらうよ。まさか文無しってわけじゃないだろう?
……って、ここの料理が食べたかったからまた来たなんて、嬉しいことを言ってくれるね。
では、その後の世界の話を、しようか。
戦乱期が明けてから二十年もした頃、また各地で魔物が出始めたんだ。
魔素溜まりと言ってね、魔素、まぁ、魔力みたいなものだね、それが凝るところが増え始め、その結果、獣などが汚染されて魔物が増えてしまったってわけだ。
先の戦争で戦った魔族とは和平協定が結ばれているから、今回は魔族は関係ない。
出てきた魔物は騎士団や冒険者たちが頑張って倒していたんだけどねぇ。それでも魔物が増えていることに、人々はまた昔みたいなことになるんじゃないかって心配していた。
そこで現れたのは聖騎士と聖女だ。
え、勇者じゃないのかって?
うん、勇者じゃなくて聖騎士と聖女だったんだよ。まぁ、呼び方はどうでもいいね。
その聖騎士たちは、昔滅んでしまった学園街に出たという大きな魔物を倒したり、魔人化してしまった冒険者を助けたりと、仲間たちと一緒に奮闘してね。
最後には魔素溜まりの元になっていたらしい神樹を見事切り倒して、今度こそ平和をこの地にもたらしたんだ。
その最後の戦いの様子は、なんと王都からも少し見ることが出来たらしい。
前日の夜、王都では国王陛下から直々にお触れが出たらしい。それを聞いた人々は、神樹を倒すことになる夜明けに神殿や教会に行き、鐘を鳴らして祈っていたらしいよ。
空を覆ってしまうような大きくて真っ黒な神樹が現れてね。それが聖女の強い光に照らされて、聖騎士の振るう聖斧によって切り倒された。そうして、神樹の吸い寄せた魔素は、まるであの神話のように光になって、この世界中に降り注いだんだ。
なんでも、王都どころかフォーストンやその向こうの街でも光が降ったっていうのだからすごいことだよね。
神話のような祝福の光ってわけじゃなかったようだけど、その光は浄化の力を持っていたんだろうね。それ以来、魔素溜まりの出現はぴたりとなくなってね。結果、魔物の異常発生もなくなった。
それからね、神樹を奉っていた神殿は、戦乱期前後に行われていた聖女に対しての妨害工作と、神樹の真実を秘匿していたことについて内部告発があったらしいよ。今もまだ、ばたばたやっている。最終的には神樹ではなく聖女を奉る神殿へと変わることになるみたいだけど、どうなることやら。奉るって言われている聖女もまだ生きているからねぇ。聖女自身が一番困っているんじゃないかな。
……でも、正直なところ、神殿が何を奉っていても、一般市民にはあまり関係ないのかもね。今まで通り六歳の祝福と、怪我人の治療などをしっかりやってくれればそれでいいって思っている人もかなりの割合いそうだ。なんだか適当だけど、案外それぐらいの緩さがちょうどいいのかもしれないね。
ん? 世界を救った聖騎士と聖女はどうなったんだって?
王都で表彰され、どこかに石像が出来たとか、いや、まだ作っている最中だなんて話はきいたよ。そんなもん作るぐらいなら、孤児院にでも寄付したらいいのにね。
え、ここに来たら会えるって聞いた? 誰だい、そんなこと言ったのは。
私は聖女を知らないのかって? うーん、会ったことは、ないねぇ。
……っと、娘が帰ってきたからちょっとあっちに行くよ。ゆっくり食べて行っておくれ。
◆◇◆◇◆
「ただいまー、すぐ手伝いに入るね! ちょっと待っててー」
「エマ、おかえり。急がなくて大丈夫だよ。今はお客さん一人だけだから」
「グレンダさん今日、学校の会議あるって言ってなかったっけ?」
「……あー、忘れていた」
「やっぱり!」
広場に止まった馬車を下りて食堂に入ってきたエマが、私の顔を見るなり、「ほら、早く行ってー!」と急かした。
最近はなんだか私よりしっかりしている。こっちが世話焼かれる側になりつつあるのが、とても気になる。まだそこまで年は取ってないはずなんだけども。
エマは学校を卒業した後、もう少し勉強してみたいとの本人の希望とダグラスの勧めから、商業ギルドの講座に通うことになった。なんでも帳簿のつけ方やら商売のコツはもちろん、外国語に、対貴族のマナーなど、多岐にわたってみっちり教えてくれるらしい。
大変そうではあるが目標を持って頑張るのは楽しいらしい。とても生き生きとしている。
「あ、そうだ、リチェ、今週末も帰ってくるみたいだよ。王都で今日会ったの」
「そう。そうしたら、その日はチーズたっぷりのグラタンを用意しなきゃだね」
リチェは、なんとかなり強い光属性の祝福を貰った。なら司祭になるのかと思ったら「リチェは聖騎士になる!」とか言い始めて、今は騎士学校で寄宿舎暮らしだ。騎士の訓練を受けながら司祭見習い向けの講義も受けて、と、中々忙しいことになっている。
今、聖騎士の養成校はなくなってしまったからね、現状で聖騎士のようになりたいのなら、そうするしかなかったのだ。
寄宿舎での生活は大変そうだが、楽しく過ごしてはいるらしい。騎士見習いになって同じ寄宿舎暮らしをしているデュアンが随分面倒を見てくれている。ちなみにデュアンはエマと随分仲がいいように見える。その妹の面倒をみるのは下心もあるのかな……いや、下世話なことを勘ぐってはいけないね。
私は作りかけだった料理の鍋についてエマに軽く説明をすると、エプロンを取って食堂の裏口から住居側へと入っていく。
独立した建物だった食堂は改築されて、裏にあった村長屋敷と一続きになった。
なんと冬の間に無理矢理改築を行ったんだよ。雪が降っていたのに!
どうもリドルフィは、初めからいつか二つの建物を合体させるつもりだったらしい。食堂の裏口と村長屋敷の間に、上下一部屋ずつと廊下を追加で作ってやれば、まるで初めからそういう建物だったみたいに綺麗にくっついてしまった。
住居側の方に入れば、出逢った頃のエマぐらいの大きさになったミリエルが掃除をしてくれていた。
あの戦いで随分と小さくなってしまったが、ちゃんと約束した通り消えずにいてくれた。
今では、うちの三人目の娘みたいになっている。私やエマが忙しい分、家の方で家事を随分やってくれる。
「あぁ、ミリ、お掃除ありがとう」
相変わらず喋りはしないけれど、ふわりと微笑んでいるような気配が漂った。……シルバー、精霊は自我があるみたいだよ。また会うことがあったら教えてあげなきゃだね。
私が自室に行くと、上半身裸の壮年マッチョがそこにいた。どうやら水浴び直後のようだ。
「……なに、その恰好!? リド、あなた、まだ行ってなかったの?」
「デカいのが暴れていたからちょっと倒してきた。相変わらず野良魔物はそれなりにいるな」
「ちょっと倒してきたって、倒したのはどこやったのよ」
「あぁ、それならバーンたちに任せてきた」
問題ない、と、いい笑顔で言っているけど……。とりあえず、服を着てほしい。って、寄ってこないで! 目のやり場に困るでしょ! うわっ!!?
何も顔合わせるたびにキスしてこなくてもいいんだけど! あれ以来毎回だよ。なんでここまで甘ったるい人になっちゃったやら。
あの時の駆け出し三人組も、司祭になったルカを仲間に入れて、今では腕利きのパーティとして活躍しているようだ。時々村にやってきては食堂で良い食べっぷりを見せてくれる。若い子はやっぱりいいね。
「とりあえず二人そろって遅刻決定ね。忘れていた私もいけないんだけど、あなたもなんでこのタイミングに討伐になんて参加してるのよ」
「んー、ノリだな。たまには動かんと体が鈍る。……ちょっと、これ持ってくれ」
「え、何」
白い襟付きシャツを被って着たリドルフィが、ぽいっと書類束を私に投げ渡した。
筆記用具やらノートの入ったカバンを持っていた私はそれを慌てて受け取った。
「私も荷物あるんだから自分で持って……って、うわっ!? ちょっと!!」
「お前が俺の荷物を持って、俺がお前を持てば問題ないだろ」
リドルフィは私を軽々と抱きかかえる。いきなり持ち上げられて私は悲鳴を上げた。
「私は荷物じゃないよっ!」
「あぁ、俺の大事な嫁だからな。よし、走るぞ」
「ちょ、ちょっとっ!!」
どすどすと重い足音をさせながら私を抱えたリドルフィが走って行く。
玄関近くにいたミリエルが、「いってらっしゃい」という風に手を振って見送ってくれた。掃除したところをこんな走って行かれたら困るだろうに、ごめんよ。
私を抱えたリドルフィは、そのまま村の中を走って学校の事務棟へと向かっていく。
その様子に誰もツッコミを入れない。……何人か、いつもの光景だという風に見守っている。微笑ましげに笑っていないで、止めて欲しいんだけども。
村人たちは相変わらずだ。ハンナはいつも通りおっとりしているし、ダグラスは楽しそうに村のものを売る計画を立てている。ミリムはそろそろ畑仕事を引退してほしいけど、多分一生現役で畑を弄っていることだろう。門番の二人は学校に戦傷者のリハビリ講座を作ることを計画しているし、トゥーレはノトスに習いながら獣医の勉強を始めた。
「グレンダさん、お疲れ様ー。後で野菜の追加もってくねー」
広場で新しい店を作るために大工と話をしていたリンが、気が付いてこちらに手を振る。
リンが言っていたモーゲンにもっと店を増やそう計画は彼女とエマを中心に少しずつ動き出している。まずはお洒落な若者向けカフェを作るんだって。見栄えするデザートを出して若者を呼び込むんだ! って息巻いているけど……そんな上手くいくのかねぇ。
「あ、リドさん、後で兄さんが時間くれーって!」
「おう、わかった!」
ジョイスとリリスの夫婦は、リドルフィから本格的に村の運営を継いだ。今ではジョイスがこの村の村長だ。
リドルフィが他のことに忙しくなってきちゃったから、見かねたジョイスから言い出しての代替わり。村の今後の計画やお金や人の管理など、ダグラスにも教わりながら必死になって覚えて行っている最中だ。
今日のお昼もリリスが、戦うよりも帳簿の方が難しいと頭を抱えていた。そろそろ討伐でもしないと体が鈍る、とも。
体が鈍ると言えば、イリアスも同じようなことを言ってまた出掛けてしまった。よっぽど仲良くなったのか、またウルガを連れて行った。……きっとあのもふもふした尻尾に魅了されてしまったんだね。
二人は今度は魔族の国にも行ってみるとか言っていた。そのうちお土産話をたくさん持ってまた帰ってきてくれるだろう。
黒イチゴの季節には帰るって言っていたから、案外もうそろそろじゃないかな。
そうそう、一度は干上がった湖だけど、今は前と同じようにきらきらと水面を光らせている。
あの後、ある程度回復してから出来心で試してみたらね、出来てしまったんだよ、聖杯が。また。
新しい聖杯は、前の聖杯に比べると少し明るい色をしていた。……作る時の気持ちの問題かね。
作ってしまった以上その辺に放り投げておくわけにもいかないし、神殿に預けるとあれこれ面倒くさそうだから何人かで相談した結果、また湖の底に沈めてしまえということになった。そんな緩くていいのかって? きっと大丈夫だよ。前も二十年もそこに聖杯があるってバレなかったんだし。バレてもリドルフィがどうにかするだろう。
ただ、リンが湖の水を聖水として村の名物として売り出そうとしているのだけは阻止した。私は聖女として奉られたくなんてないからね。
モーゲンの村の門近く。柵の場所を随分と動かして広い土地が確保されていて、いくつかの建物が建築中の場所がある。その一番門の近くにあるのが先に完成した事務棟だ。
「……聖騎士リドルフィ殿、聖女グレンダ殿、遅刻ですよ」
「ごめんよ、忘れていたの。セドリック」
「大丈夫ですよ。まだ時間になったばかりですから」
先に席についていた大司祭がやれやれという風に言い、その横にいた魔法使いが問題ないと笑ってくれた。
セドリックは、あの後とうとう大司祭になった。
詳しい話までは聞いてないけれど、あの日私が聞いた遠い鐘の音は、本当に気のせいではなかったようだ。彼が国王陛下と一緒に先導して、王都やもっと向こうのたくさんの街や村の神殿が鳴らしてくれたらしい。
距離的に本当に聞こえたのかと言われたら悩ましい。でも、それだけたくさんの人が祈ってくれていた想いが届いたということなのだろう。
神殿の改革も彼が中心になっている。
……しかしね、今後は神樹ではなく聖女を奉るとか宣言されても困るんだけど。死んだ後ならともかく私はまだ生きているし。ついでに言えば私は神様でも偉い人でもない。石像をつくって全部の神殿におくと言いだした時には本当どうしようかと思った。奉るなら私じゃなくて聖斧の英雄ってことでリドルフィにして欲しい。
「シェリー、体はどう?」
「えぇ、お陰様で。もうそろそろ会議は出られなくなっちゃいそうですが」
リドルフィに下ろしてもらいながら私はシェリーに聞く。彼女は大きくなったお腹を撫でながら幸せそうに笑う。そう、あの後しばらくしてシェリーはカイルと結婚したのだ。美男美女のお似合いのカップルだよね。シェリーの方はモーゲンの学校作りに積極的に関わってくれていて、出産育児がある程度落ち着いたら教鞭をとってくれることになっている。カイルの方も剣術の教官をすると言っていたのだが……どうも騎士学校の方が手放してくれるか怪しくなってきている。いざとなったらリドルフィがランドルフに話を付けに行くのかもだけど……。なんて言うか、毎度ランドルフには迷惑ばかりかけているような気がしてならない。
「なぁ、俺、本当にこの席にいるのか?」
「イーブン、逃げるな。お前は主任教官だ」
「……真面目に考え直してくれ、ミス配置だろ、どう考えても」
イーブンがぼやいている。彼は新しい学校で教官になることが決まっている。それも何人もの教官を束ねる長の立場だ。校長はリドルフィを説得してなんとか逃げたみたいだけど、主任は押し付けられたらしい。
口は悪いけど何気に世話焼きで周りをよく見ているイーブンだから、私はミス配置だとは思わないんだけどね。でも、本人はとても嫌そうだ。
「では、始めようか」
リドルフィが言えば、集まっていた皆が頷いた。
ここに聖騎士養成校を含んだ、新しい学校を作る。そのための準備は着々と進んでいる。
どうやら一番初めの学生はうちのリチェになりそうだ。嬉しいことに、リチェ以外にも入学予定者が何人もいる。どんな学校になるんだろう、そう思うだけでわくわくする。
長くて苦しくて、そして、たくさんのことを教えてくれたあの戦いは終わった。
でも、私たちの人生は終わらない。
これからはたくさんの人を巻き込んで、未来を、この手で作っていく。
なんだか今更ってかんじではあるけどね。でも、楽しくやっているよ。
どこまでいけるのか、試してみよう。
リドルフィと一緒なら、案外いいところまで行ける気がするんだ。
そう、彼の言葉を借りるなら、
夢は叶えるために在る、らしいから、ね。
≪ 食堂の聖女 完 ≫
この物語を、空と地上にいる二人の娘に捧げます。
◇
◆
◇
◆
◇
これにて「食堂の聖女」本編完結でございます。
お付き合いくださった全ての方に感謝を。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
最初はなんとなく料理シーンが書きたくなって……なんて緩く始まった物語が、気が付いたら50万字超えの冒険や戦闘も含むファンタジー小説になっていました。
この物語を書き始めた当初私は体の状態が良くなく、もっても自宅に居られるのは後2年ぐらいかな、なんて覚悟をしていました。
実をいうと、この物語は娘に残すためのものだったんです。
自腹で本にしたて自宅の本棚にしれっと入れておいて。いつか私がいなくなった後に娘が見つけて読んでくれたらいいな、なんて。
幸いその後少し体の方も回復して、どうやらもう少し足掻けそうな未来が見えてきました。
そんな背景だったのでこの物語のテーマは「生きること」という結構重めのものです。上手くその想いを紡げていたら良いのですが。読んで下さった皆さんにも何か心に残るものがあったならいいな、なんて思います。
この先は、やっと完結できたので少しずつ読み返し調整も行っていく予定です。誤字脱字の修正もですが、途中加筆や調整も行っていくつもりです。縦書き調整もしなくちゃだしルビも振らなきゃ。
また、本編はこれにて完結ですが、暫くお休みを頂いた後にのんびり後日談や番外などをあげていけたらいいななんて思っております。
もし良ければ、ブックマークはそのままでお待ちいただけたら嬉しいです。
……最後だし、一度ぐらいは言ってみてもいいかな。
皆さんはどのシーンが一番印象に残ったでしょうか。もし良ければ感想など聞かせていただけたら嬉しいです。番外編などのリクエストもあればお気軽にどうぞ♪
全部対応できるかは分かりませんし、対応できてものんびりペースにはなりますが、楽しく書いて行けたら良いなと思っています。
なお私はかなりのびびりーですので、感想を貰うたびに挙動不審になったり照れまくって変な返事をするかもですが……その辺は生温く見守って頂けたら助かります。
最後になりましたが、この物語を書くに至り、たくさんの方に支えて頂きました。
私が凹んでた時に心配してくれた友人たち、
様々なことを教えてくれた作家仲間、
節穴な私の目の代わりに誤字を見つけてはそっと教えてくれた方、
一番初めに感想と共に自分のフォロワーさんにこの小説を拡散しくれた方、
最終章をあうあう言いながら書いてた時におばちゃんのイラストを描いてくれた方、
とりあえず書いてごらんと背を押してくれた最愛の旦那様。
そして、この物語を読んで下さった全ての方。
その一人一人がいなかったら、今こうしてあとがきなんて書いていなかったと思います。
何度感謝の言葉を重ねても足りる気がしません。
この物語を最後まで書き切ることが出来て、今、とても嬉しく幸せな気持ちです。
本当にありがとうございました。




